第5話「約束の夜、二人」

 どうしてサラはポートファリアへ戻ったのか。誰かに連れ戻されたのか、はたまた自分の足でそうしたのか、ゼジルには何も分からない。その数年間彼らには互いの消息を知るすべは何もなかったからだ。――ただ、彼女の墓に秘宝はある。それだけは間違いない。そう断言できるのはゼジルの、宝石を嗅ぎ分けるあの鼻が、ここに確かに彼女の気配を嗅ぎ取っていたからだ。



「――しつけぇな」


 かわしてもかわしても溢れ出てくる衛兵の数にうんざりしつつ、ゼジルは思った。


(俺はどうしてこうも必死になってるんだ)


 ――王女とした約束のため?

 ――魔女の心臓と呼ばれる、あの宝石が欲しいから?


 分からない。分からないが、ゼジルはサラの死を聞いた瞬間から、迷いなくこの地へ向かって歩き始めていた。何十日も歩いていた。サラの身体が火にまかれ、もうおそらくあの美しい髪や、青空のような瞳を見つめることはできないだろうと分かっていても彼が足を止めることはなかった。

 その理由を、ここへついた今もゼジルは知らない。


 誰にも見つからずに丘の塔に登り、そこから見下ろした景色に、ゼジルはうっかり笑いを漏らした。


「これじゃあ、秘宝のありかを教えてるようなもんだぜ」


 王族の墓地に敷き詰められたように配置された衛兵。


 彼らの布陣の真ん中に花のヴェールに覆われた美しい墓石が見える。

 ゼジルの鼻腔をくすぐる甘い香りは間違いなくそこから香っていた。


 天を仰いだ彼は視線の先に一筋星が流れるのを見た。そして彼女の声を思い出す。「ゼジル」――そうだ。あいつは言っていたな。


「絶対にあなたが盗み出してね」


 腰元の剣を抜き去ったゼジルは、音もなく地を蹴った。そして獅子のような咆哮ほうこうを上げ、衛兵の波へと突き進んでいく。

 

 それからはただ死力を尽くしてもがいた。

命を賭して、剣を振るった。


***



 翌朝。応援に駆けつけた隣国の衛兵隊は、王族の墓地に足を踏み入れて言葉を失った。


「何だ、この死体の数は」

「昨晩ここで何が...」


 衛兵達の傷はどれも一太刀で命を絶っていた。到底人間の成せる技ではない。まるで悪魔の力を借りた――


「隊長!!」


 呼ばれた男は顔を上げ、部下達と共にそこへ向かった。

 花のヴェールに覆われたひときわ美しい墓石。


「王女の墓か」


 根元が掘り返されている。

 彼らは剥き出しになった棺桶の蓋を開け、首を傾げた。

 中には見たこともない輝きを放つ宝石が一つ。


「……一体、王女はどこへ行ったんだ?」









 砂漠の果て、白いラクダの傍らにゼジルは立っていた。

 背中には美しい装飾の小さな箱を背負っている。


「イテテ……」

 

 彼は全身に傷を負っていたが、それでも清々しい顔つきでポートファリア王国や小さな国々のある西の砂漠に背を向けた。



 ここから先は、木々の生い茂る未開の地。

 噂では未知の生物の生存さえ噂されている。


 しかしその向こうには、まだ誰も見たことのない広い世界が広がっているのだ。


「ようやくあんたの望む旅ができるな。サラ王女」


 ゼジルは言った。


「あんたを縛るものはもう何もない――だからこれからは俺と旅をしよう。

 二人、見たことのない景色や、知らないものを探す旅」


 答える声はない。

 ゼジルは笑った。



「なあ王女、俺はやっぱり、あんたを愛せていたらしい」



 祝福の朝。

 風に煽られたゼジルのターバンが、砂漠の空へ舞い上がった。




20190313 とある王女と盗賊衛兵【終】

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とある王女と盗賊衛兵【完】 岡田遥@書籍発売中 @oop810

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