現実と心理、わずかに狂った現実主義者と理想主義者

以前どこかで、この作品を読んだ気がします。
懐かしい... というのが最後まで読み進めて最初に考えたことでした。

さて、この作品からは常に、ほのかな苦味が感じ取れます。まるで錆びた鉄をなめたような、独特な。
そして、読み進めているわたしの胸中には焦燥感と、喪失感と、同情と。人の心を曇らせる或いは、陰を落とす。そんな何かが付き纏います。

それらは全て、主人公アベルの視点を共有し、一方で他人である自分だから、感じ取れたものです。

たった一人のキャラクターに"命"を幻視しました。とても深い、まるで現実の人間を見ているような、そんな深みを感じました。

この小説の魅力を語るには、少し持っている言葉が足りない。そう言わしめるくらいに一つ一つのキャラクターが精巧であり、現実の人間を相手取るように、心中を読みきれず、どこか不確定な要素を感じさせる。この"キャラのリアルさ"がもしかしたら、この作品の最も原始的な良さなのかもしれない。
読んだあとに、そう考えさせられた作品です。もちろん他にも感じられる部分は幾つかあり、その部分に重きを感じる読者もいるでしょう。しかし、この論争が起こせるだろう、と先見をさせられていることが、非常に優れた作品の証明であるとも思います。

この作品が多くの読者の目に触れ、各々が独自の目線、結論をもってこの作品の終わりを夢想する事を願います。

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