第31話 その先の彼方へ


 思えば、何のために剣を振るっているのだろうか。誰のために剣を振るっているのだろうか。今までは何も見えていなかった。ただ目の前の相手を切り捨てることしか見えていなかった。


 だが俺は……俺は……。



「さぁ、やってまいりました! To pro league tournament決勝です! 対戦カードは、ロニー選手VSレイ選手です! ロニー選手は今期、再び後一歩のところで、プロ入りを逃しています。今回の機会を逃せばプロ入りがまた遠くになってしまいます。おそらく今回の大会への思い入れはかなりのものでしょう!! そして、対戦相手はレイ! あのレイです!! ここまで見て来た人なら分かるでしょう。間違いなく、レイはあの時のレイなのですッ!! 偽物? と言う声を全てかき消すが如くの圧勝!! 圧倒的な強さを誇ってここまで駆け上がって来ました。さぁ、最高の対戦カード……どちらが勝利を手にするのでしょうか!!?」



 スフィアの前で待機している俺はその声を聞いていた。ここまでたどり着くのは容易ではなかった。一見すればレイが復活したと思える。周りの期待も大きくなり、すでにネットニュースにも取り上げられているようだった。でも、まだ俺は戻っていない。全盛期の力に比べれば十分の一にも満たない。届き得ない領域に手を伸ばすのは馬鹿らしいと思いながらも、俺は進むしかなかった。



 斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬り捨てるしかなかった。



 

 目の前にあるのはなんだろうか。進むべき道はあっているのだろうか。その迷いはあった。進み始めた時間。戻ってきた世界。剣戟の世界で俺は、何を成すのだろうか。


 でも今は……プロになることが俺の道だ。


 未来なんて分からない。先に待ち受けているのが何なのかなんて分からない。それでも、でも、俺は……上り詰める。


 有紗は言った。


 再び俺がこの世界で活躍するのが、楽しみだと。


 シェリーは言った。


 レイに憧れてこの世界に来たのだと。


 俺はもう一人ではない。


 みんながいるし、仲間がいる。


 ならばもう……惑うことないだろう。



「……行こうか」



 ゆっくりと、ゆっくりと進んでいく。


 そして俺はスフィアの輝きに包まれるだった。



 ◇



「……」

「……」


 互いに向き合う。この試合が終われば、プロになれる。一時間後にはきっと、それが分かっているだろう。


 決勝の対戦相手はロニー。プロ昇格圏内から再び漏れてしまったあのロニーだ。毎回毎回、昇格を逃し噂では呪われているとも言われている。そして今期こそプロになれると囁かれていたが、アリーシャとシェリーに連続して敗北してから調子を崩して連戦連敗。ついには昇格圏内から外れてしまい、今期のリーグ戦を終えた。そんなロニーの心情は察するに、きっと穏やかなものではない。それは俺をじっと見つめている視線にかすかな憎悪が混ざっていることが証明している。



「……殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!」



 かすかに聞こえるその声は、明確な殺意が込められていた。確かに気に入らないだろう。ぽっと出の選手に負けたせいでリーグ戦で調子を崩し、またプロになれなかった。しかも、その一人は俺が育てたプレイヤーだ。そして今回も俺という選手が急に戻って来て、この舞台に立っている。気に入らないのは当然だ。逆の立場ならばきっと俺も同じような気分になっていたのだろうと思う。


 だが俺は相手に何かを譲ってやれるほど、甘い人間ではない。この剣戟の世界では勝利こそ全てなのだ。負ければ去るしかない。それが対戦ゲームの真髄であり、真理だ。明確な勝者と敗者の線引き。それを超えた先にたどり着けるのはほんの一部。輝かしい一面など、もうない。ここまで来たプレイヤーにあるのは負けられないという誇りのみだ。



「今回のスフィアは、大理石に決定しました」



 スフィアが決定。そしてよりにもよって、大理石のスフィア。真っ向からのぶつかり合いになる。以前の俺ならば、この時点で勝利を確信していただろう。でも今は……そんな自信などなかった。戦う前から結果が見えるなど、今はそんな驕りを抱く暇すらない。ただ、どうやって戦って勝つか。それだけが今の俺の全てだった。



 じっと睨み合う。そして試合は始まる。



 この先にあるのはきっと……。



「試合開始」



 抜刀。そして俺は眼前に迫るロニーの剣に対処する。流石はセミプロとまで言われているだけはある。今までの対戦相手とは違う。これは本物の実力者だ。


「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 吠える。それは雄叫びか、それとも慟哭か。俺に対する威圧だとしても、それはかなりの意志が込められていた。だが怖気付く暇などない。


「……」


 俺は相手の剣戟に真っ向から付き合う。まだ感覚は鈍いし、遅い。どうしても全盛期の感覚がイメージとして引きずられてしまいわずかに剣が鈍る。今までは2年前の経験値だけで勝利を収めることができた。でも今は違う。現役としてプロに近い場所で戦っているプレイヤーの技能は、俺のブランクごときに遅れは取らない。


 グッと両手に力を入れて相手の剣戟に応じる。


 この大理石のスフィアでは小細工など通用しない。シンプルに、どこまでもシンプルに剣技のみが己の勝利を導く。作戦などない。戦略などない。戦術などない。



 斬り捨てる。その言葉に全てが集約される。



「……残光ざんこう



 俺が選択した剣技。それは残光。これは相手の攻撃の後を追い、カウンターを叩き込む技だ。と言ってもそれほどの技量はいらない。ただタイミングさえ合わせればいい。相手は前がかりになって押しに来ている。ならばそれを受け流してしまえばいい。



 ロニーの繰り出す上段袈裟斬り。俺はそれをスッとかわすとそのまま残光を発動するが、相手の鋭い目つきがこちらをしっかりと捉えているのを察知した。



「甘いんだよおおおおッ!!!!」



 誘い。それに気がついた時にはもう遅かった。俺の攻撃はすでに発動している。止まる術はない。そして俺の発動した剣技をロニーは受け流すと、そのまま首に向かって一閃。



「……ッ!!」



 戻れ。戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れッ!!!


 刹那の瞬間。俺は自分の意識の全てを集約させて体勢を元に戻そうとする。いや、体勢全てを戻す必要はない。首だ。首だけをわずかに後ろに逸らせば、躱せる。


 そしてわずかに俺の首を掠めて、相手の剣が通り過ぎる。


 だが首にもらったのはまずかった。一撃で全てを持っていかれなかったとはいえ、HPをごっそりと持っていかれた。



「……はぁ、はぁ、はぁ」



 なんとか後方に下がって、体勢を整えようとする。ロニーは無傷だ。一方の俺はHPが半分以上持っていかれた。はっきり言って足りない。届いていない。脳内のイメージならばすでに斬り捨てている。勝利している。だというのに、この身体は言うことを聞かない。いや、厳密にいえば脳の電気信号の問題なのだろうが……そんなことはどうでもいい。



 未だに俺は過去に囚われるのか?


 俺は神の領域に一瞬だけ足を踏み入れた自覚がある。あの時は人間の全てを超越していた。世界大会で感じたあの瞬間をずっと求めている。だが今はどうだ? 


 俺はこんなところで立ち止まっていい人間ではない。



 だがそれは……きっと傲慢だ。自分という人間の価値を決めるのは自分自身だが、それでも俺はここで止まるべき人間なんのか、進むべき人間なのか、そんなことはわからない。


 分からないからずっと苦しんで、踠いて、足掻いて、今この場所に立っている。


 だが戻って来たのだ。俺はまたあの場所を目指して地獄の世界に戻って来たのだ。それは俺の意志で、覚悟していることだ。



 ならば……俺は、進むしかない。ただ前に進む。それだけが今の俺にできる全てだ。



「……」



 納刀。俺は刀を納めて、居合切りの構えをとる。



「あああああああああっと!!!? これはまさか、伝家の宝刀である紫電一閃が出てしまうのかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」



 そんな声が聞こえた気がしたが、今の俺にできることは……これだけだ。



「ハッハハハ!! 近寄るわけがねぇだろうがヨォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 瞬間、感じるのは熱気。火属性のスキルの中でも、9段階目に位置している流星ミーティア。それはシェリーが使用していたものでもあるが、この土壇場でこんなとっておきを用意していたとは……考えてもみなかった。大理石のスフィアでは避ける場所などない。


 発動にはそれなりの手間がかかるが、俺はその意識が抜けていたため容易にそれを許してしまった。


 つまりは、紫電一閃では足りない。このまま相手の方へ迫って行こうにも、納刀状態から接近するのは難しい。



 ロニーは勝利を確信してわらっている。



「ハハハハハハハハハハ!!!!! さぁ、死んでくれよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」



 眼前に迫る巨大な流星。青白い炎の塊が上空から降り注いでくる。


 ならば俺の出す技はこれだ。イメージしろ。俺を阻害しているのは、俺自身だ。俺は自分にブランクがあり、きっとあの頃には戻れないと思っている。無意識にそう思い込んでいる。だがそんなことはない。俺は戻れる。あの世界に、あの頂点に戻ることが……できる。



 そうだろ、レイ?



「……第二秘剣、雪萼霜葩せつがくそうは



 繰り出したるは、第二秘剣、雪萼霜葩せつがくそうは


 そして俺は抜刀。横に振るのではなく、縦に居合抜きをする要領で刀を振るう。間違えるな。俺の持つ刀の射程は、無限大だ。間違えるな、あの時の感覚を再現しろ。



 そして、世界が凍てつく。全てが凍りつく。



「……なッ!!!!!!!!!!?」



 流星ミーティアは全て掻き消えた。俺の放った氷の氷刃は全てを凍てつかせる。これこそが第二秘剣、雪萼霜葩せつがくそうは。刀の先から放たれる氷は全てを凍らせる。だがこの秘剣は、秘剣の中でもトップクラスに発動が難しい。それは刀から放たれる氷刃を操作することが異常なほどにデリケートだからだ。プロの時でも使用することは少なかった。だが今はこれを使うしか勝ち目はなかった。



「上手くいったか……」



 ボソリとそう呟くと、俺は最後のトドメとしてもう一振りする。



「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」



 ロニーは俺の方へ駆けてくる。もはやそこに技はない。ただ俺を切ることだけを意識している。俺はその様子をじっと見ると、もう一度この刀振るった。


 

「……雪萼霜葩せつがくそうは



 一閃。距離は数メートルは離れている。だが俺の放った氷刃は相手の首に命中すると、それを起点にして氷の柱を生成して……最期には弾ける。



「勝者、レイ」



 砕け散った氷がまるで雪のように降り注ぐ。キラキラと降り注ぐそれはまるで俺の勝利を祝福しているようだった。



「な、なんとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!? 勝者はレイ!!! やはり、レイが勝ちました!! しかもあれは……第二秘剣の雪萼霜葩せつがくそうはです!!!!!!!!! 完全復活!! レイは完全復活しました!!!」



 拍手喝采。莫大な音に俺は包み込まれる。



 それに答えて俺は自分の刀を天に掲げる。



 あぁ……俺は成し遂げたのだろうか。



 ◇



「兄さん、おめでとうございます」

「有紗……」



 インタビューを終えてログアウトすると、ベッドの横には有紗が待っていた。


「俺さ、正直負けると思ってた」

「なぜですか?」

「今の俺には秘剣なんて使えない。スピードも技術も全て現役時代に比べれば劣っている。そう思っていたからだ」

「でも、兄さんは秘剣を使いました。本当は紫電一閃を使うつもりでしたよね?」

「あぁ。でも、流星ミーティアに対応できるのはあれしかなかった」

「……はぁ。天才ってやつは本当に嫌ですね。土壇場であの機転。それに第二秘剣を二度も発動。あれって難しいから使わないって言ってませんでした?」

「言ってた。でも、使うしかなかった」

「……兄さん、プロですね」

「あぁ」

「次のシーズンでは同じブロンズリーグです」

「……そうだな、戻ってきたのか」

「負けませんよ?」

「……正直、今の有紗に勝てるとは思えないなぁ」

「もう! そんなこと言わないでください! だって兄さんは……私の目標であり、ライバルなんですから……」

「そうか」

「はい……」


 有紗の頭を軽く撫でると、ニコリと優しく微笑み返してくれる。


 迷いはあった。憂もあった。この2年間、ずっと踠き苦しみあがいてきた。そして俺は戻ってきたのだ。


 BDSプロリーグ。魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする、剣戟の世界。



 でも俺はきっと……もう後悔だけはしないだろう。この先に待っているのは辛く、苦しく、逃げ出したくなるような、いや、死にたくなるような世界だ。



 それでも俺はまたたどり着きたいと思った。あの頂点に。もう一度……もう一度たどり着きたい。そう願った。だから今こうして……俺は舞い戻ってきた。



「有紗、俺はまた世界の頂点に立つよ」

「あら? 立てるんですか? 私に勝てると思えない人間が世界に立てるとでも?」

「今は勝てないだろう。でも未来はわからない。俺は全盛期に戻るんじゃない、超えるよ。そしてもう一度……立つよ。あの場所に」

「なら、決勝戦は私と兄さんで戦いましょう。約束ですよ?」

「あぁ、約束だ」



 昔のように指切りを交わす。


 今度はもう、間違えない。


 俺はきっと有紗とあの場所に立っている。


 未来は誰にも分からないと言ったが、そんな予感がした。


 さぁ羽ばたくときだ。もう一度、鳥は空に舞う。今度は蝋で固められたまがい物の翼ではない。


 本物の、どこまでも羽ばたいて行ける自由の翼だ。


 そして俺はそんな未来に想いを馳せるのだった。

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Blade Dance Sphere-ようこそ、剣戟の世界へ- 御子柴奈々 @mikosibanana210

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