「おまえが我らにしたことをそのまま返してやる。おまえだけじゃなく、おまえの家族、親戚諸々、おまえの血が繋がっているもの、それに関わるものら七代に渡り呪ってやる。まずはおまえからだ」

猫夜が飛びかかった。

登は飛びかかってきた猫夜を咄嗟に足蹴にした。猫夜は地に叩きつけられるがすぐに起きる。登が猫夜のほうに気を取られているうちに犬飼が登の腹に体当たりした。


登は己の胸に突進してきた犬の衝撃に耐えきれず、背中ごと床に叩きつけられた。

あろうことか痛みを感じるのだ。死んでいるのに痛みを感じる。

もしかしたらまだ死んでいないのではないか。そんな希望が見えてきて、横たわる自分の体に視線を向けるが、まったくピクリともしない。


猫夜がその隙に己の鋭く尖った爪を登の首にぶっさした。そのまま横に引く。

その瞬間、真っ赤な血が飛沫をあげた。

登は悲鳴をあげた。首に鮮烈な痛みが走るのだ。

「クソ。なんで痛いんだよ。死んでからも痛みはあるのかよ」

首をおさえ、血を止めようとシャツを首まで伸ばしてみたり袖で拭いてみたりする。


「いいねえ、猫夜。約束通りの行動だ」

もみ手の侍は細い肩を小刻みに上下に揺らしながら猫夜を褒める。


「侍、なんだいその約束通りの行動ってやつは」

侍の一言に即座に反応した昭子と太郎は影の中からにゅるると出てきて侍と向き合った。

自分ばかり楽しげな約束をしていた侍に昭子が少しばかりむっとした顔をする。

太郎もそうだとばかりに侍の目を真正面から睨みつけた。


「おいおい太郎、そんな間近で睨むなよ。怖いじゃねえか。昭子さんもそんな怒んなって」

ムッとしている二人を宥めようと侍はまあまあまあまあと手の平を上下した。

「俺がこいつらに会ったときに事の次第を聞いてね、復讐のときになったら是非にもその男の首に真一文字に赤い線をこしらえておくれと約束したんだよ」

侍は己の首についてる真一文字に入った傷をその男にもつけろと言ったのだ。

客観的にどうなるのか見てみたかったと言った。己の最後を己で見れないぶん、どうなるのかを見たかっただけだと言って開き直った。


「ああ、そうかい。あんたは元は人間だもんねえ。今じゃあたしらと同じ妖怪になったが、そうか、昔を遡れば甘ったれの世間しらずの大店の長男坊だったっけねえ。遊び放題遊びまわって金を手当り次第使って、終いには博打に手を出して借金をこしらえたあげく、とっつかまり、闇の内に首を切り捨てられたんだもんねえ。首は土の中、体は刀の試し切りに使われたから死体はもう見つかるはずもない。そうだったねえ」

昭子が一気にまくしたてた。太郎はざまあみろと言わんばかりにくくくと笑っている。


侍は眉と口を八の字にして泣きそうな顔になる。

「悪かったって。勝手な約束したのは謝るから、そんな昔のこと言うなよ」

この通りだと顔の前で拝んでみる。

「親兄弟からも探してもらえず勘当だったってんだから笑えるさ。殺され方を考えりゃあ死体も上がらないはずだよ」

「もしかしたら見つけられてたかもしれないぜ。それを知らなかったふりをされたのかもしれないねえ」

昭子と太郎が侍を追い込むような言い方をする。

「そんなに言うなよ。悲しいじゃねえか」

侍が目元を拭った。

「よし。じゃあ今回は許してやるよ」

涙目になった侍を見て昭子がにっこりと笑った。

「よかったじゃねえか。さっさと謝ったからどうやって切られたか事細かに昭子さんに言われなくてすんで。まあ、侍さんは刀でこいつは猫の爪でだけどな」

と、猫がひっかく真似をした太郎は、自分たちが話しいている間にも登を痛めつけている二匹を見て、


「お。そろそろじゃねえか」

濃紺の空に指を向け、「ほら、来た」と、薄く紫色に光った空から黒いどろどろした何かがひらりひらりと舞い降りてくるのが見える。


「あら、本当だ。今日は死神のやつやけに早いじゃないか。そろそろ死ぬねあの男も」

黒いものとは、死神のことだ。昭子が降りてくる死神を確認してから登がどうなっているのかと見れば、血だらけになって息も絶え絶え這いつくばって逃げようとしているところだった。


「やれ早いな。瑞香さんのときは、あの男をいたぶるように、土を一心不乱に掘っているその上から纏わり付いたけど、今回はどうなんのかねえ」

侍は降ってくる死神を目で追いながら、楽しいお遊びが終わりを迎えようとしているのをつまらなく感じていた。


瑞香のときにも空から降ってきた黒いものは、今、登の頭上に降り立った死神と同じだ。

それは相撲取りのように大きい。姿形はなく、柔らかい布のように風に揺れている。

しかし、司も登もそれを見て悲鳴をあげ、口からは泡、穴という穴から血を吐き、息をする度に内臓が口から出たり入ったりするのを己の目で見ると、発狂した。


這いつくばる指先からは指の骨がずるりと指先の皮を破いて出てきて、その手はくしゃりと音を立てて動きを止めた。肘が地につく。その勢いにおされて指先の皮をぶちぬいて腕の骨が飛び出した。顎が地につく。土がもぞりと動いた。何かが弾けるような軽い音を立てて土の中から白くて細いものが波を打ちながら立ち上る。迷わず鼻の穴の中から張り込む。登は悲鳴をあげ胃の中の内容物を吐き散らす。いつのまにか目の前には自分がかつて手にかけた小動物が自分の顔を取り囲んでいて、今吐き出した内容物を噛みちぎって食らいついていた。罵声をあげても止まらない。その中にはもちろん猫夜と犬飼の姿もある。この二匹が先頭だって食らいついていた。


死神はこの動物らが登を殺すのを待ち、完全に生き絶えると動物らを離した。死神が横に長く伸びた。小動物の姿が薄くなっていく。

猫夜と犬飼を残し、ほかの動物が全て消えると死神は血まみれの体の上に被さると登を自分のうちに飲み込んだ。

死神が登の体から離れると登はむくりと起き上がる。

自分がどこにいるかわかっていないようだ。


目の前にいる猫夜と犬飼をその目の中に捉えると、肩をお大きく跳ね、尻を擦りながら後ずさる。その目には恐怖が映っている。独り言を言い続け後退り続けるとふと氷のような冷たさが手に伝わる。振り返ればそこにはまっ黒い闇が大きく口を開けて自分を飲み込もうとしていた。その中から聞き覚えのある動物の最期の声が聞こえてきた。自分が手にかけたものが待ち構えている声だと理解するとさきほどの記憶が蘇った。


「俺は死んだんじゃねえのか。今殺されたじゃねえか。痛い。あんな痛い思いは嫌だ。あんな恐怖はもう嫌だ。なあ、猫夜、犬飼、助けてくれ。俺を助けてくれよ」

この後に及んでもまだ助けろという登に猫夜は、

「お前はこれから闇の中で、お前が今までに殺した動物たちにまた殺される。そこには我らも含まれている。お前は未来永劫殺され続けて苦しむんだよ」

「これ猫夜、それは俺の台詞じゃねえか」

太郎が自分の台詞を取られたとばかりに軽く猫夜の頭をはたく。

「なんなんだよお前らは」

登は何が何だかわからないまま、自分の後ろにぽっかり空いている穴から逃れようと今度は猫夜の方に這いつくばろうとしたところで、死神に捕まった。ひぃという悲鳴をあげる前に、登の体は凍り始めた。首から上だけは凍らず頭も正常に動いている。恐怖を感じるということだ。


闇の内から真っ赤な目をした犬が一匹ぬめりと現れ、真っ赤な口を大きく開き、登の腕を噛む。そのままゆっくりと恐怖を煽るように闇の内に引きずり込む。

登は泣き叫んでこの世に留まろうとするが体はすでに凍っていて動かない。気持ちだけがこの世に留まり体は無情にも闇の中に飲み込まれていく。


嬉しそうに鳴き叫ぶ動物の声が闇から漏れる。すっぽりと登の体が闇に飲まれると闇は登の悲鳴を結び取るように萎んでいった。


猫夜と犬飼は三人と共に影の内へと吸い込まれていった。

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