3 始まりは唐突すぎた。
身支度を整えて部屋に入ると、私以外の家族全員が揃っていた。
「おはよう、エル」
「うふふ、今日はお寝坊さんねエルちゃん。ルカちゃんはもう席に着いてるわよ?」
「おはようございます。おとうさま、おかあさま」
席に着くと、両親から声をかけられる。
基本、イグニシア公爵家の家族仲はとても良く、ごはんは家族で揃って食べる。
父は宰相の仕事が忙しく居ないことが殆どだが、今日は久しぶりに全員揃った。
「おはようエル、今日も天使だね」
「……おはようございます、おにいさま」
ナンパかどこぞのタラシかと思われるような挨拶をしてきたのは兄のラルファス。
二つ年上の7歳で、両親の美貌を受け継いだ紫髪に母譲りの青の瞳を持つなかなかの美少年だ。
肩まで伸びた髪を後ろに結んで、蕩けるような笑みを浮かべている。
なお、このセリフはタラシではなくただ単に重度のシスコンからくるものである。
さらに余談だが、恐ろしいことにかの乙女ゲーム、「ラブラビ」においてこの兄も攻略対象なのである。
キャラ紹介の煽り文句には『禁断の兄妹愛--あなたはこの秘密の関係性を守りきれるか?』とあった。
おい製作者ァァア!!
兄と実の妹に、何恋愛させてんだぁぁ!!
思わず叫びたくなるが、しかしラブラビファンの間ではこのルートは意外にも人気だったのだ。
うんまぁ仕方ないよね、現実では出来ないもんね、でも女子は好きだもんね。禁断の恋愛とか。
禁止されるほど燃え上がる的なね。
補足するとこの兄ルート、ハッピーエンドでは駆け落ち、バッドエンドでは2人で心中となる。実に親不孝だね君たち。
このルートでは私は悪役令嬢にはならず、妹と兄の死を悼みながら公爵家存続のため婿養子を迎えることになる。後継は解決、身内の不幸で残念だったねー、といった具合だ。とくに私に害はない。
害はないが、阻止はさせてもらう。兄のシスコンが恋愛に変わる瞬間など見たくない。ついでにイチャイチャする兄と妹も見たくない。
おっと、いけない。また思考に耽ってしまった。
私が席に着いて全員揃ったのを見届けると、父が頷く。
「それでは頂こうか」
父の言葉を合図に、皆でお祈りをして食事を始めた。
*
食事が終わると、兄は家庭教師に連れられて自室へと戻って行った。
将来家を継ぎ、宰相の職も継ぐことになるであろう兄ラルファスはまだ7歳ながら勉学に励んでいる。伝え聞くところによるとなかなか優秀らしい。
まだ7歳なのに大変だな。英才教育というやつか。
この世界の学校はほぼ大体現代日本と同じだ。
義務教育は12まで。それ以外は専門学校やいやわゆる中学校、高校、希望制で受験有りの大学がある。
大体の貴族の子息は高校まで、一部は大学まで進み、婚約者がいる令嬢は高校まで進んだ後そのまま結婚というケースも珍しくない。場合によっては大学にも行くが。
乙女ゲーム「ラブラビ」の舞台になるのはヒロインが15歳の時、つまり高校からということになる。
ロジエルが断罪され追放、もしくは処刑宣告を受けるのが大体17,8歳くらいなので卒業前に全てが決まる。
ヒロイン--妹がどのルートに行くのかはまだ定かではないが、今のところ兄ルートはとくに害はないので放っておくとしよう。あれは兄と恋愛関係にさせさせなければどうとでもなる。
問題なのは私が悪役令嬢となって立ちはだかるルート。それが「王子ルート」だ。
この国には2人の王子がおり、私は必ずそのどちらかの王子の婚約者となる。
イグニシア公爵家は王国でも有力な貴族であるし、宰相の娘なのだから婚約者として最有力候補であるのでこれは当然といえるだろう。
この王子ルートにおいて、
攻略対象はまず第一王子のアヴィルスカ殿下。通称アル王子。ストレートの金髪にエメラルドの瞳、もちろんかなりのイケメン。頭が良く、スポーツもそつなくこなす才色兼備で次代を担う王子として文句なしな完璧男。しかし、高所恐怖症という弱点もある。(ゲーム情報)
次に第二王子のイヴオルダー殿下。通称イオ王子。第一王子と同じ金髪にエメラルド瞳のイケメンだが、こちらは少し猫っ毛のある柔らかなウェーブ髪。軍部に所属し、幼少時から騎士団に出入りする勉強より運動の脳筋タイプ。それゆえか朴念仁で不器用。愛すると一途になるらしく、実は甘い物好きという一面がある。(ゲーム情報)
閑話休題。このどちらかの王子の婚約者となる私。
そして姉の婚約者を妹が好きになり、姉妹バトルが勃発する。
性格も歌姫としての力も完璧なヒロインは次第に王子と惹かれ合うようになる。
ゲームのロジエルはトラウマで歌姫の力を上手く扱えなくなり、妹に劣等感を覚えるが、「王子の婚約者である」という事実で心の均衡を保っていた。
しかし、その王子までもを妹に奪われ嫉妬に狂ったロジエルは妹を殺そうとするのだ。
しかしそれは果たされず、逆に断罪され追放、もしくは処刑エンドとなる。
お家潰しはない。あくまでロジエル個人の暴走とされ、イグニシア公爵家はロジエル・イグニシアという存在を家系図から抹消する。
まあ、家が潰れたら妹は王子と結婚できなくなるからね。公爵家が潰れないだけマシであるが、普通に追放も処刑も嫌だ。
他の攻略キャラはそれぞれライバルキャラが別に存在するのでそれほど気にしなくてもよい、はず。
私が警戒するべきはやはり、この二人の王子と妹の恋路、だろう。
まず言えることは、私は何がなんでもこの二人の王子のどちらとも婚約しないことだ。これは前提条件。
それともう1つ。そもそも劣等感を抱えることになってしまう原因。ロジエルが歌姫の力を上手く扱えなくなる原因となるトラウマである。
大量に溢れた前世の記憶で混乱していたが、だんだん思い出してきた。
確か小さい頃に歌姫の力を暴走させて、妹に大怪我を負わせたのだ。
レンドア山脈の方から一匹のドラゴンが暴れてきて、歌姫としての力が覚醒したロジエルは調子に乗ってそのドラゴンを倒そうとした。
そしてその力を御しきれず、ドラゴンはさらに暴れ、後を追ってきた妹に牙を向いた。
自分の力を過信し、一人でドラゴンを倒せると思い上がったロジエルが、結局は力をコントロールできず、逆に妹を危険に晒したのだ。
それが確か、5歳くらいの時。
ドラゴンの珍しさに妹を連れて転移までして。
--完全に自業自得である。弁解の余地もない。
ダメじゃん、ロジエル。かばいようがないよ。
しかし、力は暴走させたが結果的にドラゴンは倒したのだったか。ロジエルが自力で。
おっそろしいな、5歳でドラゴン倒すのか。
--ん? 5歳?
そこでとあることに気づく。
もしかしてこのままいくと私、ドラゴンを倒さなければならないのでは?
え、嘘、ヤバい。
確かに3歳の時には歌姫としての力を発現させた私と妹だが、まだ歌姫『見習い』の身であってその力の使い方を学んでいる最中なのだ。
とてもではないがドラゴンなど倒せるはずもない。
むしろどうやって倒せと?
普通に考えて大人に任せるべきである。ドラゴン出たら大人しくしていたらいいよね? 何もしなければトラウマにならないものね? 誰か倒してくれるよねぇ?
冷や汗を流しながら、妹と合流し王宮のすぐ隣にあるルティナ神殿へと歩いていく。
歌姫『見習い』である私とロシェルカは、神殿の長から力の使い方を学んでいる。
今日もそのために妹とともに神殿へ向かっているのであった。
いつものように神殿へと続く中庭の渡り廊下を歩いていると。
早馬の伝令が神殿の方へ走ってくるのが見えた。
よくよく見ると外がなんだか騒々しい。
よほど緊急の用事がない限り、早馬での伝令など来ないはずだが、どうしたのだろうか。ロシェルカと目を合わせて2人で首を傾げる。
--何故だろう。嫌な予感がする。いや、まさかね? そんな……。
言いようのない胸騒ぎを感じながら、様子を見守る。
やがて伝令が神殿へ着くと、かなり慌てた様子で大声をあげる。
「ご報告申し上げます! ドラゴンがルティナ神殿へ向かって急接近中! ドラゴンは速度を緩めずこちらに向かってきております! このままだと神殿に激突するものと予測されます! 直ぐに避難を!」
場が騒然とする。直ちに避難を、と叫ぶ伝令に神殿の祭司や歌姫達が慌てたように動く中、嫌な予感が的中してしまった私は声を張り上げた。
「なんだってえええええ!?」
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