第2節

 郵便船は光速度領域に飛び込んだ。重力変動の影響を抑えるための防護壁が下りているため、窓の外の様子はうかがい知れない。

 操縦桿を握るスラッシュは、隣で眠りに就こうとするコダマに声をかけた。


「なあコダマ。『お嬢』ってなんだ?」


「うん……?」


「みんなその『お嬢』ってのに手紙を書いているんだろ? 僕も書くのを勧められた」


「あー。じゃあお前も書くか」


「だからその『お嬢』って誰なんだよ。知りもしない人に手紙を出すのは気がひけるよ」


「……話が長くなるんだよなぁ」


「僕は一向に構わないけどね。コダマはすぐ寝るしさ。その間の僕の空虚な時間ったらありゃしない。たまには寝物語じゃないけど、話をしてくれたっていいじゃん」


「余計話したくなくなるな」


「じゃあこうしよう。僕はコダマから話を聞く。僕はその話に興味をもって、手紙を書く。どうだい? ウィン・ウィンだろ?」


 コダマは逡巡したあと、参ったという仕草をした。


「お前が来る前の話なんだけどさ……」


   *


 ——俺はいつも通り郵便配達をしていた。ただ、その日は変な郵便物に出会った。

 人っ子一人住んで居なさそうな辺鄙な惑星宛てに、百通以上の手紙が宛てられていたんだ。


 俺にとってはそれ以上、変なモノじゃなかった。なんてったって郵便屋だからな。中身が爆弾だろうがラブレターだろうが、届ける俺達には関係無いからな。


 宛先は全部同じだった。チョロい仕事だ。俺はそう思った。なんてったって、百通以上の手紙を一カ所にぶん投げれば終わりなんだからな。


 光速から脱して、郵便船を地上の宛先近くに着陸させたところ、古びた家が一軒だけ、荒野にポツンと建っていた。俺は不思議に思ったさ。何をして暮らしているのか? 何で食っているのか? ってな。


 郵便船を着陸させるなり、家から十八歳ぐらいの女の子が駆け出てきたんだ。


「郵便です……」


「待ってた!」


 女の子は見た目、ものすごく喜んでいた。


「はい! これお願いします!」


 そう言って女の子は、二百通の手紙を出してきたんだ。二百通だぞ? ちょっと異常だと思わないか? その宛先も、隣の星系の星宛てだったり、反対側の星だったりと色々。


 その時はそれっきりだった。それっきりだと思った。なんせ俺たちは光速船乗り。行って戻ってくれば数十年経ってる。これっきりだと思ってな。だけど外の時間で十年後、俺はまたその星宛ての手紙を取り扱うことになったんだ。差出人は違うけど宛名は同じ。気の長い文通もあったモンだと思ったさ。


「郵便です……」


「待ってた!」


 俺は驚いたさ。家から飛び出してきたのは、十年前のあの女の子そのまんまだったんだから。いや、女は魔性のモノっていうからな。変わらない物だなと、その時は思ったんだ。


 ビックリしたあとに基地に帰ってみると、また例の星宛ての手紙がたまっているんだ。中には、最初に受けた手紙の返信らしいものもあった。


「郵便です……」


「待ってた!」


 俺は嘘だろと思ったさ。合わせて二十年経ってるんだ。最初の年頃を考えれば四十近い。それがお前、十八歳のままにしか見えないんだなこれが。

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