第3話「生きるを知る」

 先生を自称する大和は、小山少年の前に二人の人を連れてきた。

「俺は日立東海ひたちとうかだ、工作が得意なんで、まあそういう仕事を目指してる」

 そいつの髪の毛は金髪で背が高く、ガタイがよくて威圧感のある男だった。


「私は下妻しもつまミトよ、勉強とかすごい嫌いだけど、歌とかは好きだから将来はファハニータで働きたいなあって思ってるの」

 次いで紹介されたのは髪の毛がピンク色でツインテールにしてる派手なメイクの女であった。

 小山少年が今までに見たことがないような露出の高い服を着ており、女の子の太ももがここまであらわになってる状態を少年が、生で見るのは初めてだった。生足ミラクルマーメイドである。

 そしてこの女はおもむろにバッグから箱を取り出すと、そこからスティックを取り出して火をつけて口にくわえた。

「……ちょっと、それってまさか大麻ですか……」

思わずそう口にしてしまうと、くすっとミトは笑う。さらに小山少年は続ける。

「……さすがイバラキですね。最初からそんな違法行為を堂々とやるなんて」

 目の前で行われる信じられない行為に、小山少年は目をぱちくりとさせて思ったままを伝える。


「なにいってんのよ、ただのたばこじゃない、許してよもう。それにしても相変わらず外じゃあひどい教育してんのね、タバコも知らないのかあ」

「俺だってタバコ吸いだしたの、こっち来てからだよ、ミトみたいにヘビーじゃねーけど」

 金髪の東海も続けてタバコを取り出す。それを見て少年は伝える。

「たばこだって危ないって習ってます。吸うと死ぬか馬鹿になるって」

「ふーん、タバコで死んだ奴とか、聞いたことないけどねぇあたし。まあ酒は少し危ないかなって思うけど」

「ミトは飲み過ぎなんだよ、一日に2Lもビール飲むとか尋常じゃねぇ、マジで早死にすっぞ」

 さらに耳を疑う話をする二人に小山少年は問いかける。

「さ、酒もやるんですか?それに、ビール2Lってそんな、いったいいくら払ってるんですか、あんな高級品を!あ、あと、お酒は20歳以下が飲んだら、すごいバカになるし、死んじゃうって」

 イバラキの外の日本では健康増進の名のもとに酒税法も見直されて、あらゆるアルコールに対して均一で1mLあたり100円の税金が課せられるようになっていた。つまりビール2Lならば200,000円の高級品なのである。そして小山少年は高値であることの正体が、税金であることを知らなかった。


「なによ、ビールが高級品って変な冗談。まあでも今日はあなたの歓迎会のおかげで大量に飲めるからミトはとてもハッピーです、ありがとう」


「ふふっ。大吾、こいつらと一緒に今日はイバラキで最もアツいところで飲むからな。12才だろうが関係なしだ、おれらにコンプライアンスなんざねぇ」

そんなとんでもない提案を、教師を自称する大和が伝える。


(お酒……しかもこんなヤンキーたちと、とんでもないよ)


 小山少年は決して非行が原因でイバラキに来たわけではない、どちらかと言えば彼は陰キャである。ヤンキーに囲まれている現状から逃げ出したい気持ちしかない。

「あの、ぼくはその……陰キャですし、お酒も飲めませんし」

 小山少年はたどたどしく返事をし、やんわりと断ろうとした。

 それを聞いた大和が眼光を光らせていう。


「じゃあお前はこの先、誰の世話にもならず一人で生きていくんだな?」

 それもここでの生き方だし、お前の自由だと、大和は付け加えて少年に問うた。

 少年は考える。

(一人で生きていくのか、こんな人間とか有象無象がいるイバラキで)


 その様子を見て大和はいう。

「お前には俺らが不健全に見えるだろう、ここに来たばかりだからな。でもなここと外、どちらが不健全なのかはすぐにわかるさ。もうすぐだ、もうすぐ外は終わる。それまではついてきな、なあに命の保証だけはしてやるよ」

 ひどくわっるい笑顔で、ついてこいと大和は小山少年に言った。

(こんなん、恐喝と同じだよ、拒否権なんてない)

 少年はそう思いながら、大和の問いにうなずく。先生は先生でも大和は間違いなく反面教師であろう。


「よしきまりだ、ついてくるんだな、じゃあ今夜はパーッとやろうぜ、いいとこに連れて行ってやるよ」

「やったぁ先生のおごりだぁ、あたしは絶対にファハニータにいきたーい」

 露出狂の女改めミトが甲高い声で喜んでいる。

 その声には答えず大和は再び小山少年に話した。


「あー、忘れちゃ行けない。授業料のことなんだがな」

「……授業料ですか? お金なんて持ってませんけど」

「しってるよ、誰が今のお前からもらうんだよ? 無いんだから出世払いよ、お前が今後作る価値の10%をいただくぜ。まあだから俺は株主みたいなもんで、教育を投資してやる、だから将来の利潤をよこせっとそういうわけだな。要は株式投資みたいなもんよ、わかんねーかな12歳じゃ」


「……知ってますよ株式、勉強したんで」

 イバラキに行かせたくない親たちは、幼稚園の頃から過剰な教育を子供に施す傾向にあった。胎教をセールスする怪しい会社の社長が「桜を見る会」によばれるほどにである。そして小山少年もその受験戦争に参加させられていた一人である。


「ほう、じゃあやっぱ元は受験戦争組かい、俺とおんなじだな。まあじゃあ決まりだ、早速出かけようぜ、大吾」

そういって、小山少年の小さな肩に、大和は手を回すのだった。


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