第3話 限りなく普通の主人公 

「オッス」


「あっ、先輩」


「こんにちは」


「ふふふ。今日は、一段と暗いわね?」


「そうっすか? いつもと同じですよ」


 俺は、自分の椅子(勝手に決めただけ)に座った。


「さて」


 自分専用の絵筆を持つ。


「今日も課題の絵を描きますか」


 俺は部活の時間が終わるまで、課題の絵を黙々と描き続けた。


「ふうっ」

 

 所定の場所に道具を片付ける。


「終わった」


 後輩連中が、俺に挨拶した。「お疲れ様です」


 先輩方も、俺に挨拶した。「お疲れさま」


 先輩方は、周りの一年坊を見渡した。


「一年は、部室の掃除を忘れないでね」


「はーい」


「分かってまぁす」


 一年坊は「ニコッ」と笑って、部室の中を掃きはじめた。


 俺は、その光景から視線を逸らした。


「お疲れ」


一年坊はまた、先輩の俺に挨拶した。「お疲れ様でぇす」

 

 部活の同期が俺に話しかけた。


「宮本、一緒に帰ろうぜ」


「ん? ああ、いいよ。一緒に帰ろう」


 同期の男子は、俺の隣に並んだ。


「帰りにどっか寄っていかねぇ?」


「ああうん、いいよ。どこ寄っていく?」


「そうだな。ちょうど腹も減っているし、ファミレスとかどうだ?」


「いいね。俺もちょうど腹減っていたし」


 俺達は、学校の外に出た。


 俺は、学校のグランドに目をやった。


「毎回思うけど」


「ん?」


「うちの高校がっこうって極端だよな? 県内一の強豪校とか言われているくせに」


「弱小部活もすげぇあると?」


 俺は、自分の正面に向き直った。


「普通ってヤツがない」


「そうだな。でも、それでいいんじゃねぇの? 俺達」


 俺達は、ファミレスの中に入った。俺は自分の親にメールを送って、それから店の店員にステーキを頼んだ。俺の正面に座った男子も、慣れた様子でパスタを頼んだ。


 男子は、俺の顔に向き直った。


「マイマネーでステーキを頼むとは、贅沢ですねぇ」


「そうか? 別に何を頼んでも自由だろう? 俺の金なんだし」


「ああ、うん。そうだな。宮本」


「ん?」


「お前って、毎月いくら貰っているの?」


 俺は、小遣いの額を教えた。


「ふぇ、以外と普通だな。もう少し貰ってんのかと思ったよ」


「親がそういうのにシビアだからな。『金は、大事に使いなさい』って」


「ふーん。なあ、宮本」


「ん?」


「お前の親って、何やっているの?」


 俺は、その答えに言いよどんだ。


「何やっているんだろうな?」


「ふぇ?」


 男子は、俺の顔をまじまじと見た。


「親の仕事が分かんねぇの?」


「……いや、親の仕事は分かるんだけど。何処か」


 普通じゃねぇっていうか。休日とかも、しょっちゅういなくなるし。うーん。


 俺は、親の仕事をしばらく考えた。


「まあ、その事はどうでも良いだろう。親父は、『普通の会社員』だ。そんでお袋は、『普通の専業主婦』。たまにパートには行くけど」


「う、うん。お前が『そう』言うなら。そういう事にしておく」


 注文の料理が運ばれてきた。


「食おうぜ」


「おう」


 俺達は、注文の料理を平らげた。「ごちそうさん」


 俺は、料理の代金を払った。男子も、自分の食事代を払った。

 

 俺達は揃って、店の外に出た。


「じゃあな」


「ああ」


 俺達は、それぞれの家に帰った。


「ただいま」


「あ、おかえり」


 俺は、家の中を見渡した。


「親父は?」


「お仕事。今日も帰れないんだって」


「ふーん、会社員も大変だな」


「そうね」


 本当に、と、お袋は笑った。


「戦況が思わしくないのかしら?」


「戦況?」


「あっ!」

 

 お袋はあわてて、今の言葉を誤魔化した。「何でもないわ!」

 

 俺は、お袋の苦笑を見つめた。


「ふーん。まあ、いいか」

 

 俺は自分の部屋に行って、いつもの普段着に着替えた。やっぱり、自分の服は落ちつく。学校の制服が嫌いなわけじゃねぇけど。俺は、家のリビングに行った。そこのテレビは、見やすいからね。部屋のヤツは、どう見ても小っこいから。自分の家でテレビを見る時はいつも、そこのヤツを使っているんだ。

 

 俺は、テレビの画面を点けた。と、すぐにお笑い番組。番組の中には、最近話題の芸能人達が出ていた。若いご婦人に大好評な俳優から、大きいお友達に大人気なコスプレ女優まで。マジ、「豪華すぎでしょ?」っていうくらいに。

 

 俺は、その番組をしばらく見つづけた。


「アイドル、か」


 そういや、うちの学校にもいたな。ソーシャルなゲームに出てくる、見るからにそれっぽい「男子生徒」と「女子生徒」達が。アイツらは、芸能クラスだっけ? テレビの有名人達が通う、特別に作られた教室。俺は、滅多に行かないけどね。芸能クラスに知り合いもいないし、ましてや「アイツら全員、寮生活だからさ」


 一般人は、アイツらの寮には入れない。寮の出入り口には、ガードマンが立っているしね。それも……うん、これ以上は言わない方が良い。自分の命を守るためにも。アイツらは……どうやら、ただのガードマンじゃないらしいからね。みんなの言っていた話じゃ、さ。

 

 テレビの画面を消した。



「風呂、入ろう」


 俺は、家の風呂に向かった。


「ふう」


 さっぱり、さっぱり。一日の疲れが綺麗に吹き飛んだ。心の中は、微妙にモヤモヤしているけど。俺はベッドの上に寝そべって、ケータイの画面を点けた。ロック解除の顔認証。最近のケータイは、実に高性能である。持ち主の顔で中味が守られるとか、昔の怪盗もビックリな技術だ。

 

 俺はネットの画面を点けると、間抜けな顔でウェブニュースの項目を開いた。

 

 現役国会議員が、女性ロボットと結婚。

 ゾンビが蔓延る町に人型ロボットを導入。

 不老不死の実験に成功。

 高校生バンド(うちの学校だ)、海外コンサート決定。

 チャンネル登録インフレ? 話題のネットマスター。

 宇宙コロニーが老朽化。破片、日本の○○市に落ちる。

 孤島、消滅。未確認生物の仕業か?

 平行世界の存在を確認。

 

 俺は、それらの項目に苦笑した。


「この世界、ヤバすぎるだろう?」

 

 異常な事が、普通の事になっている。しかも、「ハハ」

 

 ベッドの枕元にケータイを置いた。


「疲れた」


 俺は、部屋の天井を見上げた。


「お前はいつも、変わんないな」


 コロニーの破片が落ちてきても、その様子をまったく変えようとしない。正真正銘の不動心だ。染みの数は、昔よりも増えたけどね。

 

 俺は、ベッドの上から起き上がった。


「勉強でもするか」


 俺は机の椅子に座って、数学の教科書を開いた。


 カチカチ、カチカチ……。


 時計の針が十時を指した時だ。遠くの方で、「爆発音?」


 俺は、窓の外に顔を出した。


 窓の外は、真っ暗だった。道路の街灯は一応点いているけど、それ以外の光はほとんど見られない。町の全体が「闇」に覆われている。今の音で明かりを点けた家はあるが、それもほんのちょっとしか見られなかった。

 

 俺は、夜の町を睨んだ。


「まぁた、どっかの馬鹿がやらかしたのか?」


 俺は、部屋の窓を閉めた。窓のカーテンも、勢いよく閉めるように。俺は部屋の机に戻ると、不機嫌な顔で数学の勉強をまたやりはじめた。


 カチカチ、カチカチ……。


 時計の針が十一時を指す。って同時に「キャー」と、女の悲鳴。女の悲鳴はしばらく続いて、くっ! 俺は、部屋の窓を勢いよく開けた。


「今度は、なんだ!」


 人が勉強している時に。俺は、悲鳴の主を探した。人の頑張りを妨げる奴ぁは、誰であろうと許さねぇ。俺は、悲鳴の主を必死に探した。でも、くっ! 神様って奴は、すげぇ意地悪らしい。被害者の俺が、一方的に叩き潰された。無気力な顔で机に戻る、俺。俺は、数学の教科書を閉じた。


「もう寝よ、寝よ」


 俺は机の上を片づけて、ベッドの上に寝そべった。


「だあああ」


 部屋の天井を見上げた。


「今の悲鳴は一体、何なんだろう?」


 最近噂になっている……確か、「お散歩好きの徘徊さん」だっけ? 健康マニアの幽霊が、「化けて出た」っていう。幽霊の正体は、若い女の銀行員らしい。彼女は趣味のウォーキングで町を歩いている最中さなか、たまたまいた通り魔に背中をグサリと刺されてしまった。通り魔の男は、その二日後に捕まった。次の獲物にナイフを振り下ろそうとした時、偶然通りかかった宇宙人に素早く取り押さえられて。通り魔は、豚箱の中に入れられた。

 

 俺は、天井の染みを見つめた。


「そいつに殺された人は、マジで無念だったろうな」


 自分はただ、好きなウォーキングをしていただけなのに。


「それを」


 見知らぬ奴に殺されちゃ、堪ったもんじゃないね。


 俺は、幽霊の事を思った。「浮かばれない魂」と。俺はその事をしばらく考えて、あっ! 窓の外が静かになった。悲鳴の気配も無くなって。すべてが元に戻っている。心臓の方はまだ、バクバク言っているけど。俺は、自分の胸を笑った。


「ビビリすぎ。幽霊なんて、そこら中にいるじゃねぇか?」


 普通の人間には、見えないだけで。アイツらは、人間の社会に紛れている。

 天敵の霊能力者(陰陽師とか、エクソシストとか)から逃れるように。その姿をじっと潜ませているんだ。「お前達のタマは、いつでも取れるんだ」と。


 俺は、その現実にブルッとした。


「うううっ。幽霊だけには」


 いや、幽霊以外にも殺されたくねぇ。俺は、まだまだ生きてぇんだ。自分の人生を全うするために。本当は、「死ぬのが怖いだけだ」けどね。死後の世界がどうなっているか分からねぇし。生きている方がまだ、ホッとするだろう? だから……。俺は、自分の命を思った。「今日も一日、死なずにすんだな」と。

 

 生きるっていうのは、普通の人生を繰り返す事だ。特別な人生を送らなくても、平凡な毎日をただひたすらに生きつづける。そこに物語の起承転結は、ねぇ。テレビのお客が喜ぶような、そんな内容は一つ足りとも必要ねぇんだ。普通の世界を生きられりゃ十分、そいつの人生は満たされている。

 

 テメェは、相手がいなくても生きていけるだろう? 最小限の金さえありゃ、人間は何処だって生きているんだ。乞食になっても恥ずかしくは、ねぇ。アイツらも、俺達と同じ人間だからな。見てくれの方はどうであれ、今も必死に生きつづけている。そいつらを笑う権利は、誰にもねぇよ。


 俺は穏やかな気持ちで、両目の瞼を瞑った。


「明日もまた、学校か」


 今日の朝がそうであったように、明日もまた平凡の日常がやってくる。普通の人間がポツンと浮いてしまうよな、すげぇ微妙で複雑な日常が。俺はその日常が……はっ、「満足している」わけねぇだろ? 俺以外は全員、「普通」じゃねぇんだからな。それが良きにしろ、悪きにしろ、奴らには「個性」ってもんがある。

 

 自分が自分である証が、さ。それに比べて、くっ! 今の俺は、どうだろう? 正統な主人公にもなれず、ただこうして独自を語りつづけている。誰に聞かせるでもないしに、自分の不満をダラダラと愚痴っているだけなんだ。普通の人間に生まれてしまった俺を、ね。俺には、「はぁ」

 

 俺は、自分の髪を掻きむしった。


「つまんねぇ」

 

 そう、何もかもが「つまんねぇ」んだ。今の自分が置かれている状況も、そして……。考えてみりゃ、ヒロインすらも出ていねぇからな。物語の主人公に惚れる、若しくは「助けてくれる」ヒロインが。今の今まで、一度も出ていないんだよ。普通の物語なら必ず出てくるハズなのに。俺の物語には!

 

 俺は、ベッドの上に両手を戻した。「お願いです、神様」

 

 もう、我が侭は言いません。言いませんから、うっ。外伝でも、二次創作でも、クロスオーバーでも良いんで、俺にヒロインを与えてください。そんで「チート能力」も付けて、名のある悪役をバッサバッサと倒させてください。何の力もない主人公は、「原作改編」でもしない限り、物語の中で活躍する事はできない。

 

 俺は、普通の人間なんだ。ラノベの「普通」とは、違ってね。モブ以上の活躍ができない。ラノベの世界は、モブの扱いに厳しいんだ。それこそ、道端の石ころみてぇに。モブが活躍するラノベなんて、見た事ないだろう? だから……。

 俺は、普通の主人公になりてぇ。限りなく普通の主人公じゃなく、「本物」の。みんなの憧れる主人公になりてぇんだ。他の主人公達がそうであるように、俺も!俺は世界の可能性を信じて、明日の日常をじっと待ちつづけた。


 しかし、現実は残酷である。「それ」をどんなに信じても、待っているのは……昨日と変わらない日常、異常な事が「普通」になっている日常だった。

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