最終電車

天神シズク

最後、3分間

「少し早く駅に着いちゃったね」

「あぁ、そうだな。でも、もうあと3分くらいで電車が来るよ」


 冬の日。男女2人が駅に着いた。改札を通り、ホームで最終電車を待つ。ホームには電車の到着を待つ人がまばらに存在していた。その中でも人気ひとけのない先頭車両が停まる位置まで歩いていった。


「ねぇ」

「ん? どうした?」

「キスしてよ」

「こんなところでするかよ」

「前はしたくせに」


 女性は男性の目の前に立ち、猛アピールをする。身を寄せ、顔を近づけた。それを、男性は女性の両肩を掴みながら引き離した。男性の左手の薬指には、キラリと指輪が輝いていた。


「ケチ」

「ケチとかそういうんじゃないだろう」


 そんなことをしている内に、ホームにはもうすぐ電車が到着する旨を知らせる音とアナウンスが流れた。


〈間もなく。2番線に。東京行きの電車が。15両編成で到着いたします。黄色い線の内側で、お待ちください〉


 アナウンスを聞きながら、女性は頬を膨らませていた。


「ほら、あなたがキスしないから電車が来ちゃったじゃない」

「してもしなくても、すぐに来ていたさ」


 女性は名残惜しそうに男性の顔を触った。何も装飾されていない女性の手に、男性の生え始めたヒゲが刺激を与えた。


「ふふっ。ジョリジョリしてる」

「やめろって」


 鬱陶うっとうしそうに言うが、男性はそれを止めさせようとはしなかった。電車のライトがだんだんと近づく。速度を緩めながら、電車は2人の横を通過していった。電車の風圧が女性の身体を襲ったが、男性が腰に手を回して支えていた。女性はビックリした表情を浮かべたが、すぐに口元を緩めた。次の瞬間、男性は女性を抱きしめた。呼吸を忘れていた女性の口から息が飛び出した。白い息は空中を舞い、すぐに消えた。女性も男性の大きな体を包み込もうと必死に手を動かすが、女性の小さな腕ではそれは叶わなかった。

 電車のブレーキが吐き出す、プシューという音に続いて、ドアが開く際の電子音が鳴った。2人は近くのドアから電車に乗り込んだ。地域の特徴を盛り込んだ発車メロディーが流れ、ドアが閉まる。その直前だった。


「さようなら」


 男性は女性の耳元でそう告げると、女性の手を解き、1人電車を降りた。まるで男性が出るのを待っていたかのようにすぐにドアは閉まった。あまりにも突然のことで女性は唖然としていた。女性はすぐにドアに張り付き、男性の姿を見つめていた。男性はポケットからスマートフォンを取り出すと、女性に画面を見せた。


【今日で会うのは最後だ。突然でごめん。さようなら】


 そう書かれた画面を見せながら、女性と連絡するために使っていたチャットアプリに送信した。男性は最初から今日が女性と会うのを最後にするつもりで行動していた。ギュッと抱き寄せたのは最後に温もりを与えたかったから。キスをしなかったのはケジメをつけたかったから。それは女性のためであり、男性のためでもあった。男性は女性がそれを読んだと判断すると、スマートフォンをゴミ箱へ投げ入れ立ち去っていった。電車は無慈悲にも女性を連れ去っていった。女性は電車内で泣き崩れていた。


 それが、男性の犯した最後の罪であり、呪いであった。

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最終電車 天神シズク @shizuku_amagami

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