最高の恋人と最高の友人

揣 仁希(低浮上)

伝えたいことがあるんだ。


僕たちがあの桜の木の下で再会してから1年が過ぎ、また春がやってきた。


僕は変わらず第2の故郷とも言うべき国に学校を建てる計画を続行中だ。

日本を飛び出してからもうすぐ10年が経とうとしている。

何もなかった森林の中には、今は小さくはあるが村ができ水道、電気も通っている。

現在は電話線を引く工事が行われている。これは出稼ぎに出ている男性が多く彼らの奥さんや子供たちからの要望が多かったためだ。


子供たちといえば小さいながら子供たちが通えるくらいの学校が先日完成した。

近くの村からも何人もの子供たちが勉強をしにこの村に来るようになっている。


落成式にはこの国の大統領までもが出席されたことに驚いたが、それだけ僕たちがしていることに関心があるとことに皆感激もした。



「ハルキ。ニモツココオク」

「cảm ơn bạn」

僕に声を掛けてくれたのは、ベトナムから来ているチャイさん。30才くらいの男性でここの学校を建てるのに協力してくれている。

たどたどしい日本語で話しかけてくれる彼に僕はベトナム語で答える。


現在ここには海外から20人程の技術者や支援者がいる。

唯一の日本人である僕、後はアメリカやフランス、イギリスなど各国から同じ志を持って集まっている。


僕はチャイさんが置いていった小包を手に取り差出人を見て笑みを浮かべる。


「いつもありがとう」

また遠い国においてきてしまった僕の最愛の人を思い浮かべて中身を取り出す。


「ハルキ。ナニ?ニオイイタイ?」

「ああ、これ?これは梅干っていってね・・・」

僕は隣で興味深そうに見ていたチャイさんに梅干を説明する。


彼女は月に一回こうして日本の食べ物を送ってくれる。米はもちろん、干物や梅干などなど。

チャイさんは僕から梅干を数個受けとって嬉しそうに自分の小屋に戻っていった。


「酸っぱいなぁ、でも懐かしい味だ」

一つ口に入れてじっくりと味わう。

口いっぱいに広がる酸味と梅の味を楽しみ、僕は遠い国で待つ彼女を想う。


彼女と出逢ってもうかなりの年月が経つ。高校生だった僕たちはもう大人になった。

僕は高校3年の夏、自分の将来について彼女に語った。彼女は何も言わずに黙って話を聞いてくれ、一言だけ「大丈夫だよ」と言ってくれた。

僕は決していい恋人じゃなかったと思う。たくさん辛い思いを彼女にさせてしまった。

彼女からエアメールの返信が来なくなった時、ああこれでもう終わっちゃったんだな。って落ち込んだ。


そんな時僕の最高の友人が教えてくれた。

わざわざこんな異国の山の中まで訪ねて来て。


「お前バカなんじゃねーか?お前にとって彼女が最高なんだったら彼女にとっての最高はお前なんだぞ?ほら、こいつを貸してやるから行ってこい!」

いつかみたいに僕の背中を力強く叩いて。


彼は今、芸能界で活躍している。こっちにはテレビなんてないからわからないが彼をテレビで見ない日はないくらいだそうだ。

そんな彼がこんなとこまで僕の、いや僕たちのために来てくれて。

最高の恋人に最高の友人。

僕はなんて幸せなんだろうか。



そんなことを思い出しながら僕は小包に一緒に同封されていた彼女からの手紙に目を通す。

手紙にはよく見知った彼女の丸っこい文字で日本での生活のことや僕への想いが綴られていた。


目頭が熱くなるのを感じて空を見上げる。

何処までも青く澄んだ空。


「ハルキ!早く来い!電話が通じたぞ!」

「えっ!本当ですか?」

「ああ、だから。ほら早く行くぞ!」

僕を呼びに来たのは通信技師のブラジル人のフジモリさん。日系人なので流暢な日本語を話す。

僕はフジモリさんと一緒に工事が行われている現場に急いだ。


現場は喜びにあふれていた。皆抱き合って喜び今までの苦労を分かち合う。

僕もその輪の中に入って一緒に喜んだ。


ひとしきり騒ぎが収まってからフジモリさんは皆に誰が最初に電話を使うかを聞いて回る。


「よし、満場一致で最初に電話をするのは・・・」

フジモリさんはそこで話を一旦区切りぐるりと皆を見渡す。


「ハルキ!君だ!」

「えっ?僕?」

まさか予想もしていなかったので戸惑う僕にフジモリさんは言う。

「ハルキ、君がいたからこそこの村があるんだ。君が始めたことなんだ。僕らは皆、君の想いに賛同して集まっているんだ」

「フジモリさん・・・みんな」

「水道のときも電気のときも、ハルキが不在だったけどいつも最初はハルキにって皆言ってたからね」

フジモリさんと一緒に仲間達は皆笑顔で僕を見てくれている。


「ほらほら、ハルキ!電話する相手はいるだろう?」

「えっ、まぁ」

「まだ繋がったばかりで今は充電器を使ってるからよく持って5分。いや3分くらいか」

フジモリさんはニヤっと笑って僕の肩を叩いて、国際電話はな、と言って小屋を出ていった。


工事現場の小屋に置かれた電話は、昭和の時代に使われていた所謂黒電話だ。

僕は、受話器を持ってダイヤルを回す。


トゥルルートゥルルー


「はい?もしもし?」

受話器から聞こえるのは最愛の彼女の声。

胸がいっぱいになり言葉が出てこない。


「あれ?もしもし?」

「ち、チカちゃん?」

「・・・ハルキくん?」

「うん、やっと電話が通じたんだ。だから最初はチカちゃんにって」

「ハルキくん!ハルキくん・・・」

受話器の向こうで彼女が泣きじゃくるのがわかる。


「チカちゃん・・・」

「うん、うん、ハルキくん!」

愛おしい彼女の声。


ふと僕は背中が熱くなるような感覚を覚える。

いつかみたいに彼が僕の背中を力強く叩いているみたいに。


「チカちゃん。聞いてほしいことがあるんだ」

「うん・・何?ハルキくん」


僕は深呼吸してから。


「僕と結婚してほしい。チカちゃん!君を愛している!」

「えっ・・・・」

受話器の向こうで彼女が息を飲んだのがわかる。


もうすぐ充電の終わる3分。


「・・・・うん!私もハルキくんを愛してる!ハルキくんのお嫁さんにしてく・・・」


彼女の返事が僕の耳に届くと同時に電話の充電が切れた。


ツーツー。


僕は受話器を置いて何とも言い難い顔で小屋を出る。

「ハルキ!電話は無事通じたか?大丈夫だったか?」

駆け寄ってきて質問責めなフジモリさんに僕は一言だけ返事をした。


「充電ってどれくらいかかります?」


僕のプロポーズは成功したと思うのだけれど・・・


そう思って見上げた空はどこまでも青かった。







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最高の恋人と最高の友人 揣 仁希(低浮上) @hakariniki

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