第十二回ペニスフェンシング世界大会決勝

不死身バンシィ

KAC5:『ルール』

『なぁタケちゃん、おちんちんバトルやろーぜ!』

『えー、またかよ。もういいよ、マサオのでっかいから勝てないもん』

『たのむよー、おれと勝負になるのはもうタケちゃんしかいないんだよ!』

『しょうがないなあ。一回だけだよ』

『よっしゃ!じゃあ行くぜタケちゃん。おちんちんバトル、レディー』


『『ファイッ!!』』





 あれからもう十五年になるのか。

 私は控室のベンチで一人、昔を思い出していた。

 ここ数年はひたすらトレーニング漬けの毎日で、日毎に増えてゆくメディアの対応にも時間を取られ、昔を思い出すどころか明日の事を考える余裕すら無かった。だというのに、大一番を前にしたこのタイミングで子供の頃の記憶が甦るなど、案外落ち着いているのか。それとも、


「角村選手、お時間です」


 遠慮がちなノックと共に控室の外から声を掛けられ、夢想が雲散霧消する。


「ああ、今行くよ」


 立ち上がり、控室のドアに手を掛ける。

 ふと、自分の下半身が目に入る。

 そこには、日本国旗が刻まれたペニスフェンシング公式ペニスガードが銀色に輝いていた。

 もはや日常の一部であるこの銀色を見る度に、やはり心の何処かで思ってしまう。

 「何故こうなってしまったのか」と。

 



 

 第十二回ペニスフェンシング世界大会。

 今となっては全国民に広く知られ親しまれているこの大会ではあるが、ここに至るまでには様々な紆余曲折があった。

 始まりは、ある一つの発明だった。

 ips細胞による臓器再生医療研究の副産物として生まれた新薬、ペニスリン。

 その効能は「性別を問わず、任意のサイズの男性器を生成する」というもの。

 この新薬によって、世界中の誰もがペニスを生やせる新時代が到来した。

 

 そのような時代において、ペニスを用いた競技が生み出されるのは当然の流れだった。その内の一つがこのペニスフェンシングであり、私は世界大会決勝まで残った初のアジア人選手、角村茸比呂つのむらたけひろとしてここ日本武道館へとやってきていた。

 気力は十分、不足はない。しかし、心の片隅に残った一抹の不安がどうしても拭い去れない。今回の相手を考えると尚更だ。不安から目を背けるように、リングの向かい側の対戦相手を見る。


 カリアナ・アンダーソン。

 今年度のアメリカ代表であり、女性初の世界大会進出者でもある。

 身長185cmという恵まれた体格に加え端正な容貌も併せ持ち、多くのファンから支持を受ける彼女であるが反面、彼女を快く思わない者も少なからず存在する。その原因は彼女のファイト・スタイルにあった。


 武道館を埋め尽くす大観衆の視線を受け、リング中央へと足を進める。

 同じように歩んできた彼女と握手を交わす。


 「よろしく、Ms.アンダーソン。お互い悔いのない、良い試合にしよう」

 「よろしく、Mr.ツノムラ。そうね、良い試合になれば良いわね。お互いに」


 気迫の籠もった強い眼光に、軽い侮蔑混じりの挑発。

 どうやら噂通りらしい。


 「ゲットセット!」

 

 審判レフェリーの合図で互いに定位置へ。

 両手を頭の後ろで組み、右足を軽く前へ出す。

 両手を後ろにするのは、相手に手で触れて反則を取られないためだ。


【ペニスフェンシング規則ルール・第三条:ペニス以外の部位による接触を禁ず】


 「ファイッ!」


 試合開始。

 ペニスを相手へ向けたままお互いにサークリングを始める。

 ペニス同士が一本の糸で繋がれているかのように、相手を正面に捉えたまま同心円状を旋回。ペニスフェンシングはまずこの間合の測り合いから始まる。時としてこの状態が一分続く事もあるが、アンダーソンは10秒もせずに先手を繰り出してきた。


「Yahh!」

「ハッ!」


 腰を前後に振りペニスで突く基本技、ファーント。まさしく世界レベルの素早い突きに私も同等の突きで応える。ペニスガードの先端部がぶつかり合い、鋭い金属音を立てる。

 

 チィン! 


 【ペニスフェンシング規則ルール・第六条:ペニスの先端で相手の腹部を突き、有効と認められた場合、得点とする】


 ペニスガードの先端部と腹部のコルセットにはそれぞれ金属板プレートが取り付けられており、ペニスの先端で相手の腹部を突くとポイントが加算される。


 「初手は互角ね。しかし私の腰振スウィングに付いてこられるかしら!?」


 言うや否や、残像が見える程の速度で彼女の腰が前後し始め、目視すら困難な連突スプラッシュが繰り出される。しかし私とて運やまぐれでここまで来た訳ではない、この程度に合わせるのは造作も無いこと。高速で繰り出された互いのペニスが連続で衝突し、金属音が高らかに鳴り響く。



 チンチン!チンチンチンチン!チンチンチンチンチンチンチンチン!!



 奏でられる戦いの音曲に、観衆が歓声を上げる。

 しかしこれはまだ序の口、噂通りなら問題はここからだ。


 「小手調べはここまでよ、喰らいなさい!」


 前後に広げられた彼女の足が素早く揃えられ、一本の軸と化した彼女の体が竜巻のように回転。遠心力によって加速した彼女のペニスが、私のペニスを横薙ぎに打ち据えた。


 「ぐあっ……!」


 暴風圏ハリケーンと呼ばれる彼女の得意技である。横薙ぎゆえに直接的な加点には結びつかない痛め技であり、正々堂々ペニスの精神に背くとも言われる技だが、直接的に禁止されている行為ではない。そして彼女はこの技でここまで勝ち抜いてきた。痛みに耐えかねた相手のペニスを萎えさせる事で。


【ペニスフェンシング規則ルール・第四条:勃起スタンディングを維持できない状態をダウンとみなし、10秒以上のダウンで失格とする】


 観衆からブーイングが飛ぶが彼女の回転は留まる所を知らず、より速度を増していく。私もより強くペニスを突き出し対抗するが、明らかにパワーで負けている。ダメージは蓄積する一方で、萎えかけた自身を維持するのが精一杯の私を彼女は高らかに嘲笑う。


 「結局貴方も他の男達と同じ。型にハマり、ただ前に突くしか能の無いつまらないペニス。私が一本残らずへし折ってあげる……!」


 型に嵌まった、つまらないペニス。

 朦朧とする意識の中で、その言葉が反響する。

 その響きに私は覚えがあった。



 『マサオ、日本代表を辞退するって本当か』

 『ああ、もう聞いたのかタケヒロ。本当だよ』

 『なんでだよ、マサオならきっとペニスの頂点に立てる。世界を獲る実力があるのはお前の方なのに、なんで今になって』

 『なあタケヒロ、お前はなんとも思わないのか。今のルールで雁字搦めに縛られたつまらないペニスに』

 『つまらないって、なにが』

 『俺はな、タケヒロ。ペニスフェンシングがしたいんじゃない。おちんちんバトルがしたかったんだ』

 

 

 そう言ってマサオは去っていった。今ならあいつの残した言葉の意味が分かる気がする。


 「もはや意識も無いようね。フィニッシュ!」


 これまでで最速の横薙ぎが繰り出される。ようやく答えが掴めそうなのに、これを喰らえば、もう。


 「タケちゃーーーーん!!そんなフニャチンに負けるんじゃねぇーー!!」

 

 バチィン!


 「なにっ!?」


 気付けば、私は自然体でただ真っすぐに立っていた。

 頭の後ろで組んだ手も無意識に解けている。

 全身の筋肉は弛緩し、完全な脱力の只中で、ペニスだけが今まで感じた事もない程の硬さで勃っていた。

 まるで全身がペニスになったような感覚。 


 今の、声は。

 そうか、来てくれたんだな。


 渾身の一撃を弾き返され、動揺している彼女に私は声を掛ける。


 「Ms.アンダーソン。今更こんな事を言うのもなんだが」

 「……なに?」

 「楽しい試合にしよう」

 「……そうね。今の貴方となら出来そうだわ」


 言うや否や、凄まじい速度の横薙ぎが繰り出される。

 私も合わせて旋回し、同等の横薙ぎで迎え撃った。


 バチカァン!!


 ペニスフェンシングにおいて、過去一度も響いたことが無いような轟音。

 そこからはお互いに豪打の乱れ打ちとなった。

 回るだけでなく、飛び、跳ね、捻り、振り下ろし、切り上げる。

 いずれもペニスフェンシングの定石には無い立ち回りである。

 知ったことか。

 今、私と彼女は、ルールにも何物にも縛られてはいない。

 そうだ、これこそが―― 

 

 「予想外だったわ、Mr.ツノムラ。まさかこんなに楽しくなるとはね。けれどそれもこれまで。喰らいなさい、私の奥義フィニッシュムーブ!」


 アンダーソンが跳躍し、空中で開脚前転を決める。遠心力と重力加速を伴ったペニスが頭上から真一文字に振り下ろされた。


 「ストーム・ブリンガー!」


 喰らえば昏倒必死の一撃。しかし私は知らずのうちに笑みを零していた。

 まさか決め技まで真逆で同じとは。


 両足は肩幅に、両手は丹田の前で交差。

 その姿勢から全身をバネのようにして反り返り、後方へ倒れ込むように飛び上がる。

 私のペニスが、真一文字に天を衝く。


 「昇天一角突き!」


 振り下ろしとかち上げのクロスカウンター。

 まるで鐘をついたような音がリングに響く。


 「ジー、ザス……」


 僅かに早く、私のペニスが彼女の腹を突いていた。

 ここに来て、弧を描く彼女と直線の私で差が出たのだ。 


 彼女が意識を失って倒れるのと同時に、試合終了のブザーが鳴る。

 ペニスフェンシング世界大会優勝。

 しかし私の意識は既にそこにはなかった。

 審判の勝ち名乗りと同時に、気付けば私はリング外へと駆け出していた。


 ◇


 日本武道館前の広場に、その男は佇んでいた。

 人混みの中、彼の周囲だけがぽっかりと空いていた。

 彼が全裸でフルチンでフル勃起だったからだ。


 「マサオ」

 

 私の呼びかけに、男はゆっくりと振り向く。

 記憶より少し太ったように見える。頭も少々薄くなっている。

 しかし、大きなペニスに刻まれた手術痕だけはそのままだった。


 私の終生のライバル、皮切真棹かわきりまさおその人である。


 「マサオ、私は、その、ようやくあの時の答えが」

 「なあタケちゃん。おちんちんバトルしようぜ」


 ――ああ。君は、ずっとそこにいたんだな。


 「……いやあ、俺はマサオには敵わないよ」

 「そんな事言わないでくれよ。もう俺とおちんちんバトルしてくれるのはタケちゃんしかいないんだよ」

 「しょうがないなあ。じゃあ、一回だけだぜ」

 「ああ。じゃあ行くぜタケちゃん。おちんちんバトル、レディー」

 「「ファイッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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