ものを持って空を飛んではいけません

新吉

第1話

 Q.ストレスを感じたら何をしますか?

 A.私は空を飛びます。



「人類が空を飛べるようになって5年が経ちました。今ではスポーツとして楽しむ人も増え、次回のオリンピック種目に追加されるのではと話題になっています」



 スーツを着たサラリーマンがネクタイを外しメガネを外し、空を飛び会社へと急いでいた。ネクタイやマフラーのような長いものを巻いたり、持って空を飛んではいけません。アクセサリーはつけてはいけません。荷物を落としてしてはいけません。小学生でも教わる空の交通ルールである。



 〇〇〇〇〇〇



 あの頃欲しかったものが

 今も欲しいかと聞かれたら

 そうでもないし

 その通りかもしれない

 あの頃足りなかったものが

 今も足りないかと聞かれたら

 まあその通りだけど

 そうでもないかもしれない


 何があればいいんだろう

 どれだけあればいいんだろう

 どうすればいいんだろう



 〇〇〇〇〇〇



 あーお金が欲しいなぁ。なんて私はいつのまにか呟いていた。周りを見渡してもいつも通り誰もいないから安心して自転車をこぐ。快晴。うだるような暑さの中、日焼け対策をしても焼けてしまうこの身分を呪う。進化した人たちは日焼けしないらしい。いいなー、雲ひとつない空を思い切り飛びたい。



「やっほー!!」



 ほらあんなに小さい子でも対象に入ったから、楽しそうに空を泳いでいる。お父さんの後ろで怖がっていたのに、コツをつかんだのか今はスイスイと泳いでいる。そのうちに見えないくらい高くまで飛んでいった。首が疲れてふと視線を戻すと着信が来ていた。自転車を止めて自転車道真ん中で返事をする。どうせ今の時代この道路を使ってるのは自分かおじさんくらいだし。



「何?今汗だくなんだけ」


「これ聴いて!!!」



 爆音で耳元に流れ出したので変な声が出る。音量を調節して彼女のイチオシの曲を聴く。いい曲だけどどこか寂しい曲で。歌手も知らない人のようだ、甘い声の男の人。



「いい曲、癒される」



 素直に答えると電話の主は満足そうに言った。



「あたしのチャージャーなの!!!」



 〇〇〇〇〇〇



 進化した人々は空を飛び、小さな傷は自分の力で治せるようになった。他にもこまごまとした能力や弱点とも呼べる副作用があるが、大半は時代の変化を感じながらも便利になった自分の体を楽しんでいた。


 飛行スーツはあまり流行らなかった。時代の波に逆らうよう、スーツや制服のまま飛行する人たち。ひと昔前のクラッシックスタイルが流行している。


 ビルの屋上がサービスエリアになっていたり、大きな風船が連なる子ども向けエアラインができた。小学生は親や友達と手をつないで飛行していることが多い。


 もちろん事故やスピード違反も多く、それを取り締まるために、白バイならぬ白トビが結成される。子どもの脇見飛行による追突や墜落が増加し、年齢制限、飛行教習、飛行区域が設定されドームが作られた。飛行機との兼ね合いものあり、飛行時間以外はドームが解放される仕組みになっている。ドームは透明だから、飛行機の飛行中に万が一飛び出す違反者がいても、見えない壁に塞がれる。また飛行区域外での飛行をした違反者には重い靴を履がなければいけない、という文字通り重い罰がある。罰が終わるまで脱げない。まあ体を鍛えて飛んでみせた強者もいるが。


 車はまだ空を飛ばない。飛行する人間が増えたことで地上の渋滞も減り、航空規制も次第に仕組みが整ってきた。しかし貧富の差はなくならず、どうしても金銭的、社会的問題から『進化』できない者がいた。進化できないものたちは以前より便利になった社会で空を見上げて暮らしている。

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