米を研ぐ子供たち

化野生姜

米を研ぐ子供たち

神主の祝詞のりとを聞きながら、

ショウヘイたちは目をつむる。


神主の言葉はどうでもいいが、

正直ユウタがこれからすることに興味がある。


ど田舎の地元の春祭りの最後の行事、

『トギ神さま』にショウヘイは参加していた。


村の12歳までの子供は全員参加。

ここにいる人数は12人。


神社の奥にある狭っ苦しい小屋の中。


巨大な四角いお盆を全員が囲み、

上に広げられた米を目をつむって、

ただひたすら広げて混ぜる単純作業。


小屋の中は寒いので、

しばらくやっていると手がだんだんと痛くなってくる。


3分間もするなんて正直サイアクで、

これに反旗を翻したのがガキ大将のユウタだった。


「俺たちがこの祭りを変えてやる」と豪語し、

手始めにサボタージュを決行すると言いだした。


「これはみんなでやることに意義があるんだ。

 俺に賛同する奴はいるか?」


賛同する奴は結構いた。

数えてみると6人ほど。


ユウタはショウヘイにも聞いたが、

適当な言葉で濁しておくことにした。


正直、そんなもんで変わる祭りもないだろう。


親に叱られて終わり。

ショウヘイには、なんとなくオチが見えていた。


「初め」という言葉とともに、

ジャッジャッという音が辺りに響く。


手のひらで転がされる米は次第に擦り切れて、

3分経つ頃には半分以下になっている。


しかしこれになんの意味があるのか、

未だにショウヘイはわからない。


神主が引き戸を閉める音が聞こえた。

小屋に12人の子供が残る。


ジャッジャッという音がまだ続く。

どうやらしばらくは様子をみるようだ。


そうして、ショウヘイが10回以上米を混ぜた頃、

不意に左右の音が消えた。


どうやらユウタが指示した何人かが手を止めたらしい。


あーあ、バレたら親に叱られるぞ。

ショウヘイは手を止めずに様子をみる。


そのとき、引き戸から誰かが入ってくる気配を感じた。

子供、いや背の高い大人の気配。


しかし、そこまで考えたところで

ショウヘイは心の中で首をかしげる。


この小屋の出入り口は一枚の引き戸だけだ。

開ければ音が響くし、光だって入ってくる。


しかし、明るさは一切感じないし、

相手は音も立てずにここに入ってきたように思える。


その時、短い声が立て続けに聞こえた。


「あ、」


「ぎゃっ」


「いやっ」


数人の子供の声、何かを叫ぶ声。

しかしすぐに米の混ぜる音にかき消される。


ガタタッ


子供の動く音。


ズルッズルッ


何かを引きずる音。

米の混ぜる音に混じり、何か異様な音が混じる。


気がつけば、米を混ぜる音が半分以下に減っていた。

数から言えば自分も入れて5人ほど。


後の7人は小屋の中で何をしている?

サボっている割には気配すら感じられない。


ショウヘイはだんだん不安になってきた。


どうする、やめるか?

やめて周りの様子を見るか?


自分たち以外にこの小屋に誰かがいるのは明らかだ。

そして、米を混ぜる5人以外誰も動こうとしていない。


何かがあった。

でも、何が起きているかわからない。


ショウヘイはだんだん怖くなってきた。


ジャッ…


一人の手が止まる音が聞こえた。


「ねえ…」


しかし、それ以上の言葉は続かない。

米を混ぜる音だけが周囲に聞こえる。


4人の米を混ぜる音だけが続く。

何かが周りを徘徊する気配がする。


怖い、怖い、怖い、怖い。


ショウヘイの額に汗が浮かぶ。

汗は頬を伝い、あごの下へと垂れていく。


その時、何かが音もなく近寄ってきた。


それは、ショウヘイの混ぜる米を見ているように感じた。

首を伸ばして様子を見ているように感じた。


それは、ショウヘイの体をすっぽりと覆えるほどの大きさで、

ショウヘイの背後に立って動きをじっと見ているように感じられた。


怖い、怖い、怖い、怖い。


手が震える、今にも米を混ぜる手を止めて、

叫んで逃げ出したくなる。


しかし、それをしてはいけない。

それをしてはいけないと直感で感じる。


生きたい、自分は生きたい!

こんな、こんなことで死にたくない!


チリーンッ


その瞬間、すらりと引き戸の開く音が聞こえ、

光がショウヘイの顔に降り注いだ。


「やめい、」


これは、終わりの合図。


手を止め、ゆっくり目を開けると、

そこにはいつもの神主が鈴を持って立っていた。


「これにて儀式を終わる。」


周りを見渡せば、12人全員がいる。


みんな、儀式が終わった瞬間に、

適当な話をぺちゃくちゃとしゃべったり、

手についた米をはたき落としたりしている。


…なんだ、結局全員いたのか?


みれば、手には大量の米が張り付き、

そのほとんどが擦り切れて半分以下の大きさになっていた。


周りの子供たちは何事もなかったかのように帰り支度をし、

一人、二人と立ち上がる。


しかし、ショウヘイは気づく。

汗びっしょりになっている自分の向かい側。


そこに座っている小学一年生の少年も、

真っ青な顔をして震えていることに。


そして、ショウヘイのことに気がつくと、

すがるようにこちらに目を向けた。


「はい、これお菓子ね。」


参加した子供がもらえる駄菓子の袋を持ちながら、

ショウヘイを含めた12人の子供は田んぼ道を歩いていく。


大人たちは、この後は恒例の酒盛りなので、

子供は先に家に帰って用意されたごちそうを食べるのが習慣だ。


夕日の暮れていくのを眺めながら、

ショウヘイは先を行く10人の子供たちを見つめる。


みんなの様子に変わったところはない。

楽しげに話し、近くの野草を摘んだりする。


大丈夫、さっきの出来事はきっと何かの勘違いだ。


まだ青い顔をした少年の隣で、

ショウヘイはそう思うことにした。


きっと気の迷いか、もしくはユウタのいたずらだったのかも。

そんなことを思いながらショウヘイは歩き…気づく。


子供が10人、こちらを見ていた。

皆、無表情で大きな黒目がこちらを見つめている。


「…もう、こんなことしちゃダメだよ。」


一人が、前に進んでこう言った。


『儀式は大事なんだから、

 次からは途中でやめたりしないようにね。』


左右の二人が、同時に口を動かした。


「何しろ、今回で残った子供は…」


無表情で黒目のユウタがそう言うと、

ふいに誰かが手を握った。


それは、先ほどまで青い顔をしていた少年で、

彼はこちらを向いてこう言った。


「君、たった一人だけなんだからね。」


そう言うと大きな黒目の少年は、

口が裂けるくらいに、ニイッと笑った…



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