第4節

「飛行制限区域を避ければ良いんだろ?」


 スラッシュはブツブツと言うと、光速船を垂直に発進させた。マスドライバーのカプセルに当たれば木っ端微塵になる。しかし、スラッシュはこのあたりのマスドライバーのカプセルが通る道筋を、車窓から眺めていながら頭にマッピングしていたのだった。よって、どこを縫って飛べば良いか、コンピュータよりも確実に分かっていた。


 光速船は宇宙空間に飛び出した。そして星の裏側の大陸上空まで進んだ。

 窓から外を観察する。マスドライバーのカプセルが、軌道上のマスキャッチャーに向かってすっ飛んでいく航跡が見える。陽光に照らされてキラリと光る粒がキャッチャーに吸い込まれる様は、まるでホタルが何かに吸い寄せられて飛んでいるように見えた。


 一時間ほど観察していたスラッシュは、大陸の裏側のマッピングも終わらせた。そして今度は垂直に降下した。


「っていうか、こんなに複雑なことしないと郵便配達もできないわけ? そりゃ不便だわ。誰も転勤したがらないのも分かるなぁ」


   *


 光速船は裏側の大陸を、超低高度ですっ飛んでいった。五十件近くもあるのだ。とても六輪のタイヤでノロノロとはやってられない。


 しかし一件目からつまづいた。宛先の住所が留守だったのだ。


「うそでしょお」


 荷物を脇に抱えながら、スラッシュはうなだれた。

 二件目も留守だった。だが手紙だったのでそのまま投函して事なきを得た。だが四件目、七件目と、手渡しが必要な小包は軒並み不在票を投函することになった。


「なんだよこの星! 昼間に人いないのかよ!」


 ぶつくさ文句を言いつつ、スラッシュは次の配達に向かった。だが、そこも留守だった。


「もう!」


 そうやって走り回っている間にも、ついでに頼まれる集荷のせいで荷物はたまっていった。そして一向に減らなかった。スラッシュはたまらなくなり、荷物を投げ出したくなってきていた。だが、となりでヨダレを垂らして寝ているコダマを見て、思い直した。


「……今日は僕がこの船の長なんだ。この星の唯一の郵便屋なんだ。しっかりしないと」


 そう美しい決心をしたものの、結局八割がたが再配達になってしまった。そして集荷の結果、星の表側宛ての荷物も追加されてしまった。


「……どうしよう」


 スラッシュは泣きたくなった。受け取ったは良いが配れない。

 郵便配達は簡単な仕事だと思っていたが、それは違った。コダマの要領が良かったのだ。


「ああ……」


 宇宙空間に停泊しつつ、船内でスラッシュはため息をついた。コダマが起きたらどうなるだろう。ものすごい剣幕で怒られるかもしれない。いや、ひょっとすると優しくしてくれるかもしれない。


「……それはそれで嫌だけど」


 彼にもプライドがあった。

 少なくとも、主観時間で三年は一緒に働いてきたのだ。ここで一つ、何か役立てるということを示しておきたかった。


 だが、どこにいっても留守留守留守……。


「はぁ……」

 呼吸をする度に、ため息がついてでる。彼の暗澹たる気持ちを察するかのように、惑星の裏側が闇に包まれ出した。


「ついに、半日たっちゃったか」


 もしかしたら、最初の家の人間が帰ってきているかもしれない。彼はそう思い、船のエンジンを起動させた。

 星の裏側に光が点りだした。


 光点がいくつも輝きだし、光の絨毯を、星の裏側に織りなしていく。それにマスドライバーのカプセルが放つ光の航跡が合わさり、光の饗宴が始まった。


「……そうか」


 身を乗り出すスラッシュ。


「そうか! 昼間はみんな鉱山で働いてる! 夜になれば戻ってくる!」


 エンジンをフルスロットルにして、光速船は星の裏側へと戻っていった。

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