ルールを破るのは割に合わないだろうに

天鳥そら

第1話ルールは大事だけど

いつもはやらない。真面目でルールを守る。なのにたまたまルールを破ってしまった時、そのたまたまを見られてしまい盛大に罰せられることがある。これってすごく理不尽だと思う。


「おう!入谷!今日、学校サボらねぇ?」


「サボらない。今日はどころか、俺は毎日サボらない」


「じゃ、気が向いたらサボろう」


「一生気が向かないから諦めてくれ」


おもしれーヤツと俺の肩を元気よく叩いて去って行く。同じクラスの深井宏だ。明るくてお調子者。クラスでもしょうがない奴だと、笑って許されている。俺は入谷信人、昔からルールや決まり事を守るのが大好きで、ルーズな先生を困らせきた。自分では当たり前のことをやっているつもりでも、まわりからはそうは思えないらしい。ちょっとは楽しもうよ。入谷君かたーいと言われ、親や先生からは心を病んでいるのかと心配されるほどだ。俺は大変真面目に生きているだけで、どこもおかしくない。


そんな俺の愛読書は六法全書。法律の文章は美しいとさえ思う。まわりの友人がゲームや漫画を貸してくれたけど、まったく魅力を感じなかった。


真っ黒な学ランを着て、靴には泥ひとつついていない。姿勢が良いのでよく教師にほめられるが、どうしてみんな背中を丸めているのか不思議でしょうがない。背を丸めた方がよっぽど疲れるだろうに。


こんな俺だから、ルール違反や校則違反というものが嫌いだ。あとで、呼び出されて叱られている人間を見ると本当に馬鹿だと思う。叱られている時間がもったいないではないか。1日24時間しか与えられていないのだから。もっと有意義に使えば良いのに。


今日という1日が滞りなく終わり、いつものように下校しようとすると深井がやって来た。一体何の用だろう。


「なあ、入谷。これから帰るんだったら一緒に帰ろうぜ」


「それは良いけど」


「よし!じゃあ、決まりだ!」


嬉し気に前を歩く深井を急いで追っていく。走ろうとしてそこが廊下であることに気づき、慌てて歩調をゆるめた。


「深井。廊下は歩くんだ」


そう、大声を出すのも良くない。通常の声で深井に注意したがちっとも聞こえていないようだった。


「深井ー廊下は走るなよー!」


教師のバカでかい声が背後から聞こえて俺は顔をしかめた。



辿りついた先は自転車置き場だった。自宅が遠い生徒に限り、自転車通学が学校側から許可されている。俺はギリギリ徒歩圏内だから、自転車は使わない。深井は自転車を使って通学するから、慣れた様子で自転車置き場を歩いて行く。


「……深井、俺はチャリで二人乗りをしない」


そう、自転車での二人乗りは禁じられているはずだ。俺の言うことはまったく耳に入っていなかったのかにかっと笑った。


「良いじゃないか。どうせだから、遠回りして行こうぜ」


「歩いて行けば良いじゃないか」


「歩いたら日が暮れるっつーの」


「じゃあ、諦めろ」


「だーっ!早く乗れ!」


なぜ、自転車で二人乗りがしたいのか疑問だ。ぎゃあぎゃあわめく深井をじろじろ見ているまわりの視線から逃れるように、俺は仕方なく後ろに自転車の後ろにまわった。


「今日だけだ」


「よっしゃ。そうこなくちゃ」


深井は嬉しそうに前にまわって、自転車をこぎ始める。最初はゆっくり、だけどだんだんスピードが出てきた。町の中を走り、十分ほど行くと河原が見えてきた。川の水面に光が反射して光っている。


「キレイだな」


「なんか言った?」


「いや」


頭を軽く振って、顔に風を受ける。河原の横にある道はどこまでものびていて、行き止まりがないように思えた。このままどこまでも走っていけそうな、どこかに飛び出していきたいような感覚が胸の奥から沸き起こってくる。


「どこまでも行けそうだな」


「じゃあ、どこまでも行くか?」


「冗談言うな。俺は帰る」


入谷が言ったんだろと怒ったような拗ねたような声が返ってきた。息を切らせて自転車をこぐ深井は疲れているようだ。


「交換しよう、次は俺が……」


こぐと言いかけた時、後ろから止まりなさい!という固い口調が追いかけてきた。町中を歩いていると、たまに聞くことがある。TVドラマでもよく聞くセリフだ。一体誰に言っているんだろう。後ろを振り向くと、バイクに乗った警官が追いかけてくるのが目に入った。嘘だろう。


「自転車で二人乗りしてる学生!止まりなさい!」


「やっべ!警察?」


「そ、そうみたいだ」


「ようし!捕まれよ。逃げ切ってやる!」


深井が速度を上げるのに驚く。逃げ切れるわけがないだろう。慌てて深井の肩を叩き、早くとまるようにと促すが、何を考えているのが一向にスピードをゆるめない。


「おい。今なら注意だけですむだろ!早くとまれ」


背後から追いかけてくるバイクに焦り深井の肩をゆすった時、自転車が軽くはねた。石か何かを踏んだようだった。この時俺はバランスを崩して真横に倒れた。当然、深井も自転車ごと一緒に倒れる。二人して大声をあげて道に転がった。転がって仰向けになると空が広がっていた。夕焼けの前の妙な明るさの中で雲が躍るように視界に広がる。


空って、こんなにきれいだったっけ


空を見上げたのはずいぶん久しぶりだ。小さい頃には雲の形を一つ一つ記憶して、別の日に同じ雲がないか探したことがある。今この瞬間にしか出会えない雲なのだと納得するのにずいぶん時間をかけた。


「おい!入谷、大丈夫か?」


「二人とも怪我はないかい?」


入谷とバイクに乗っていた警察官がやってきた。二人に手を差し伸べられたけど、大丈夫だからと自分で立った。俺と深井の怪我がないのを確認してから、軽い注意をして警官は帰って行った。メガネをかけた優しそうな中年のおじさんだった。


「怒られちゃったな」


「だから、俺は二人乗りはしないと言ったんだ」


「せっかく、楽しかったのにな」


「それは……」


「それは?」


「そうだな」


深井の目を見て微笑むと、深井が嬉しそうな顔をした。


「入谷がどこまでも行けそうだな、なんて言うから、さらってほしいのかと思った」


「そういうのは、惚れた女に言え」


ぱんぱんと泥をはたいて、俺が深井の自転車を押すと申し出た。深井は特に気にするでもなく、俺に自転車を委ねる。橙色の光が空を染めていき、黒い影法師がぐんと長くのびていた。


「どこかへ行くのも悪くないな」


頬をかすめる風、目の前に広がる空。どこか広くて気持ちの良い場所にでかけたくなった。


「それじゃ、今度チャリで旅行する?」


「自転車でか?」


「荷物後ろに括ってさ、近くなら行けるだろ」


「悪くないかもな」


二人で笑って話している内に、すっかり暗くなった。家に着いたら、泥だらけになった俺の学ランと擦り傷のある頬を見て、母親がいじめにでもあったのかとずいぶん心配していた。


それから俺は少し校則を破るようになった。大きく道を踏み外すようなことはしないが、ワイシャツを着れば一番上まで留めていたボタンを外すようになった。授業中であれば、食い入るように見つめていた黒板から視線を外し、窓の外を泳ぐ雲に目を向けるようになった。


「おう!入谷!今日、学校サボらねぇ?」


「サボらない。今日はどころか、俺は毎日サボらない」


「ちえーっ」


懲りない奴だ。だけど、チャリの二人乗りは本当に楽しかった。深井と他の同級生と計画しているチャリでの旅行が実現しつつある。自転車保険に入らねば。自転車の交通ルールについても勉強しよう。旅行の日が楽しみだ。今度は警官に捕まらないよう気をつけよう。




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