第23話 雄ちゃんといるだけで

 雄ちゃんがしばらく抱きしめ続けてくれていた。

 私は瞳を閉じて雄ちゃんの温もりに心が落ち着いていった。


 聖陽にされたキスは私の胸を痛めたままだったけど「七海……。ごめんな。俺が七海を一人で残しちまったから」と言う雄ちゃんの言葉に、ハッとする。


「雄ちゃんに責任なんてないよ」

「いや……。七海が行くのを見届けてから俺が駐車場を出てれば……。はあぁ。七海が来るの遅いし電話にも出ないからさ、おかしいなと思って会社に戻って来て良かったよ」


 雄ちゃんは私を抱きしめたまま、会社の駐車場の天井を見上げた。


「なあ、心配だよ俺。さっきの奴のこと」

「ありがとう。でも多分もう大丈夫だと思う。プライドが高い人だから」


 私が雄ちゃんを好きだと聖陽には分かったはずだ。

 自分に少しも気持ちが向いていない者には興味をなくしていく人だった。私が聖陽をまだ好きだなんて思っていたのだろうか。

 別れた時は未練があったし「好きだから別れたくない」とか「ずっと忘れられないかもしれない」とか散々言ってしまっていた。

 それに『お互いに恋人が居ない時には俺が七海を慰めてやる。ただし付き合う付き合わないではなくて大人な関係だからな』とか言われた気がする。


 聖陽の上から目線の傲慢な態度にカチンと来て腹を立てて、私はきっちりと返事をしなかった。

 聖陽にはキープしてる関係だと勘違いされていたのかもしれない。

 後悔していた。

 あの時の私はすれ違っていくのをなんとか食い止めたくて、そして聖陽と関係を続けたがっていた。


 思い起こせば後は他にも――


『少し俺とは距離を置くだけだと思えないか? 他の女性をもっと知りたいんだ。お互いに相手がいない時期にタイミングが合えば、七海とは結婚しても良いかもな』


 別れ際に聖陽が言っていたのを思い出していた。


 馬鹿にされてる。

 大切になんか思われてない。

 私は冗談か下手な慰めだと思っていた。

 聖陽とはスッパリと別れられていなかったんだ。

 私はちゃんとケジメをつけなかったことを深く悔いていた。

 聖陽に期待をさせていたかもしれない。

 しっかり拒絶して、毅然とした揺るがない態度で関係を断ち切り終わらせて、あんな人とは何もかも縁を切るべきだったんだ。

 もしかしてとか思わせるような曖昧さ、気があるように見えた?


 だけど本気で嫌がっているのにあんなことをされたら、不信感しかなくなる。


 職場では顔を合わせることもあったから、聖陽は私と完全に縁が切れたようには感じていなかったのか。


 恋愛って難しいなと思った。



 雄ちゃんが来てくれたからもう大丈夫だと思う。

 雄ちゃんといるだけで私は安心していた。


 ……私は雄ちゃんが好きなんだ。


「雄ちゃん。帰ろうか」


 私は雄ちゃんの顔を仰ぎ見る。


「ああ。大丈夫か? 七海、怖かったよな。……俺と出掛けるのは今度な。今日は七海は家に帰ったほうがいいよ。お前が家に入るまでちゃんと見送るから」


 雄ちゃんはしっかりと私の顔を見ていた。

 そう言われて私は胸がキュウっとなって悲しくなってしまった。


「……雄ちゃんと一緒にいたい。ねぇ、だめ?」


 私のか細い声はかすれて自分でも聞こえづらかった。


「えっ?」

「私、雄ちゃんと一緒にいたい。だめかなあ?」

「……七海」


 雄ちゃんは少し頬を赤くして微笑んでいた。


「ああ、一緒にいてやるよ。俺も七海といたいから。それにっ。ああ、やっぱ心配だな。アイツ家に来るかもしんないだろ」

「雄ちゃん。たぶん来ないから大丈夫だって」

「あのなあ、そんな保障ないんだからな」

「じゃあ、一緒にいて私を守ってくれる?」

「良かろう。この俺が七海を守るからな。七海は俺から離れんなよ」


 雄ちゃんにずっとそばでくっついてたい。


 私の心は雄ちゃんの笑顔に癒やされて、優しい気持ちで満たされていく気がした。

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