ここを通りたくば、俺を倒してから行け!

西藤有染

最後の3分の戦い

 3分。


 たった3分、この場を守り切れば俺たちの勝利が確定する。既に味方は全滅し、残るは俺独り。頼みの綱であったボスも、先程敵の凶刃に倒れてしまった。対する相手は、誰一人として脱落せずに戦闘を続行している。個々の実力においても総合の戦力においても、差は歴然だが、それでも諦める訳にはいかない。ここで諦めてしまったら、仲間たちの今までの行為と死が無駄になってしまう。託された責任の重さを改めて感じ、思わず身震いする。

 と、そこへ、複数の足音がこの部屋の前まで近付いてきた。扉が音を立てて開かれ、現れたのはカラフルな5人組。「正義のヒーロー」のお出ましだ。


「お前が最後の一人か!」

「もう悪の親玉は倒したわ!」

「お前一人が足掻いたところでどうって事はねえぜ!」

「大人しくこの場を退いてください!」

「……死ね」


 現れた途端に好き勝手に口上を上げる。これだからヒーローってのは嫌なんだ。テレビで活躍が毎週取り上げられてチヤホヤされているからと、まるで自分が世界の中心で絶対的な正義であるかの様に振る舞う。自分たちが正しいことを疑わず、奴らも、テレビの前の視聴者も、こちらの言い分には全く耳を傾けようとしない。戦っている相手が、自分たちの「身から出た錆」だとも知らずに。


「もうお前たちの好きにはさせない!」

「正義は必ず勝つのよ!」

「怪人は残らず滅ぼしてやるぜ!」


 尚も奴らは自分たちが主人公であるかの様に語り続ける。いつもであれば単に気に食わないだけのその行為も、この場においては都合が良い。奴らが「正義」に酔い痴れて好き勝手に話し続けてくれている分だけ、時間を稼ぐ事ができる。


「皆さん、もう時間は残り僅かです! すぐに戦闘に入りましょう!」

「……殺す」 


 思いの外早く、口上が終わってしまった。ちらりと時間を確認してみると、まだ30秒も経っていなかった。


「そうだった! この先に世界を巻き込む爆弾が仕掛けられているんだった!」

「さっさと倒して爆弾を止めましょ!」

「さっきの奴が言わなかったら間に合わなかったかもしれねえな!」


 ……いや、ボス、それは言っちゃ駄目なやつですよ。そんなこと言ったら奴らが本気になるのは目に見えているじゃないですか。本気になったあいつらでも、俺なら3分は足止めできる、そう信じて、……くれていた訳では無いだろうな。思わず口が滑ってしまっただけだろう。ボスはそういう人だ。そんなおっちょこちょいな人だからこそ、俺も含めた数多くの部下から慕われていた。


 元々俺たちは、環境改善を企業理念とした赤字スレスレの中小企業のただの社員で、ボスはその社長だった。ボスはどこまでもお人好しで、会社の業績よりも社員の福祉や環境の改善を第一に考えるような人だった。だから、一年程前に突如「地球の意志」を名乗る謎の声に「助けて欲しい」と話しかけられた時も、「困っているなら助けたい」と、詳細を聞かずに手を差し伸べた。そんなボスの元を離れる社員は一人もいなかった。

 その日から俺たちの会社は、「地球の意志」の力を借りて戦い、環境改善を訴える、地球にとっての「正義のヒーロー」になった。戦うと言っても、最初は破壊や傷害行動を全く行わずに、超人的な力を用いて少々派手に環境改善を訴えていただけだった。しかしそれが余りにも派手すぎた為か、危険視され、「正義のヒーロー」が襲ってくるようになった。その際自己防衛の為に行った戦闘が、メディアによって都合の良いように報道され、いつの間にやら世間一般から「悪の組織」として認知されるようになってしまった。それでもボスは、「地球の意志」の力を用いて危害を与える事を良しとせず、自己防衛の戦闘以外はあくまで平和的に環境改善を呼び掛けて行く事に頑なに拘り続けた。しかし、どれだけ俺たちの正当性を訴えかけても、「ヒーロー」も世間も聞く耳を持たなかった。長い不毛な戦いの中でひとりまた一人と仲間が倒れ、活動を継続する事が困難になる程までに人数が減ってしまった。

 今回の作戦は、そんな状況における苦渋の決断にして、最後の賭けだった。「地球の意志」の力によって作られた、文明を退化させる爆弾兵器を起爆し、文明を産業革命以前にまで後退させ、改めて環境に負荷が掛からない形での産業革命を起こすという作戦。全人類に甚大な被害を与えてしまうが、もう既に手段は殆ど残されていなかった。ボスは苦悩の末に決断し、作戦を開始した。しかし、秘密裏に爆弾を仕掛けて、あともう少しで起爆するというところで、「正義のヒーロー」が駆け付けてしまったのだ。


 あと二分と少し、この場へ足止めする事が出来れば、俺たちの勝ちだ。ボスと仲間たちの死に報いる事が出来る。何、たった二分だ。これまでの不遇な一年間を思えば、なんと短い時間だろうか。

 

「さっさとこの場を退いてもらおう!」

「この先に行きたいなら、俺を倒してから行け!」


 生きている内にこの言葉を実際に聞く事は無いだろうと思っていたが、まさか自分で使う事になるとは思わなかった。場違いながら、思わず口角が上がる。まるで物語のような熱い展開に、気分が高揚する。今ならなんでも出来そうだ。


 気付けば、地面に伏していた。辺りは血で赤く染まっている。指一本すら動かせない程に徹底的にやられた。結局、1分も持たなかった。五人で寄って集って一人相手に全力を出すなんてただのいじめだろう。物語とは違って、現実は非常だ。くそ、意識が段々と薄れてきた。すみません、ボス。あなたの決断を無駄にしてしまいました。ごめんな、みんな。俺、足止めすらできなかったよ。ああ、娘のランドセル姿、見たかったんだけどなあ。


 ちくしょう、勝つのはいつも、多数派の正義だ。敗者の正義は悪にされてしまう。

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