第4話 追憶 1



 VRゲームの申し子。VReスポーツ界に現れた天才。活躍してからそう呼ばれ続けた。ずっとメディアにそう紹介され続けた。でも、初めは天才だとかどうでも良くて、純粋に楽しみたいだけだった。幼い頃から馴染んでいたVRの世界に俺は魅了されていた。現実と相違ない感覚なのに、現実離れしたことができる夢のような空間。そして俺はとあるゲームとの出会いを機に運命が変わる。


「……ブレイドダンス・スフィア?」


 それはVR業界の中でも最大手の会社『クオリア』が発表した、世界最高峰のVReスポーツタイトル。初めからプロリーグの設立とともに、世界大会の開催を明言しており、数多くの会社がスポンサーについたそれはリリースと同時に瞬く間に世界に浸透した。そして名実ともにVReスポーツの頂点になった。


 俺はその中でも割と最初期のプレイヤーだった。


 初めはなんとなく、剣で戦うのはカッコいいと思ったから始めた。ライトタイプのキャラを選び、日本刀を選択したのも偶然だった。本当にただなんとなく始めたそれは、なぜか俺の手に馴染んだ。


 そして初めての実戦から俺は連戦連勝。初めは純粋に楽しかった。スフィアと呼ばれる特殊なフィールドで戦い、剣技とスキルで相手を圧倒する。俺はその競技性にどんどんのめり込み、気がつけばプロになる直前まで来ていた。


「あなた、朱音がプロになるかもしれないって……運営の方から連絡が」

「……プロ? 朱音がか?」

「えぇ。あの子、いま流行りのBDSでものすごく強いらしいのよ。本当にプロになれる見たい」

「そうか。なら応援してやらないとな」


 両親は好意的だった。過去にはeスポーツはたかがゲームという印象が強かったらしいが、現代ではeスポーツは普通のスポーツと同等かそれ以上に熱狂的な盛り上がりを見せる。わざわざ子どもをVReスポーツのプロにしようとする親もいるほどだ。


 そして俺は小学五年生の秋にBDSのアマチュアリーグでもまた、連戦連勝を果たしてプロリーグ入りすることになった。


「お兄ちゃん! すごいね! プロの選手だなんて!!」

「有紗ありがとう。兄ちゃん頑張るな」

「うん! 応援するね!」


 それが全ての始まり。俺はまだ、VReスポーツ……いや、BDSの真髄というものを全く理解しないままにプロリーグ入りを果たしたのだった。この先にあるのが、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする地獄だとも知らずに……。



 ◇



「待てよ……こう、避けるタイミングは相手の攻撃を予測するみたいな?」

「どう予測するの?」

「目線と体の動き、かな」

「目線と体の動き? まさかそこまで相手を見て考えているの?」

「いや完全に無意識だけど、意識化するならこういう説明が正しいと思う」

「ふーん。目線と体の動きね……」


 あれからシェリーにたっぷりと怒られた俺はなんとか理論的に説明できるようになっていた。と言ってもまだまだであるが、少しは落ち着いて話を聞いてくれるようになったようだ。


「でも改めて思うけど、レイってば本当にすごい選手だったのよね。それなのにいいの? 無料ただで教えてもらってさ……」

「今は企業との契約もないし、ただの高校生だ。お金をもらうわけにもいかないよ。それにコーチとしてはイマイチかもしれないし……名選手が名コーチに必ずしもなるとも限らないから」

「……なら、私が結果を出してあげる」

「え?」

「レイの指導が正しいって……私が証明してあげる。そうね……まずは来週の試合でみせつけてやるわ!」


 ぐっと拳を俺に突きつけてくるシェリー。それを見て、俺もまた彼女の拳に自分の拳を突き合わせる。


「頼んだよ、シェリー」


 そしてその日はここまでにして、解散するのだった。





「ふぅ……って、有紗か。ちょっとびびった」

「兄さん、BDSはどうでした?」

「あぁ……」


 頭にかぶさっているクオリアハッカーを取ると、俺は隣の椅子に座っていた有紗と向き合う。きっと心配してくれているのだろう。有紗はいつもそうだ。どこか遠慮がちだけど、俺のことをずっと心配してくれている。それはあの日から……プロになってからずっとそうだった。


「大丈夫だったよ。もう、震えはないし……恐怖もない。プレイヤーとして戦うのは先になるかもしれないけど、コーチとして指導するなら問題ない」

「そうですか、なら良かったです」


 にっこりと微笑む妹を見て、俺もまた微笑み返すのだった。




 翌朝。俺はいつもの夢は見なかった。ここ二年はBDSの夢をよく見ていたというのに、今日はやけにすっきりした朝だった。


「……兄さん、ご飯できてますよ」

「あぁ」


 有紗にそう言われて俺はいつものように支度をして、ご飯を食べ、そして有紗と一緒に学校に向かうのだが……家の前に見慣れた金髪が見えた。


「あ! 朱音! おはよう!」

「シェリーか……どうしてここが?」

「まぁそれはいいじゃない! 今朝からずっとBDSのことが話したくてうずうずしていたの!」

「でも学校では内密にな。俺がレイということは絶対に黙っていてほしい」

「それはもちろん!」


 そう二人で談笑していると、有紗のやつがじーっと俺とシェリーを見つめていた。


「……その人誰ですか?」

「あぁ……紹介するよ。俺がコーチすることになった、シェリーだ。昨日転校してきたんだ」

「はぁ……昨日転校してきて、いきなりコーチですか? 以前から親睦が?」

「あー、えーっと」



 まさかシェリーが個人情報を盗み見たとも言えないし……どうするか。



「私と朱音はちょっとした共通の知り合いがいてね。その伝手でコーチしてもらうことになったの」

「……そうですか」

「妹さん、名前は?」

「……有紗です」

「有紗! 可愛い名前ね! 私はシェリー・エイミス。シェリーでいいわ!」

「……私も有紗で構いません。今後とも宜しくお願いします。えぇ……兄共々に……ね?」


 二人が握手を交わしている。うん、微笑ましい光景だが妙に殺気立っているのは気のせいだろうか。いやまぁ気のせいだろう。有紗は大人しくていい子だしな。シェリーも明るくていいやつだし。


「では私はお先に失礼します」


 有紗は丁寧に頭を下げて一人で行ってしまった。


 気を使ってくれたのだろうか。そして俺とシェリーは二人で並んで学校に向かうことにした。


「有紗は可愛いわね!」

「ま、自慢の妹だからな」

「それで昨日の続きだけどさ!」

「うん、何か進展でもあったのか?」

「早速フランベルジュを使ってみたわ」

「今朝か?」

「うん、早起きは得意だから」

「それでどうだった?」

「うーん。やっぱ長いわね。今までとかなり感覚が違うわ」

「まぁ……そうだろうな」


 フランベルジュ。それは主に17世紀以降のフランスで使われた長剣だ。刃渡りは約1・5メートル。外見上の特徴は揺らめく炎のような波型の刃をしている。


 そしてシェリーが違和感を持つのも当然だ。この剣は今まで使っていた日本刀よりもかなり長い。その間合いを掴むのには苦労するだろう。


 でも俺はこの剣こそがシェリーに最も適していると考えている。


「なんでフランベルジュなの?」

「シェリーは今まで剣技中心だっただろ?」

「スキルはサポート程度で、剣技中心だったけど……それが?」

「シェリーはスキル中心にしたほうがいいと思う。もちろん、剣技も鍛えるけど伸ばすならスキル……特に火属性だ」

「確かに火属性は得意だけど、私ってやっぱり剣技はダメなの?」

「ダメというよりも、スキルを中心に組み立てたほうが剣技も活きる。俺は剣技型だったけど、プロの中にはスキル中心のやつもいる。シェリーはきっとスキル型だよ」

「へぇ……そうなのかしら。でもレイが言うなら、その通りでしょうね」


 プレイヤーの戦闘スタイルは大きく三つに分類される。それは剣技型、スキル型、バランス型だ。もちろん、BDSは剣や刀を使って戦うがスキル制を採用しているのも大きな特徴とも言える


 剣技型のプレイヤーはスキルは補助程度にして、その圧倒的な剣技を中心にして戦う。


 スキル型のプレイヤーはスキルを中心にして戦う。


 バランス型は文字通り、両方をバランスよく使いこなして戦う。


 これは完全に個人に依存しており、何が適しているかは自分で模索するしかないが……俺はやはりシェリーにはスキル型がいいと思った。彼女の試合の動画を見て、シェリーはスキルの発生が他のプレイヤーよりも早いし精度も高い。今はまだ少し得意という程度だが、スキルを中心に戦闘を組み立てればもっとスムーズに戦えると俺は思っている。



「あぁそれと、今日はプロの試合を生で見てみないか? ちょうど20時からプラチナリーグの試合があるはず」

「いいけど……チケットはあるの?」

「ちょっと融通してもらったよ」

「へぇ……誰に?」

「知ってると思うけど、カトラだよ」

「え!!? カトラってあのカトラ!!?」

「今は世界ランク2位だったかな? 実は昔から親交があって、昨日の夜にダメ元で頼んで見たらオッケーをもらえたんだ」

「でもレイのデータはないんじゃ……」

「カトラとはリアルの連絡先も交換してるから。ま、あいつは相当口うるさいからあまり連絡は取りたくないんだけど……」

「……呆れてものも言えないわね。まさか第四回の世界王者にして世界ランク2位のカトラの試合をライブで観れるなんて……」


 シェリーはぽかんとしているが、まぁ……確かにあいつはすごいやつだけどそれ以上に世話焼きでうるさいやつだ。リアルで二回ほどあったことがあるが、いつも文句を言われる。その度に俺は辟易していたが、あいつとのコネが活かすならこの時しかないと思って昨日の夜に連絡して観たのだ。すると、「別にいですよ? 一番いい席にねじ込んであげます」と言われた。流石は現役のプロといったところだろうか。翌朝には二人ぶんのチケットが送信されていたのだ。相変わらず、手際のいいやつだ。


「で、時間は大丈夫か?」

「全然! プラチナリーグの試合を会場で観れるなんて滅多にない機会だし、這ってでも行ってみせるわよ!!」

「ははは……その心意気はいいな……」

「でしょ!? あー、もう本当に楽しみ! 今日はきっと授業に身が入らないわね〜」


 シェリーが嬉しそうに微笑みながら、くるくると回る。ふわりと浮かぶスカートに少しどきりとするが、それ以上に俺は彼女のそんな様子を見るのがとても嬉しかった。純粋にBDSを楽しむ。それがどれだけ大切なものなのか、きっとシェリーは今後知ることになるだろう。でも願わくば……シェリーには俺のようにはなって欲しくないと思った。


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