カップ麺とヤベー奴こと私

七戸寧子 / 栗饅頭

本編

 パチッ。


 電気ケトルというのは非常に便利だ。舌を火傷させて、三日間の食事を不快にする効力のあるデンジャラスな液体をいとも簡単に製造できる。


 そんな液体(お湯とも言う)を中にタップリと含んだケトルを右手に持っているのが私だ。思わず悪い笑みが零れてしまう。この湯の注ぎ口から出る蒸気が既に熱い。今からこんなに恐ろしいブツを使うと考えるとゾクゾクくるものがある。


 そして左手にはSmart phone。文明の利器、こやつがあれば世界と繋がり放題、この文章も発信できるというわけさ。


 しかし。


 深淵を覗く時は深淵を覗いていると言うだろう?


 ……。


 深淵を覗く時は深淵にも覗かれていると言うだろう?


 つまり、このSmart phone(それっぽい発音)も相当にデンジャーな機械だ。しかし、毒と薬は紙一重とか言うように、毒は薬になり得る。そう、素敵な電子ドラッグへと変貌するのだ。これでインターネットの世界へ素敵なトリップをするわけだ。


 ケトルを片手に私がトリップしたのは、クリーニング屋のプラスチックハンガーみたいな水色をしたアイコンの世界。中学校の技術室に置いてあるL字の物差しのような形の白いマークが二つ。


「 」


 こんな感じで配置されている。


 カクヨムとかいうところだ。そのアイコンを親指で叩いた次の瞬間、目に黄色いバナーが飛び込んできやがった。不法侵入だ。


 普段は萌え絵が置かれているような場所に突如現れた黄色いバナーは私の興味を引いた。黄色地に黒字。なんとも危険そうな色合いだが、右下の鳥が実にキュート♡なので私の警戒心はゼロを通り越してマイナスになった。


 そう、軽い気持ちでバナーをタップする。


 このサイトの三周年記念企画のページだった。「最後の3分間」のお題で短編を書くというもの。


「ククク、面白そうじゃねえか」


 そう、口に出したつもりの私。現実では無表情にカップ麺のパッケージを剥がしただけだった。ああ、無情レ・ミゼラブル。私はヴィトル・ユーを許さない。アレは小学生の心に刺さりまくった。


 そんなどうでもいいことは置いておいて、面白そうな企画だと素直に感じたのだ。


 ちなみに、冒頭からここまで電気ケトル手に取ってスマホ片手にカップ麺のパッケージを剥がしただけである。ここまでの800字強でそれしかしていないなんて。ああ、無情。


 そんなことは気にせず、私はカップ麺のフタを一部剥がした。この裏の銀色が露出し、中のカラカラの麺が見えるのはどことなくエロスを感じさせる。そんな頭のおかしいことを考えるのは世界に私くらいでいい。オンリーワンだ。やったぜ。


 そして、その中にアツアツな液体をタップリと流し込む。やはりエロい。ところが、「ここまでお湯を注ぐんだ、いいな?」と私にテレパシーを送ってくるはずの内側の線がよくわからない。結局よくわからないままお湯を注いだので絶対本来の量より多いだろうという感じになってしまった。


 そんな時、私は見つけてしまった。救出を忘れた粉末ソースやかやく達を。「アン♡あなたの熱いのがたくさん……♡」とでも言ってそうなカップ麺の箱の中でプカプカしている。急いで割り箸を割ってそれらを助け出す。急いだせいで割り箸が変な割れ方をした。無言で中指を立てた。


粉末ソース、特製油、かやく。カップ麺三銃士を連れてきたよ。


 というわけで、かやくの袋だけ私の最強の腕力とマジックカットの協力プレイで引き裂き、俺の女カップ麺の中にぶち込んだ。本来は先に入れるはずのものだが、後からでも問題なかろう。


 さて。私はSmart pho……スマホに仕組まれた時限式の音波爆弾を三分後に爆発するようセットした。タイマー機能とも言う。実にイカした、スマートな兵器だ。


 ここからが、私の最後の三分間である。


 カップ麺にお湯を注いでからその麺がへなへなになるまでの三分間の物語だ。ついでに音波爆弾も起動する。


 私がまず行ったのはカップ麺のパッケージを捨てることだ。ゴミ箱にポイ。はいはい、スマート。


 ちなみに、これはRedなFox赤いきつねの焼きうどんである。焼かないのに焼きうどんとはこれ如何に。ちなみにクソ美味い。世界で最も硬い食べ物であるかつお節の風味が食欲をそそるのだ。しかも、RedなFoxの油揚げが細かく刻まれて投入されている。味はあのままだ。不味いはずがない。


 パッケージを始末した私は


「ミッションコンプリート。今回も楽勝だった」


 と、言った気になって、実際には口を1ナノメートルも動かさずに私は椅子に腰掛けた。



 ここから三分間弱、脳内で私の世界を展開させる。



 脳内の一室に用意された会議室に、数人の私が召喚される。今日呼び集めた私は以下の通り。


 ・現代ファンタジー妄想担当

 ・百合妄想担当

 ・創作能力把握担当

 ・スケジュール管理担当

 ・ヒラメキ担当


 そして会議長は、「私」総監督である。


 ところが、用意した席はトキノコ妄想担当要員に全て横取りされた。


 あっあのですね!最近何かと話題な、けものでフレンズなやつの漫画版はよきですよ!尊みたっぷりです、特に私はトキ×ツチノコのカップリングを激推ししてるんですがね、あの本当に最高でして(ry


 ちなみにこのトキ×ツチノコトキノコというのも相当にデンジャラスだ。受験生の貴重な一年間を二次創作小説を執筆することに注ぎ込ませる効力がある。恐ろしい。


 そんな話は置いといてだ、トキノコ妄想担当要員たちは私の中でも相当重要な部分なので会議室は譲ることにした。今回招集をかけた五人の担当は脳内のすみっこで会議させることにした。


「お題は最後の三分間。何か案は?」


 総監督の言葉に真っ先に反応したのは百合妄想担当だった。


「世界の終わりを目前にして、今まで隠してきたけど告白してキスしておせっせする百合がいいですぅ!」


 知ってた。いいっすねそれ。でもカクヨムはR‐18表現アウトだからおせっせはダメだぞ。

 そう思っていたが、創作能力把握担当とスケジュール管理担当が喚き始めた。


「だめ!その設定練ってる時間ない!」


「だいたいワタクセのことですぞ?すぐ別の百合に気が移るに決まってますぞぃ」


「それに!この後、ご友人と“えふぴーえす”の予定!」


「ですぞ!ワタクセには無理ですぞ!」


 と、脳内会議はうるさくなってきたので脳内ミュートをONにした。あと脳内会議書くの面倒だった。


 さて。くだらないことを考えていたらもう一分も時間が過ぎてしまった。ギンギンに興奮していた麺が中折れしてしまうまで時間がない。やはりエロい。


 何を書こう?


 実は私、一次創作なんて二回ほどしか経験がない。いつも二次創作ばかりなのだ。


 ちなみにこの文章を書こうと思い立ったのは友人にFPSの約束の時間にバックレられて暇になっている時である。この三分間は無駄でしかなかった。ネタバレである。


 ところで、この文章を読んでいるあなたは何者なんだ?


 そんなにカップ麺のエロスの話がに気に入ったのか?あなたとは気が合いそうだ。しかし私のオンリーワンが揺らいでしまうのでここで消えてもらう他ない。お祭りのエアガンくじの、外れ賞である安っちい中華製の拳銃でその眉間にBB弾を撃ち込んでやろう。


 なんつってる間に残り一分っすよ(笑) あ~あ、暇つぶしの辛いとこね、これ


 コピペは良くないと思います。おや、後頭部にブーメランが突き刺さっていた。


 しかし、考えることをやめた究極生命体である私は、罵詈雑言が飛び交うステキな青い鳥の世界にトリップした。カップ麺のエロさについてツイートしようとしたがやめておいた。これはドン引き待ったナシだ。


 ああ、青い鳥の世界は時間を容易に溶かす。強いアルカリ性だ。恐らく、青がイメージカラーなのはBTB液を垂らされたからだろう。


 そして、最後の三分間のが来た。


 私の手の内の時限爆弾が弾けた。ぶるぶるぶる、ぶるぶるぶるとバイブレーションを鳴らしている。全く、お前もカップ麺のエロスに興奮しているのか。大人の玩具の真似なんぞしおって、悪い子だ。


 空虚な三分間であった。取り消せよ今の言葉。


 カップ麺がエロいという話をして、脳内会議を数十秒だけ開き、最終的にツッターに逃げる。実に空虚じゃありゃせんか?


 あなたがこの文章を読んだ時間も空虚なものだったというわけだ。本当に申し訳ない。


 どうこう言っても仕方ないので、私はカップ麺のお湯を捨てた。そこに油をぶち込み、へんてこに割れた割り箸でかき混ぜる。粉末ソースもぶち込んで混ぜる。あら美味しそう。


 私は100%オレンジジュースをコップに注いで、それをリビングテーブルに置いた。ウチのかわゆいワンちゃん(パピヨン♀)をひと撫でして、いただきますと手を鳴らした。


 ズルッ、と麺をすする。かつお節のいい香り。そして、その食感に違和感を抱く。


「コイツ……半勃ちだ」


 今度はちゃんと声に出した。なぜよりによってこの言葉を。やわやわおうどんのはずが、若干パキッとした食感が残っていたのだ。


 始末したパッケージをゴミ箱から取り出し、表記を見る。「熱湯5分」だってさ。


 ああ、無情。

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カップ麺とヤベー奴こと私 七戸寧子 / 栗饅頭 @kurimanzyuu

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