最後のカップラーメン

嘉代 椛

第1話

 2040年日本。社会は超高齢化社会と労働者の不足により 、遂に回らなくなった。

 政府は外国人労働者とAIの導入により、なんとか労働力の確保に成功した。しかし、それらは日本人に強い不安を与えた。


 自分たちはいなくてもいいのではないか、社会に出れば上司の大半は外国人とAIである。日本をこのまま放っておいていいのか。

 数少ない学生の間には、そうした主義主張が広まり、気づけば大規模な学生運動が各地で展開されていた。


 そして、それは普段目にする商品にも影響を与えていた。

 日本ブランド。数十年前にやたらともてはやされたそのフレーズを律儀に守った結果、経営が上手くいかなくなった企業が出てきたのである。

 それらは学生運動を行う生徒にとって、自分達の姿と重なる兄弟のような商品だった。彼らはこぞってそれを買ったが、いかんせん総数が少ない。


 気づけば、あのカップヌードルさえもが生産停止の危機に陥っていた。



 888



「これが、最後、か」


 沸騰したお湯をカップに注ぎ込む。透明だったお湯は麺と粉末スープを巻き込んで、その色を一瞬で変えた。コンソメと醤油の中間、これぞカップヌードルのスープ。


「こいつにもお世話になったな」


 剥がしておいたシールを張り付け、蓋が外れないように封をする。改めて見るとなんて洗練されたデザインだろう。日の丸のような白と赤。高級感をだす金色。俺はこいつを戸棚から出す度に、ワクワクしていた。


「最後の三分間だ」


 男は大学生だった。


 友人達のように、学生運動に参加はしていなかったが、日本の行く末について、日々考えていた。

 実は男はそれほどカップヌードルを買っていなかった。むしろ同学年の男どもがそれを啜ってるのをみて、小バカにしていたほどである。数年前から、スーパーヌードルという商品が海外から輸入され、それの待ち時間は一分だった。男はそちらをよく食べていたのだ。


 男は時計を見た。すでに一分が経っている。普段ならもう食べられる時間だ。しかしこれは違う。これは日本のカップヌードルだ。俺には残り二分を待つ義務がある。


 ちなみにお世話になったと言ったが、それは小学校での話でいまは味すらよく覚えていない。母は好きだったが、俺はどうだっただろうか。


 ふとテレビを見た。テレビではどの局もカップヌードル生産停止について取り扱っている。ネットでは悲しみの声が多くの漏れていて、男もそんなツイートをしていた。


「忘れるところだった」


 男はカップヌードルをスマホで撮影する。こういうのが流行るのだ。男は経験談からそれを知っていた。しかし同じような投稿が多くされているなか、これだけでは弱い。

 そこで男は一計を案じることにした。


 スーパーヌードルを被写体の後ろに乱雑に置いたのである。こんなんしたら学生運動の諸君はつられてまうやろ。思わずおかしな方言を口走るほどの完璧さだった。


 様々な角度から写真を撮り終えた男は、そこでようやく三分を過ぎてしまったことに気づく。

 慌てて蓋を開けると、中からはスープのいい臭いが立ち上がってきた。


「これだよ、これこれ」


 どれなのだろう。上機嫌に呟いた男はカップヌードルを啜ると、内心首をかしげる。想像していた味と違ったのだ。男はそれを半分食べて捨ててしまった。思っていたより美味しくはないし、時間もかかる。

 これならスーパーヌードルでいいや。男は当然の結論に戻ってきた。


 いいねが増えていくツイートを見ながら男はほくそ笑む。


 それにしても...。


「あれなら確かに生産停止になるかもなぁ」


 男はスーパーヌードルを作りに台所へ向かった。

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最後のカップラーメン 嘉代 椛 @aigis107

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