僕はいつもルール通りやってきた

turtle

第1話

僕はいつもルール通りやってきた。


 受験は塾の指導の下決められたスケジュールで勉強し、公式を暗記して第一希望ではないがそれなりの難関大学に合格した。

 就職は一般企業で「面接の達人」に記載されていた通りに答えて落ちたが、公務員試験に転向し、筆記が良かったせいか面接はそれ程重視されず合格した。

 そして今日は「東京ウォーカ」に載っていた通りのデートコースを辿り、「初めての男の婚活」記述通りの手順で告白した。なのに、彼女に、振られた。


 僕は自宅近くの公園で自販機の缶ビールを飲んでいた。がやがやした居酒屋に行く気になれなかったが、このまま人の居ないワンルームに帰りたくなかったのだ。

 

「おう、山田、久しぶり。」

 声を掛けてきたのは小学校の同級生の隼人だった。一人で飲んでいる俺の傍にいつの間にか自販機で買った缶ビールを携えて来た。

「最近不景気だよな、俺の店も売り上げ上がったりで大変だよ。」

 隼人の家は地元の小さな食料品屋だ。いかにもコンビニのあおりを受けそうになのに、なぜか客足が途絶えない。おまけに奥さんに小学校のアイドル、綾香を射止めた。そういえば小学生の頃は、足が速かったものの成績は段々下がっていって、なのに学級委員に選ばれたっけ。たしか商業高校を卒業したのだった。

「足が速いって、いいな。」

「まあ、万引きを防ぐ事は出来るぜ。この間も2件捕まえて、と、本当に言いたいことはそれじゃないだろう。」


 僕は酔っていた。これまでの経緯を呂律が回らなくなりつつ話した。隼人は静かに耳を傾けてくれた。

 声を出しつかれて話が途切れたところで、隼人が口を開いた。

「お前のは、ルールじゃなくて、マニュアルなんだよ。」

「はあ?。」

「俺学がないからよくわかんないけさ、マニュアルは、自分が物を操作をしやすいように書かれたものだろう?うちのレジ打ちにもある。」

「ぼ、僕は彼女の事を物だなんて。」

 口を挟む俺を手を軽く上げて制する。

「まあ、もう少し聞いてくれ。お前が彼女を大切に想っていたのはわかるよ。でも本を買って読んでいたのは、彼女の為だけでなく、自分が失敗したくない、傷つきたくないという気持ちもなかったか?。」

 項垂れる僕の肩を心地良いリズムで隼人は叩いた。

「ルールは面倒くさいよ。例えばゴミ出し。分別するし、容器類は洗わないといけない。しかしそのおかげで悪臭が出ないからご近所に迷惑がかからない。コンビニはゴミ捨ては客任せ、処理もバイト任せだ。結果俺は皆から声をかけられ、欲しい商品の情報も手に入る。うちみたいな小売店はお客とのつながりが命だからな。」

 まだぼんやりしている僕に隼人はつづけた。

「ゴミ出しなんか例に出して悪かった。ただ、ルールは相手の事を思いやるという意味があるんだ。考える、といった方が分かりやすいかな?山田は算数の公式丸暗記していたろ。」

 そんな事知っていたのか、と内心僕はどぎまぎする。

「なぜその公式が出来たか、理由がわかれば暗記なんかしなくても自然に出来るようになるんだ。相手の事を考える、知ると言えばもっと分かりやすいかな。」

 隼人は立ち上がり、俺の方をポンポンとたたいた。

「ごめんな、もう少し付き合ってやりたいんだが、店の仕事を終わらないと息子が手伝ってしまい、あいつ自分の勉強出来なくなるんだ。あいつには思うように進学させてやりたいんだ。」

 僕は隼人を見上げた。

「隼人、お前もしかして、家の商売のために進学諦めたのか?」

「いや、もとから勉強嫌いだったのさ。」

 隼人は笑みを浮かべ手を振りながら去っていった。


 僕は自宅に帰りベットの上で膝を抱えた。僕は彼女の何を知っていたのだろうか、彼女の好きなものは?趣味はバイオリンと答えたから音楽が好きと思ってアマゾンで一番売れているアルバムをプレゼントしたけど、あれはどのジャンルだったのか?そもそもなぜバイオリンが趣味になったんだ?


 週末の朝、意を決して彼女の電話番号を押す、、、のは無理で、彼女あてのメールを開く。「初めての男の婚活」では、断られたら追うな、ストーカーに間違えられると書かれていた。こういう場合、どう書けばストーカーにならない?隼人は相手の事を考えろといった。しばらく時間をおいてから書いた方がいいだろうか。そもそもなにを書いたらいいんだ?

 僕は頭を掻きむしった後、キーボードに手を置いた。









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