閑話「女神さま 3」

 二日後。


「──ことの次第は理解した。此度は事故ということで処理する方向に持っていこう」



 玉座に座る国王の言葉に僕はホッと一息着いた。


 オリヴィア様に国王と面会すると宣言した後、通信魔法の一種である水面を利用した『水鏡』で僕の父さん──里長をハイランドア王国に呼び出し、王城の謁見の間にて事情を説明した。


 国王と父さんはそのまま話し合い、今回の件を呪いによる偶発的な事故として処理し、僕自身への罰はなかった。



「その老婆とやらは直ぐに『夜』の者に調べさせよう。してイェルカよ、そなたは被害者であるとはいえ、神殿に多大な被害をもたらした。その責任は取ってもらわねばならん。それは分かるな?」



 国王は先程とはうって変わり、僕に向かって重苦しく告げた。

 表向きに罰は受けないとはいえ、神殿を破壊し、暴れ回ったことにより少なからず被害はあったのだ。

 もとより覚悟していたことなので、僕は国王の言葉に素直に頷いた。

 そして、自ら責任の取り方について提案する。



「それは分かっています。だから僕はその責任を取り、ドラゴンの里を出ます。この国に残り、僕を救ってくれたかの姫……ロジエル嬢の専属護衛としてこの国に尽くしたいのですが、如何でしょうか」

「ふむ、どうしてロジエル嬢の護衛を?」

「はい。僕の呪いを解いてくれたあの歌、すごい力を持つものでしょう? オリヴィア様からあれは初代歌姫が作った歌だと聞きました。その歌をあの歳で唄うことができたロジエルは将来強大な力を持つ歌姫となるでしょう。それは、国の宝と言える力。そんな彼女を護衛することは、結果的にこの国に尽くすことになるのではないかと考えました」



 国王は僕の言葉に首肯する。



「ふむ、一理あるな。里長よ、そなたはそれでいいか?」



 国王の問いかけに父さんは僕の方を見て、頷いた。



「息子の決めたことだ。俺が口を出すことではない。里を出ると言うなら、表向きには呪いによる異端扱いで追放という形を取ろう。それなら自然だしな」

「ありがとう、父さん!」

「そんなことよりイェルカ、あのロジエル嬢、もしかしてお前のつがいか?」



 思わぬ問いかけに目を見張った。

 まさか父さんにバレていたなんて。

 でもむしろ都合がいいかもしれない。僕はそう考えて肯定した。



「そうです。僕は彼女が欲しい。国王様、彼女をいずれお嫁さんにする許可を下さい」

「ゲホッ、ゲホッ!!」

「ブフッ!!」



 僕の言葉に国王と何故かそのそばに控えていた宰相が同時に吹き出して咳き込んだ。



「……だ、そうだ。うちの息子はお前の娘にゾッコンみたいだぞ~? アーレルド」



 父さんがニヤリと笑う。

 宰相様はロジエルの父親だったのか。それは尚更好都合だ。

 僕は今度は宰相に向き直る。



「宰相様、ロジエル嬢を僕に下さい!」

「………………」



 できる限り真剣な表情で宰相様に訴えかけると、宰相様の顔色が赤くなって、しばらくすると青くなり、最後には白くなった。

 口をパクパクさせて、まるで川で泳ぐ魚のようになっている。

 こんな短時間で顔色を三段階に変えられるなんて凄いなぁ。見ていて面白い人だ。



「……ロジエルはまだ五歳だ。竜族のつがいには理解があるつもりだが、娘の意思を聞いてみないことには……」



 長い沈黙の後に、宰相様がボソリとつぶやいた。

 やっとの事で絞り出したような声だ。やはりいきなり結婚の許可を貰うのは無理なのだろうか。



「はい、分かりました」



 確約は貰えなかったけれど、拒絶もされなかった。ならばこれでいい。

 ロジエルの意思ももちろん大切だ。僕は彼女を幸せにしたいのだから。そのためにはまず周りに認めてもらうことから始めなければならない。


 外から埋めていくことは何よりも重要なのだ。父さんはそうやって母さんをゲットしたと自慢していた。そして時には謙虚に引くことも大事。第一印象は今後の付き合いでも関わってくる。これは母さんが教えてくれた。



 僕が素直に引いたことにより宰相様はほっとしたような顔つきになっている。



「──オホン。うむ、それでイェルカよ、王国においての君の身分だが……オリヴィアが君の保護者として名を上げた。養子としてグレイシア侯爵家に入るのはどうかね。元々君の母親の家でもある」

「それで構いません。むしろ光栄です」



 侯爵家ならロジエルを貰い受けるのになんの支障もない身分だ。護衛としても信用のおける身分だし、何より母さんの実家というのも嬉しい。



「そうか。では書類や申請に関してはオリヴィアに任せよう。話は以上だ。君はロジエル嬢を見舞って来るといい。心配なんだろう?」



 これもバレていたらしい。確かに二日もロジエルに会っていない。さっきからそれが気になってソワソワしていたのだ。早く会いたくて仕方がない。


 国王様は僕に向かって小さくウインクしてくる。なんとも茶目っ気のある『おじさん』だ。

 折角の好意だ。甘えさせてもらうしよう。



「分かりました。ご配慮ありがとうございます。宰相様、公爵家にお邪魔してもよろしいですか? 護衛の件でお話したいこともありますし」

「あ、ああ……」



 未だ顔色が冴えない宰相様に僕は上機嫌で



 *



 その後、公爵家にお邪魔し、護衛の件も兼ねて公爵家の面々と挨拶を交わした。



 ロジエルのお母様のレジアンナ様は暖かく迎え入れてくれたし、双子の妹のロシェルカ嬢は「お姉さまをぜひ護ってくださいな!」と何か深く通じ合い、互いに固い握手を交わした。


 兄だというラルファス様は僕を警戒していたようだけれど、庭で一緒に遊んだら直ぐに打ち解け、ロジエルの可愛さについて一緒に談義するまでの仲になった。兄上、案外チョロいな。


 宰相様は最後まで僕を警戒していたけれど、一応は納得してくれたらしい。



 「いいか、護衛は了承した。私としても腕の立つ竜族の護衛がいてくれるのは心強いしな。しかし! 婚約はまだだ! 娘はまだ五歳だし、何よりロジエルの意見を聞いてからでないと決められないからな!! 清いお付き合いからはじめることだ!!」


 と、かなりの念入りに強調されてしまったのは実に残念だけれどこれからいくらでもはある。焦らずじっくり行こうと決心した。


 さて、これでおおよその外堀は埋めた。

 あとはロジエルを口説くだけだ。



 僕は意気揚々とロジエルの部屋の前に立った。

 二日も我慢したのだ。早くロジエルに会いたい。

 そう思っていたのに、いざ部屋の前に来ると少し緊張した。寝ていると聞いたので、起こさないように細心の注意を払って扉を開ける。



 キィ……と小さく音を立てて扉の中へ入ると、少女らしい趣味に溢れた部屋が僕を出迎えた。

 可憐な花柄を模した壁紙に、所々に添えられたパステルカラーの小物。明るい白で統一された猫足の家具。


 そして、その部屋の中心。精緻な薔薇の模様が描かれた天蓋付きのベッドの中で僕の『女神さま』が眠っていた。

 紫色の髪を無造作に流し、綺麗な顔を少し歪めて荒い呼吸を繰り返すロジエル。頬にぽってりと赤みがさし、額には汗が浮かんでいる。



 「熱があるみたいだね」



 僕は天蓋を開けてロジエルに近づくと、枕元に投げ出されていた右手を握る。

 そうすると、少しだけロジエルの表情が和らいだ気がした。


 そういえばつがいの接触は精神や体調を安定させる効果があるって父さんが言ってたっけ。

 なんでもつがいの体内に宿る魔力は相性がいいので一種の治癒効果を期待できるらしい。それを利用して母さんが体調を崩した時、父さんはよく添い寝をしていた。


 僕もしてみよう。


 ロジエルを起こさないようにそっとベッドに入り込むと、まだ小柄で華奢な体を両腕で包み込むように抱き寄せた。

 しばらくそうしていると、ロジエルの呼吸が穏やかになり、寝顔も安らかなものへと変わった。


 効果があったようだ。一安心して、息を着く。



 ──ただ、この接触は、つがい同士に効果をもたらすものらしい。

 先程からすごい安らいで満たされた思いに包まれ、睡魔が襲ってきている。あまりにも抗いがたい眠気に僕は素直に従うことにした。



 「もうちょっとロジエルの寝顔を見ていたかったなぁ……」



 そんなことを呟きながらロジエルの横で丸くなり、眠ってしまった。








 「──……」



 ──隣で誰かが動く気配がする。

 その気配につられて、僕の意識が覚醒した。

 どのくらい眠っていたんだろう。


 そう思いながら目を開けると、一番最初に視界に入ったのはこちらを驚いたように覗き込んでくる銀色の双眸だった。


 あの時、僕に笑いかけた小さな少女の優しい眼。

 一目見たあの時から。僕はこの眼の色が大好きになった。


 この子が欲しいと、そう自覚した。



(絶対に、逃がさない)



 愛しい愛しい、僕のつがい。

 その銀色の双眸が、いつ僕しか映さないようになるのか。君はいつ完全に僕のモノになってくれるのか、楽しみで仕方がない。


 心の中でそう呟きながら、僕は愛してやまない少女めがみに微笑みかけた。



 「──おはよう、ロジエル」

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