十戒破り

高梯子 旧弥

第1話ノックスの十戒

『ノックスの十戒』というのを知っているだろうか。


一、犯人は物語序盤に登場しなくてはならない。

二、超自然能力を用いてはならない。

三、犯行現場に抜け道が二つ以上あってはならない。

四、未発見の薬物や難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。

五、中国人を登場させてはならない。

六、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。

七、変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵が犯人であってはならない。

八、探偵は読者に提示していない手掛かりによって解決してはいけない。

九、探偵の助手は自分の判断をすべて読者に知らせなければいけない。

十、双子、一人二役は予め読者に知らせなければならない。


 これらは推理小説を書く際のルールとなっている。

 しかしこれはあくまで『推理小説を書くため』であって、現実の事件はこの限りでない。


 オレがこの事件に関わったのはたまたまだった。

 この場合のたまたまは『探偵は事件を引き寄せる特性がある』とかそういった類の妄想を排除した正真正銘の偶然である。

 そもそも本来の探偵というのは殺人事件など解決したりはしない。それは警察の仕事である。

 けれど今回オレがこの事件を担当することとなったのは致し方ない状況だからである。

 二泊三日の孤島ツアー。その宿泊先で事件は起きた。

 殺されたのは一宮いちみやはじめ。彼は大学の夏休みを使って一人でここに訪れていた。

 死因はおそらく出血多量のショック死だろう。腹部を刺され、首を鋭利な刃物で引き裂かれていた。

 そしてこのツアーの参加者兼容疑者はオレを除くと三組いる。

一組目は夫が定年退職をしたので夫婦で申し込んだという新妻にいづまさとしとその妻のはな

 二組目は原稿の取材で来たというはら真澄ますみ

 三組目は大学生の二人組、佐藤さとういつき鈴木すずき太郎たろう

 この三組は被害者とは初対面である。よって動機があるとは考えにくい。とは思うものの、実際殺人が起こっているのである。動機などここに来るまでの間に何かトラブルがあってそれで殺したとも考えられる。

 それよりも不可解なのは殺人現場である。彼が殺されていたのは彼の宿泊部屋である。しかし、窓もドアも中から鍵がかかっており、外からの侵入は不可能であった。

 オレらが事件を知ったのも隣室だった佐藤と山田が「隣の部屋で叫び声がする」と言い、彼の部屋を訪ねたが応答なし。不審に思った二人は部屋のドアをぶち破り、事件が発覚した。


「探偵さん、私たちはどうすればいいのでしょう?」

 花は不安そうに尋ねてきた。オレは「ひとまず全員オレの部屋に集まるようにしましょう」と言い、一同を集めた。

 基本、二人で泊まるよう造られた部屋なので二人以上入ると部屋が窮屈だった。だがそのことに誰も文句は言わず、疲れたような、また不安そうな顔をしていた。

「君は探偵だそうだね。この事件、解決できるのかな?」

 最年長者らしく敏が話を切り出した。

 オレは「もちろん。過去にも似たような案件はありましたから」と嘯く。別に嘘を言ったわけではない。過去に問題を解決したことがあるのは本当だ。それが事件でなかったわけではあるが。

「それなら安心だ。探偵さんが何とかしてくれる」

 第一発見者であり、初めて死体を見てしまい、ショックを隠しきれていなかった二人が少し安堵した様子でお互いの顔を見ていた。

 この良い雰囲気になりつつあるところに待ったをかけたのは原である。

「現実の探偵というのは浮気調査や人探しなんかをやる職業だろ。こういう事件を解決する探偵ってのは物語の中だけだ。事件は警察に任せておけばいい」

「でも警察どころか迎えが来るのすら明日のお昼ですよ。それまで殺人者と寝食ともにできますか?」

 オレが言うと原は苛立たし気に「それは嫌だが」と言ってオレから視線を外した。

「とりあえず」前置きをして続ける。

「色々思うところがあるとは思いますが、一旦そこら辺は飲み込んで捜査に協力してください」

 オレの言葉に三組から同意を得られ、まずは犯行時刻だと思われるときのアリバイを訊ねた。


 新妻夫婦は部屋に居てテレビを観ていたとのこと。被害者の部屋からの物音には気付かず、佐藤と鈴木がドアをぶち破った音で何事かと思い、現場に行ったという。

 原は部屋で原稿を書いていたとのこと。新妻夫婦と同じくドアをぶち破る音は聞こえたが、そのときには部屋を出ずに花の悲鳴が聞こえてから現場に向かったという。

 砂糖と鈴木は部屋でゲームをしていたら件の声が聞こえたとのこと。


 当然だが全員にアリバイを証明する人がいないので、これだけでは誰も容疑者から排除できない。

「ちなみに探偵さん。現場にあったあれは一体何なんでしょう?」

 おそるおそる言ったのは鈴木だ。

「あの六芒星のことですね?」

「はい。あの血で描かれた六芒星には何か意味があるんでしょうか?」

「まだこの段階では何とも言えませんね」

 被害者の部屋の壁には六芒星が描かれていた。その血が被害者の血なのかはわからないが、状況から見て被害者のものとみて問題ないだろう。

「それにドアも窓も中から鍵をかけてあった。犯人はどうやって入って、どうやって脱出したんですかね?」

「状況で言えば密室殺人と言っても良さそうですね。だけどもう一つ出入りができる所がありますよね?」

 オレが言うと原がすぐに「換気口か」と答えを返した。

「そうです。天井にある換気口なら鍵が無くとも出入りできる」

 新妻夫婦、佐藤、鈴木が驚いた顔を見せる。しかし冷静な原は「そうは言っても天井まで相当な高さがある。脚立とかあるなら別だがとても一人でそこまで届くとは思えない」

「確かに。一人なら、ね」

 含みを持たせて言うオレに全員が訝しげにこちらを見る。

「確かに一人では脚立など無ければ届かないでしょう。しかし二人ならどうでしょう?」

 そこですかさず敏が反論する。

「何だ! 私たちを疑っているのか!」

「いえいえ。あなた方夫婦では二人いるからといってとてもじゃないが天井に届かないでしょう。年齢的に見ても可能性は高くない」

 そう言い切ると、もう一方からも反論が来る。

「じゃあ僕たちを疑ってるんですか! 僕たちは何もしてない!」

 声高に主張する佐藤と鈴木を見つめながら、一つ咳払いをして始める。

「何もしていないと主張しているのは他の方々も同じ。しかし君たち二人には状況証拠と動機がある」

『動機』と聞いて明らかに顔を強張らせる佐藤と鈴木。

「状況証拠は強いものではないが、君たち二人なら片方を肩車なりで担げば排気口に届くこと。そして動機、これもまた確かなことは言えないが、君たち二人は被害者と面識があった。違いますか?」

 それを聞いた二人はお互いの顔を見合わせ、渋々といった感じで頷く。

「やはり。失礼ながら被害者の持ち物を見させて頂いたときに彼が勤務していた大学の情報が見つかりまして。そうしたら君たちが通っている大学の准教授だそうじゃないですか」

「そうです。僕たちは一宮教授の授業を受けていて面識があります」

 その言葉を聞いてざわつく室内。その中で二人は居心地が悪そうにしながらもしっかりと発言する。

「隠していたことは謝ります。一宮教授と面識があると言ったら怪しまれるんじゃないかと思って鈴木と二人で話して黙っていることにしました」

 すみませんでしたと頭を下げる二人を新妻夫婦はただ黙って見つめていたが原がかわいそうに思ったのか、オレに反論した。

「しかし被害者と知り合いだった割には二人は被害者と他人行儀な話し方をしていたような」

「それはおそらく二人は被害者を大学の准教授と認識できたけど、被害者はそうではなかっただけではないでしょうか。大学の先生というのは全学生の顔と名前を覚えているわけではないですからね」

 頷く二人を見て、原は黙るしかなかった。

「言い忘れていましたが、二人が疑わしいのにはあと一つ、物的証拠があるからです」

「そんなのない!」と反論する二人を見て、「では君たちの部屋に行こう」と言い、全員で向かった。

 二人の部屋は一見すると他の人の部屋と大差ない。

 しかしオレが「少し失礼」と言ってソファをどかすとそこには被害者の部屋にあったのと同じ六芒星と血の付いたナイフだった。

 三組とも驚きのあまり声を失っていた。

「これで状況証拠、物的証拠、動機が弱いながらも揃いましたね」

 そう言うと「違う。知らない」と喚いていたが、構わず二人を安全のためロープで縛り、管理人の元へ渡し、この事件は幕引きとなった。


   ※


 ふう何とかうまくいったな。

 俺は部屋で一息つきながら安堵する。

 何とか今回も俺が怪しまれずに犯人を仕立て上げることができた。

 被害者の部屋にあった六芒星。厳密に言えば魔法陣なのだが、これは実は各部屋に存在する。理由は俺が魔法陣を通じて行き来したり、物を移動させることができるようにある。

 これを使えば密室であろうと中に入り殺害できるし、凶器も別の部屋に移動させられる。

 これで今回は二人も殺すことができた。

 一人は一宮。もう一人は双子の弟である健二けんじ

 まさかこのツアーに健二がいるとは驚きだったがおかげで殺すことができた。

 途中から管理人の俺が健二にすり替わっても誰も気付いていなかった。

 さて、犯人に仕立て上げた二人はどうするか。ここで殺してしまうとさすがに無理が生じるか。

 幸い迎えが来るまでまだ時間がある。どうするかはじっくり考えるとするか。

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