人生を賭けた三分間

喜村嬉享

青春の最終ラウンド



 俺の名は瀬田貴史──突然だが、俺は恋をしている。 



 俺の恋の相手は同じ高校の同級生、『美郷深雪』さん。

 しかし……ここで問題がある。それは俺と彼女が余りに不釣り合いなことだ。



 深雪さんは容姿端麗で頭も良い。対して俺は札付きの悪……等という古い言葉で括れない程ケンカっ早い。勿論、頭は学力テストの赤点常習犯だ。



 そんな、接点が無さそうな俺と深雪さんが出逢ったのは駅前通り。


 あの日たまたま駅前に出掛けていた俺は、ガラの悪い連中に囲まれていた深雪さんを気まぐれで助けた。方法?そんなモン、拳に決まってるだろ?


 勿論、恩に着せる気も無かった俺はそのまま立ち去るつもりだった。だが、あの時彼女は俺の手を取り悲しそうに笑ったんだ。


 『嬉しそうに』や『有り難そうに』じゃない。悲しそうに笑った。助けてやったのに何故悲しむんだと初めは訳がわからず混乱した。だから俺はその手を振り払って逃げた……けど、あの顔が頭から離れなくて悶々とした日が続いた。



 制服でウチの学校なのは気付いてたからな……。俺は校内を探し回って彼女を見付けた。見付けたは良いんだが……如何せん気不味くて声が掛けられない。いつもならズカズカ詰め寄って聞く自信があるが、何でかそれが出来なかった。


 それからは端から見りゃあストーカーだっただろう……。深雪さんの後を付け回して声を掛けようとして、結局隠れる。……。人生初の体験だったのは間違いないだろうぜ。



 そんな中で俺は深雪さんがボクシング部のマネージャーだって知ったのさ。何でも、彼女の兄貴がボクシング部の部長だとかって話だった。



 その時……何も考えてなかったんだなぁ。


 俺は勢いに任せてボクシング部に入部届けを出しちまった。後からその理由が恋だと理解した時は、『恋は盲目』って本当だと理解したよ。



 ともかく、初めは真面目に練習なんかする気は無かった俺はダラダラやってたよ。ケンカじゃ負け知らず……練習なんてする意味が無ぇ。あんなモン、弱い奴がやるもんだって思ってた。

 だけど、ボクシング部の部長……美郷拳司はそんな俺をリングに上がれと名指しやがった。


 まぁ、俺の実力ならボコボコに出来ると思ってた時期もありました。だけど、ボコボコにされたのは俺だった訳だ……。あれは流石に恰好悪かったな……。


 多分、ケンカなら圧倒できたと今でも思ってる。それが、たかが一辺六、七メートルの枠に囲まれただけで手も足も出なかった。いや……まぁ、足出しちゃ不味いんだけどな?



 で……俺も負けず嫌いだからよ?同じ条件で負けたのが悔しくて悔しくて、何度も部長に挑んだ。けど、何度やっても勝てねぇ訳……。

 それから俺は部長に勝つ為の努力を始めた。これもまた生まれて初めてのことだったな……。努力して努力して、自分が少しづつ上手くなる感覚が嬉しくて、いつの間にかボクシングが楽しくなっちまった。


 そして俺はボクサーになった……。





 え?恋の話が無くなったって?


 まぁ落ち着けよ。順を追わないと分からねぇだろ?



 俺がボクシング部にも馴染んできた頃……私立の強豪校が練習試合を申し込んできた。ウチは弱小校……にも拘わらず試合を申し込んできた理由は二つ。


 一つは、深雪さんに熱を上げた強豪校の部長が下心丸出しで会いに来た訳だ。全く……女目当てたぁ太ぇ野郎だぜ。


 ………ん?何か耳が痛いのは気のせいだな。


 で、二つ目の理由。それは部長に対する嫌がらせ。



 ウチは弱小って言っても部長だけは全国クラス。試合となればほぼ負け無し……まぁ、俺を倒したんだから当然だな。


 強豪校の部長・岩島は部長と同じ階級で今まで一度も勝ててない。同じ県で毎回部長に負けるから一度も全国に行けていなかった。ザマァ。


 だけど、相手もそれを理解していたから今年こそはと嫌がらせに来た。


 部長も部長で真面目だから練習試合に付き合って反則を喰らっちまった。これで全国までにケガが治らないか判らなくなった。



 しかも連中、何かに付け深雪さんに手を出そうとする。一体何時の時代の漫画だよって思ったわ。


 俺?そりゃあ分かってんだろ?もうブチギレよ……。全員ブチ殺す寸前で部長と深雪さんが止めに入った。


 で、部長が言った訳さ……『試合で決着を付けろ』ってな。



 不正が出来ないよう他校の部長を仲介にした練習試合……。相手部長の岩島とかいう奴と俺との一対一。相手はそれに乗ってきた。

 但し、負けたら深雪さんが岩島と付き合わなくちゃならない。そんな無茶苦茶な条件を深雪さんが飲んだ。


 俺は負けられなくなった……。


 部長の指導の元で徹底した練習。部長、俺と同じ階級なのに俺を強くしてるのは不利じゃないのかと思う。まぁ、深雪さんの為に負けられなくなったから素直に練習に没頭した訳だが、それでも俺は岩島より不利だった。


 仮にも強豪校……経験値も技術も岩島が上。対して経験が浅い俺はどうしてもケンカの癖が出る。

 それでも負ける訳にはいかねぇ訳だ。深雪さんが掛かってるんだ。死んでも負けられねぇ。



 そして一月後……いよいよ試合の当日。


 俺は一つ賭けに出た。相手の部長に試合形式の変更を申し出たんだ。



 【一ラウンド三分、十二ラウンド、スリーダウン制】



 高校じゃまずやらないそれを申し出たのは、ゴリゴリの根性なら負けない自信があったからだ。


 勿論、タダって訳じゃない。俺が負けたら岩島の下っ端として働いてやる約束を付けた。どのみち深雪さんが取られる位なら下っ端になっても変わらねぇ。なら、勝つ為に有利な手は全部やる。


 岩島の奴、下卑た笑いで見事に食い付いた。これで準備は十分だった。



 始まった試合はハッキリ言って防戦一方……。ボッコボコにされて、一ラウンドからダウンさせられる始末……俺はまだまだ弱かった。

 でも、ラウンドが進むにつれ段々と拮抗してきた。


 俺は元々ケンカ上等……街中でのケンカは何でもありだ。相手に対応が遅れると即負ける。そんな中でのケンカ常勝……つまり、俺は相手の動きに慣れるのが早い。


 ボクサーとしての俺の才能は知らないが、反射神経とパンチ力は部長も認めてくれてる。後は根性……負ける気は全くしなかった。


 そんな油断で俺は良いパンチを貰っちまった……。



 七ラウンドに受けたパンチのせいで中々調子が戻らない。とにかく堪えて遂に九ラウンド……。しかし、このままではダウンの数で負ける。


 勝つにはKO……一撃必殺。どっちみち岩島はブチのめさなければ納得出来ない。部長の為にも、深雪さんの為にも、今後の俺のボクシングの為にも……。



 そして俺は決めていた。この試合で勝ったら深雪さんに告白すると……。



 十ラウンドで二度、俺は岩島からダウンを奪った。ヤロウも慣れないラウンド数で疲れたらしい。ようやく賭けに出た成果が出たようだ。


 そして十一ラウンド。俺の渾身のカウンターが決まり岩島がダウン。判定だとかなり厳しいが、次は死んでも仕留めてみせる……。


 そして……運命の十二ラウンド────。



 【最後の三分間】



 俺は自分の全てを賭ける。過去も未来も、好きになったボクシングも全部……これが終わったら何も要らない。深雪さんを守れればそれで良い……。



 そんな想いを乗せた俺の最高の拳がリングの中で唸りを上げた……。












「みゆぎざん!おれどづぎあっでぐだざい!」


 試合後の控え室。俺は遂に誓いを果たす。


 顔はボロボロ……立ち上がることすら出来ず、壁に凭れながらの告白。我ながら情けない姿だ。


「………。どうして私を?」

「びどめぼれ」

「………。プッ!フ……フフ!」


 深雪さんは顔を背け肩を震わせている。何でだ?


「ご、ごめんなさい。え~っと、その……今のは聞かなかったことにします」

「ガーン!」


 岩島のアッパーより重い一撃を貰っちまった……。



 ま……守れたから良いか……。そう思った時に深雪さんが俺の手を握る。


「あ、あの……断った訳ではないんですよ?でも瀬田さん、言葉が聞き取りづらいので……」


 口が切れた上に頬も腫れているのだから当然だな。


「だから……ケガが治ったら……もう一度お願いします」

「え……?」

「瀬田さん……初めて会った時よりずっと良い顔してます」


 深雪さんはボコボコ顔が好み?そんな訳は無いな。


 ともかく、俺は深雪さんの笑顔を守れたことに安堵して気を失った……。







「それにしても部長。瀬田くんの最終ラウンド……凄かったですね……」

「ああ、まるでプロみたいな動きしていたな。いや……プロでも最終ラウンドじゃああは動けない」

「じゃあ、何で………」

「さぁな。瀬田はあの最後の三分間に人生でも賭けたのかもな」



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人生を賭けた三分間 喜村嬉享 @harutatuki

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