第3話 やはり指導は難しい


「だーかーら。もうちょっとちゃんと指導して!!」

「ええと、こうグイっときたらバンッ! ってやるイメージなんだが……」

「もっとちゃんと言語化して! レイの感覚でやるなんて無理なんだから、汎用性を持たせるためにも分かる言葉で説明して!!」


 シェリーがキレ気味にそういうので、俺はもう一度教えて見る。


「いいか……まずは攻撃が来るだろ?」

「うん」

「で、それをスッと躱す」

「……うん」

「その瞬間に、ズバッと切るんだ」

「……うん」

「わかったか?」

「……それができたら苦労しないんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 うおおおおおお……教えるのってこんなにも難しいのか!!?



 俺の感覚が全く伝わらない!? そういえば現役時代も同じプラチナリーグのやつに「お前ってどうやって戦っているんだ?」みたいなことを聞かれたので、思うままに話してみると「ははは……意味不明だな……」と言われた記憶がある。


 クソォ……感覚派の俺には指導は難しい……。


 俺とは違ってシェリーは根っからの理論派の人間だった。なぜその動きが必要で、どうすればそれが再現できるのか、彼女は全てに理由を求めた。もちろん実際の試合では考える暇などないが、理屈で理解できないのに実戦で使えるわけがない……というのがシェリーの言い分だ。もちろん理解できる。意識化していることを無意識になるまで繰り返す。そうすることで実戦の際にも使えるようになる。それは俺も理解しているが、どうしても現役時代の時の感覚で話してしまう。



「もう!! 教えるの下手なんじゃないの!!? もう! もう!」

「……ご、ごめんなさい」


 そして時は数時間前に遡る。



 ◇



「それじゃ、フレンド登録しましょ。それと連絡先の交換も」

「あぁ」


 あれから俺たちはSLDを通じて、リアルの連絡先とBDSのフレンド登録を済ませた。そして夜に早速BDSでシェリーの指導をすることになった。


「じゃあまた夜に、お願いね」

「わかったよ。また夜に」


 別れた俺はすぐさま家に戻った。いつもはもっと足取りが重かった。だが今は少しだけ違う。本当に少しだけ……前に進めている気がするからだ。


「ただいま」

「お帰りなさい、兄さん」

「有紗、いつも早いな」

「……別に、いつもどおりですよ」


 有紗はいつも俺よりも早く帰ってきている。部活でもすればいいのに、別にやりたいものはないらしい。ま、勉学に集中したいという気持ちがあるなら仕方ないない。


「兄さん、いいことでもありました?」

「……いや。ただもう一度だけ、BDSに戻ろうと思う」

「……それはプレイヤーとして、また?」

「実はコーチを頼まれたんだ。それでちょっと指導するだけさ」

「……そうですか」


 それから晩御飯を食べて、クオリアハッカーというデバイスを使用して俺は仮想世界にフルダイブしていった。




「……久しぶりだな」


 そこに広がるのは仮想世界。だが現実との相違はほとんどない。感覚は現実ほど鋭くないが、それでもここの空気を味合うのは本当に久しぶりだった。


「レイ、ちょうどいいところに」

「シェリーか」


 フレンド登録をしていたので互いの場所はすぐにわかった。シェリーは現実とあまり相違のない見た目だが、その格好はこのBDSの世界に適したものだ。薄いプレートを体に巻きつけ、スカートもタイトなもの。全身の色は青を基調としているようだ。さらには腰に刺さっている刀。それは俺がかつて愛用したものによく似ていた。


「レイは……プレイヤー名、同じなのね」

「……捨てるに捨てきれなくてな」


 以前のキャラクターは消した。データ自体は運営が残しているようだが、俺からはもうアクセスできない。そして俺が新たに作り出したレイは以前とは全くの別もの。前はただの黒髪短髪のさえない容姿をしていた。VRゲームでは容姿を自由自在に作れるのが一つの売りだというのに、俺はテキトーに作っていたのだ。だが今は、あの頃の俺と決別するためにちょっと趣向を凝らした。ベースの性別は男だが、白髪のロング。それをポニーテールにして纏めている。また名前は基本的に被ったりはできないようだが、俺のレイという名前は普通に承認されたようだった。


「じゃあ、今日からよろしくね」

「こちらこそよろしく」


 軽く握手を交わして、俺たちはプライベートルームへと足を運んだ。



 プライベートルームとは名の通り、誰かの認証がなければ入ることのできない私的な部屋だ。これは簡単に作ることができ、練習などは主にこの空間で行われる。俺とシェリーはプライベートルームに入って、早速模擬戦をしてみることにした。


「……ルールは公式戦通りでいいよな?」

「えぇ。構わないわ」


 俺はモニターを操作してルールを設定する。


 公式戦のルールは至ってシンプルだ。相手の持つHP300を全て削りきればいい。それだけ。またスフィアと呼ばれるフィールドで戦うのだが、今回は練習なので特に設定はなし。スフィアの特性についての理解はおいおい考えるとしよう。


 あとは試合では剣技とスキルの二つが使用できる。剣技は個人によるが、スキルは汎用性の高いものが好まれる。身体強化をするものから、属性で攻撃ができるもの、さらには属性を剣にまとわせたりなど多種多様だ。


 剣技の方は一応、任意で発動するものもあるがそれは完全にパターンとして認知されているので実用性はない。どこまでも臨機応変に立ち回る必要があるからだ。しかし、プレイヤーの中には剣技を極限まで高めて一つの奥義として有しているものもいる。俺も現役時代は剣技の極地の一つである、秘剣をいくつか持っていた。だがそれはプロの中でもごく一部の話だ。しかも剣技に特化したプレイヤーしかたどり着けない領域だ。



「……本気で行くわよ?」

「あぁ……」


 互いに刀を構える。俺と彼女が持つのは日本刀。ライトタイプのキャラがよく持っている武器の一つ。剣とは異なり、刀は『斬る』ことに前提としている。剣には重さを利用して『叩く』という選択肢もあるが、刀は違う。これは完全にプレイヤーの技量が物を言う武器だ。キャラクターコントロール、つまりはキャラコンが全てだといってもいい。


 またBDSには世界各地の武器が採用されている。それは剣から刀までは言うまでもないが、刀もまたしっかりと分類されている。日本刀は、太刀と打刀の二つに分かれている。太刀は90センチ以上の長い刀身を持つが、打刀は60~90センチと短い。一般的に日本刀といえば打刀のことを言うし、プレイヤーも太刀を使うものは少ない。


 だが逆に打刀を使っているプレイヤーの多くが完全にその特性を活かせているかと言うと疑問が残る。それは俺自身が誰よりも分かっている。



「試合開始」



 電子音声がそう告げると、シェリーは一気に間合いを詰めてきた。ライトタイプのキャラ、さらには日本刀を使うのだ。この戦い方は最善。だが……これは彼女には合っていないと俺は思っていた。


「……はあああああああああああああああああああッ!!!」

「……」


 振るう刀の速度はそこそこ。プロの世界に三年いた俺からすれば、まだまだと感じるが……才能は感じる。そして振るった刀をノータイムで反転させて、俺の頭部めがけて一閃。


 BDSは部位ごとのダメージが決まっており、頭部に決まればHPのほとんどが持って行かれる。特にヘビータイプが使う大剣を頭部に受ければ一撃だ。他にも心臓や鳩尾などの急所もダメージの入りが大きい。四肢欠損なども同様だ。


 肉を切らせて骨を断つと言う言葉があるが、BDSではその考えが非常に有効だ。一撃をもらうにしても、急所ではない場所。さらには次の攻撃に繋がるようにわざと攻撃をもらうテクニックもある。アマチュアの人間ならば攻撃が決まった瞬間に安堵感が生まれ、その隙を突くこともできるからだ。


 だがシェリーの目には迷いがなかった。この仮想現実がどれほどの精度を持っているか知らないが、俺は長年の実戦経験から相手の雰囲気などを読み取ることができる。


「……まだ、遅いな」

「え!!?」


 シェリーは確実に俺の頭をいだと思っただろう。だが、彼女が日本刀を振るった先には何もなく、俺は背後に回り込んでいた。


 そしてそのまま心臓を肩から切り裂くようにして、刀をスッと斜めに薙いだ。


 するとシェリーのHPは瞬く間にゼロになり、コールが通知される。


「勝者、レイ」


 まぁ……久しぶりの実戦にしてはこんなものか。だが俺は確かな憤りを感じていた。あの全盛期には程遠い。あの時の、あの決勝での感覚。あの領域に辿り着くにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「……ちょ、ちょっと今何をしたの? 何かスキルを?」

「使ってないよ」

「本当に?」

「少なくとも俺が二年前にいたプラチナリーグではこれが普通の速度だ。最低限のね。見ているぶんには分かりにくいけど、実戦ではこんなものじゃない。スキルを使用すればさらに速度は上がる。これが君が日本刀に向かない理由。致命的に速度が足りない。これは……後天的に鍛えるには難しい技能だ。おそらく脳の処理速度、前頭葉の中でもワーキングメモリが関係していると思うけど……そこを後天的に鍛えるのは難しい。つまりは才能だよ」

「そう……私には才能が、ないのね」


 はっきりと言うが仕方ない。プロとしてBDSで生きていくのなら、どこかで才能と割り切る必要がある。俺もまた自分のやりたいことよりも、できることを伸ばしてプロになったのだ。


 それに俺が言うのも難だが、はっきり言ってプロの世界は魔境だ。魑魅魍魎ちみもうりょう蔓延はびこる世界なのだ。VReスポーツと言うが、その世界はプロスポーツの世界となんら変わりはない。本当に才能を持つプレイヤーが集い、その実力を文字通り命がけでぶつけ合う。プロの全てがプラチナリーグ入りを目指し、そして世界大会優勝を目指す。世界大会の優勝賞金は億単位だ。数多くのスポンサーがついて行われる大会だし、プロの選手は企業と契約をしたりなどして年収はトッププロになれば尋常ではないことになる。BDSで普通の人間の一生分の金を稼ぐなど、トッププロならば簡単な話だ。


 また俺は現役時代は勝率9割だったが、実際のところはかなりギリギリの試合が多かった。圧倒的に強いと言われていたが、そう思っているのはプレイヤー以外の……いや、プラチナリーグの連中以外だけだ。プラチナリーグでの実力は伯仲していた。俺はその中で唯一のライトタイプだったし、日本刀を使うプレイヤーは当時は多くなかった。だから対策も立てづらい。


 俺は自分の実績をそれほど誇ってはない。確かにアマチュアリーグから一気に駆け上がり、プロリーグもすぐにプラチナまでたどり着いた。だがそれは運の要素もあった。完全な実力ではない。そしてあれから二年が経過した。あの頃のプラチナリーグの上位陣は未だに君臨している。BDSも分析され、日本刀使いのアドバンテージはもうないだろう。それに二年だ。二年も経過したのだ。だからこそ、もっと高く見積もって然るべきだ。


 シェリーにはあの道を歩んで欲しいとは思わないが、プレイヤーとはそうもいってられない生き物だ。それは誰よりも俺自身が分かっている。ならば、俺の持ちうる全ての知識を彼女に与えよう。それから先は彼女次第だ。


「シェリー、やっぱり刀を捨てるべきだ。嫌だと言うなら止めないけど」

「捨てて何を使えばいいの……?」


 悔しそうな目つきで俺をじっと見ている。どうやら話は聞いてくれるらしい。


「長剣……中でも、太刀はちょっと違うか。ライトタイプからの転向はキャラコンが狂うから……やっぱりフランベルジュがいいと思う。それにフレンベルジュは火属性との相性がいい。シェリーに最適だろうね」

「……分かった。明日からそれで練習してみる。あまり納得はしてないけど……レイが言うなら、信じてあげる」


 プイッと顔を背けるが、聞き入れてくれた。


 これはまぁ……なんだか苦労しそうだなぁ……。コーチとしての仕事もなかなか楽じゃないようだと、俺はそんなことを考えるのだった。


 


 

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