いえてき

けものフレンズ大好き

いえてき

「雨なのだー!」

 

 アライさんが叫びました。

 別に珍しいことでもないのですが、アライさんが言うと何でも大事件に聞こえます。


 ここはキョウシュウちほーから少し離れた、とあるちほー。

 かばんちゃんと4人のフレンズの旅はまだまだ続いています。


「わー結構降ってきたね~」


 そう答えるフェネックちゃんは、いつも通り冷静です。

 もともと熱く乾燥した場所に暮らしていて、雨は得意ではないはずですが、大仰に慌てるアライさんを見ると、いつでも冷静になれました。


「でも私達はばすにのってるからへーきへーき! どんなに降ってもどうって事ないもんね!」

「あはは、あんまり降りすぎると困るけどね……」


 相変わらず暢気なサーバルちゃんに、少し心配性のかばんちゃんは苦笑します。


 しかし、実際4人はジャパリバスに乗って旅をしているので、雨が降ってもそこまで濡れることはありません。

 そもそも大騒ぎしたアライさんの方に問題がありました。


 そんなアライさんにもアライさんなりの言い分があります。


「サーバルは暢気すぎるのだ! あんまり雨が降ったら、ばすが進めなくなるのだ!」

「えー、大丈夫だよー。ねえボス?」


 サーバルちゃんは今はかばんちゃんの腕時計になったラッキービーストボスに、話しかけます。


【ソウダネサーバル、コノジャパリバスハ、ジャパリパークノアラユル状況ニ対応デキルヨウニ設計サレテイルヨ。少シグライノ雨ナンテ、問題ナイヨ】


 表情どころか顔もない腕時計状態でもはっきり分かるぐらい、自信たっぷりにラッキービーストは言いました。

 基本的にラッキービーストはフレンズからの問いかけに答えないのですが、身体を失ったことが影響してか、旅を通して自然に会話もできるようになっていました。


「ほら、ボスもこう言ってるし、問題無し!」

「うーん、ボスがそういうならアライさんも信じるのだ……」

『・・・・・・』


 サーバルちゃんとアライさんは納得したようですが、かばんちゃんとフェネックちゃんは少し複雑な気持ちになりました。


「(ねえかばんさん、今までボスが自信たっぷりに言って上手くいったことあったかなあ?)」

「(う、う~ん……)」


 フェネックちゃんの耳打ちに、かばんちゃんは曖昧な笑顔で答えます。

 フェネックちゃんの言う通り、過去ラッキービーストが自信たっぷりに言ってその通りになったことは、数えるほどしかありません。

 しかも悪いことに、自身の度合いが高ければ高いほど、失敗する事が多かったのです。

 それはキョウシュウちほーを出ても残念ながらあまり変わりませんでした。

 

 しかし、幸いにもバスは順調に進みました。

 この当たりは平地が続き、大きな川もなく、また谷底や沼地であるわけでもないので、雨が降ってもそこまで影響はありません。

 心なしか腕輪のラッキービーストも得意気です。


 もしここで話が終われば、ラッキービーストは得意になり、アライさんは悔しがって、もなかったかもしれません。


 つまりそう上手くは進みませんでした。


【アワワ……、アワワ……】


 ラッキービーストが取り乱します。

 あれから雨はさらに強くなり、前も見えないほどになりました。

 それが原因で、ジャパリバスが溝にはまり、タイヤが抜けなくなったのです。

 しかも悪いことは重なり、この当たりの地盤は非情に軟弱でした。極めつけにキョウシュウちほーの時と違い、乗員が2人増えてさらにバスも重くなりました。

 それにも拘わらずラッキービーストは無理に前に進もうとしたものだから、余計地面にはまってしまいます。

 結局大雨の中4人がバスから降りた時には、ぬかるんでゆるくなった地面に、タイヤどころかバスの前方部分まで埋まってしまいました。


【アワワ……、アワワ……】


「とりあえず皆で後ろから引っ張ろう!」

 

 びしょ濡れになりながら、かばんちゃんはそう提案します。

 みんなかばんちゃんの提案に頷き、揃って後ろからバスを引っ張ります。

 

「うみゃみゃー!!」


 けれどもバスは深く泥の中にはまってしまい、一番の力持ちのサーバルちゃんが力一杯引いても全然動きません。それどころか引いたそばから雨水が入り込み、より深く沈んでしまいます。


「なのだー!!」


 アライさんも力一杯引きますが、残念ながらあまり関係はないみたいです。


「うーん、このまま引いても抜けそうにないね~」

「そうだね。みんな、一旦バスの中に戻ろう。いつまでも雨の中にいると風邪引いちゃうよ」

「うん」

「了解なのだ!」

 4人はどろどろのまま、急いでバスに戻ります。

 しかし、4人が再び乗ったことで余計重みが加わり、バスはさらに沈んでしまいました。

 地面は想像以上にぬかるんでいたのです。


「うわー!? やっぱり皆一旦降りて!」

【アワワ……、アワワ……】


 4人は急いでバスから降ります。

「バスの中は厳しいから、他にどこか雨宿りできる場所を捜そう」

「そうだね~」

 普段表情が変わらないフェネックちゃんも少し辛そうです。

 彼女は4人の中で、一番雨や寒さにに弱い身体をしていました。

 

 けれども周りを見回しても雨宿りできそうな木がなく、


「うみゃー!?」

「なのだー!?」


 少し離れた場所にあった木には雷まで落ちる始末。

 慌てて抱きついてきたサーバルちゃんとアライさんに倒されそうになりながらも、かばんちゃんは必死でどうすればいいのか考えます。


 そんなとき、


「………おーい」


 遠くから誰かが呼ぶ声が聞こえてきました。

 

 かばんちゃんは少し考え、声のする方へと行ってみることにしました。

 言葉を話せると言うことは、セルリアンではありません。同じフレンズなら、何か助けてくれるかもしれない。

 そう思いました。


「みんな行こう!」

『おー!』


 かばんちゃんの言葉に応え、4人で頭を抑えながら声のした方に向かって走ります。

 

「うげっ!」

「アライさーん、大丈夫ー?」

「アライさんはこれぐらいなんともないのだ!」

「おー、さっすがアライさーん」

 ――と途中でアライさんが転んだりしましたが、みんなで助け合い、なんとか声を出したフレンズの元まで無事にたどり着くことが出来ました。


 そのフレンズは水色と黄色の色違いの目をしたオッドアイの全体的に灰色のフレンズで、4人が初めて会う種類のフレンズでした。


「ねーあなた何のフレ――きゃー!?」


 いつものようにサーバルちゃんが気軽に声をかけようとした瞬間、少し離れたジャパリバスに雷が落ちます。

 あのままバスに残っていたら、大変な目に遭うところでした。


「とにかく私に着いてきて下さい! ここは危険です!」

 謎のフレンズはそう言って、走り出します。

 

「みんな行こう」

 かばんちゃんには彼女がどうしても悪いフレンズには見えなかったので、素直にそのあとについていきました。

 残りの3人も、かばんちゃんのように疑わずに彼女のあとを走っていきました。サーバルちゃんはそもそも疑うことをあまり知りませんし、アライさんとフェネックちゃんはかばんちゃんの言うことに、よほどのことが無い限り反対しません。

 唯一思っていることと言えば、


「多分戦ったらアライさんの方が強いのだ!」

「うんうん、そうだね~」

 

 その程度のことです。


 謎のフレンズにしばらくついていくと、やがて半球形の、動物の顔をかたどった建造物が見えてきました。口の部分が扉で、両側に窓があり、昔誰かが住んでいた建物であることは一目瞭然です。

 もっとも、それは人間に限った話で、フレンズにとっては変わった建物という印象しか持てません。


 謎のフレンズは扉を開け、そのまま4人を中に招きます。

 途中でかばんちゃんを追い抜いたサーバルちゃんを先頭に4人が中に入ると、すぐに扉を閉めます。

 その数秒後――。


「うわー!?」

「うみゃみゃー!?」

「なのだー!?」

「おー」

「わんわん!?」


 5人がいる家に雷が落ちます。

 しかし、幸いにも誰1人感電することなく、大きな音だけでなんとかやり過ごすことが出来ました。


「・・・・・・」

 全員の無事を確認し、ほっと胸をなで下ろすかばんちゃん。

 それから一息ついたところで、謎のフレンズに頭を下げました。


「助けてくれて有り難うございました」

「あ、いえいえ、同じフレンズとして当然のことをしたまでです!」

 

 謎のフレンズは照れながらそう答えました。


「ねーねー、私サーバルって言うんだけどあなたは?」

 少し畏まった2人の間に、空気が読めないサーバルちゃんが入ってきます。ただこれは彼女の美点でもありました。

 かばんちゃんと彼女だけだったら、お互い遠慮し続けていたでしょう。


「アライさんはアライさんなのだ!」

 サーバルちゃんに対抗するようにアライさんが自己紹介をします。

 この2人は何かというと対抗しますが、そんな2人を見ているとどんな空気もなごやかになります。


「あ、私はイエイヌと言います。えっと……」

「僕はかばんです」

「フェネックだよーよろしくねー」

 かばんちゃんとフェネックちゃんも自己紹介をします。


 けれど、謎のフレンズ――イエイヌちゃんは、何も言わずかばんちゃんのことをずっと見たままでした。

 かばんちゃんもさすがに気になります。

 恐る恐る「僕の顔に何かついていますか?」と聞きました。


「あ、いえ! そうでなくて、その、かばんさんはひょっとしてヒトでは……」

「はい、そうです」

 かばんちゃんは頷きます。

 するとイエイヌちゃんの態度が一変しました。


「すごい! 本当に! やった! すごいすごい!」

 そう言ってかばんちゃんの手を取り飛び跳ねます。

 かばんちゃんも含め、4人には訳が分かりません。

 それからさらにイエイヌちゃんのテンションが上がり、抱きついたり踊ったり、しまいにはかばんちゃんの顔を舐め始めたりしました。


「あー! 私もする!」

「アライさんも!」

「うわっ3人とも!?」


 イエイヌちゃんに対抗するかのように、サーバルちゃんとアライさんもかばんちゃんの顔を舐め始めます。

 そんな4人をフェネックちゃんだけが冷静に、それでも目は楽しそうに見ていました……。


 それからしばらくして――。


「すみません!」

 イエイヌちゃんは土下座して謝ります。

 サーバルちゃんとアライさんもその両脇に正座をして反省しました。


「と、とりあえず顔を上げて下さい」

 3人のよだれでべとべとになった顔を家にあったタオルで拭きながら、かばんちゃんは恐縮します。

 悪意をもってしたことではないので、怒るに怒れません。

「でもいきなりなんであんなことを……」

 ただ理由は聞かずにはいられませんでした。


「はい、実は私は元々ヒトに飼われていた動物だったんです。だからヒトと聞いたらいても立ってもいられなくなって……」

「じゃあヒトのことについて何か知っているんですか!?」

 かばんちゃんの旅は、自分以外の人間を捜すことが目的でした。

 ここに来て大きなヒントが得られた――。

 そう思いました。


 しかしイエイヌちゃんは、ゆっくりと首を横に振りました。


「残念ながら、私がサンドスターの力でフレンズになった時には、ヒトは誰もいませんでした。どこに行ったのかどころか、何故いなくなったのかさえ分かりません」

「そうですか……」

 かばんちゃんはガックリと肩を落とします。


「ねーねー、それじゃあかばんちゃん以外のヒトがどんなのだったか覚えてる?」

 サーバルちゃんが空気を読んだのではなく、完全な好奇心でそう聞きました。


「実はそれもあんまり……。ただとっても暖かかった事だけは覚えています」

「じゃあかばんちゃんとおんなじだね!」

「はい」

 イエイヌちゃんは笑顔で頷きました。

 そう言われるとかばんちゃんも照れてしまいます。

 サーバルちゃんと違い、かばんちゃんは意図的に話題を変えました。


「と、ところで暖かいと言えば、どこかに身体を洗えるお湯はないでしょうか? さすがにみんな汚れたままなので……」

「アライさんは別に水でも大丈夫なのだ!」

 自信たっぷりに答えるアライさん。

 ただ、それを聞いていたフェネックちゃんは口には出さないものの「私もお湯の方が嬉しいなあ」と思いました。

 そして幸いにも水で我慢する必要はありませんでした。


「それならこの家にお湯が出る場所があります。えっと……確かおふろだったかな。でもそんなに広くないので、2人が限界でしょうか」

「じゃあかばんちゃん一緒に入ろ!」

「かばんさんはアライさんと入るのだ!」

「あはは……僕はあとでいいから、2人で先に入りなよ」

「えー、アライグマと一緒ー?」

「アライさんもサーバルと一緒ならフェネックと入るのだ」

 サーバルちゃんもアライさんも、嫌そうな顔をします。

 これにはかばんちゃんも苦笑しました。


「そんなこと言ってないで、たまには2人で仲良くしたらどう?」

「そうだよー。それにいつまでもぐだぐだしてたら、あとに入る私やかばんさんが風邪引いちゃうよー」

【カバンヺ風邪引カセタラ駄目ダヨ】

 フェネックちゃんとラッキービーストもかばんちゃんを援護します。


「うーん、そう言うなら……」

「仕方ないのだ……」

 サーバルちゃんとアライさんは、渋々かばんちゃんの勧めに従います。

 そしてイエイヌちゃんに誘われ、2人でお風呂へと入っていきました。


「あの、ちょっといいですか?」

 戻って来たイエイヌちゃんに、かばんちゃんは言いました。

「その、可能な限り、覚えている範囲でいいんで、ヒトについては教えてくれませんか。僕は未だ本の中の話だけで、実際に会ったフレンズからの話は聞いたことがないので」

「え、あ、はいそうですね……」

 イエイヌちゃんは、眉間に皺を寄せ、少し考えてから話し始めます。


「実は私がここにいるのは、ヒトのためなんです」

「ヒトの?」

「はい、もともとここはヒトの家で、私はここに飼われていました。しかし先ほどお話しした通り、ヒトがいなくなってフレンズ化した私だけがこの家に取り残されました。でもいつか元のヒト……ご主人様が、ここに戻ってきてくれると信じています。だから私はここに居続けているんです。……まあかばんさんがご主人様だったら良かったんですけどね」

「そこは僕の力が至らず申し訳ないです……」

「いえいえ」

 イエイヌちゃんは慌てて首を振りました。

 このままだと、恐縮合戦が始まりそうだと思ったのか、フェネックちゃんも話に加わります。


「でもそうなると、かばんさんはここにいたヒトとは別人みたいだね。ということはやっぱりかばんさん以外のヒトも、きっとジャパリパークのどこかにいるんだろうね」

「はい、私もそう思います」

 イエイヌちゃんは力強く頷きました。

 互い違いのどちらの瞳にも、迷いの色だけはありません。

 かばんちゃんは、そんなイエイヌちゃんを少し尊敬しました。


「あ、そういえばヒトの話でしたね。でも、本当にあんまり覚えていないんです。ただ、一緒にした遊びぐらいしか……」

「遊び?」

「はい、たとえば――」


 それからイエイヌちゃんは、ご主人様とした遊びの話をしました。

 そんな話をしている内にサーバルちゃんとアライさんもお風呂から出てきて、代わりにかばんちゃん達がお風呂に入ります。

 

 そして最後に入ったイエイヌちゃんが出てきた頃には、あれほど降っていた雨もすっかり止み、外には虹が架かっていました。


「晴れたー!」

「のだー!」

 サーバルちゃんとアライさんが元気よく外に出ます。

 地面は未だぬかるんでいましたが、雨はもう一滴も降っていません。

 この分なら、埋まっているジャパリバスを掘り起こすことも出来るかもしれません。


「・・・・・・」


 ただ、寂しそうに家から4人を見ているイエイヌちゃんを見ると、かばんちゃんもこのまま帰って良いのかどうか、悩みます。


「……うん」


 かばんちゃんは何かを決意したように頷きます。

 そして一旦イエイヌちゃんの家に入ると、中から円盤――フリスビーを取ってきました。


「イエイヌさん、せっかくですからさっき話してた遊びをしませんか?」

「え!?」


 イエイヌちゃんはびっくりします。

 遊びと聞いて、何かかけっこのようなものをしていたサーバルちゃんとアライさんも近づいて来ました。


「なになにー、何するの!?」

「まあアライさんなら何をしても負けないのだ!」

「え、あ、その……でもいいんですか? みなさんは旅の途中では……」

「別にどうしても急がなくちゃいけない旅でもありませんし、それで助けてもらった恩返しになるのなら」

「かばんさん……」

 イエイヌちゃんの目が潤みます。

 それでも涙が出る寸前に手でこすり、とびきりの笑顔で、


「それではよろしくおねがいします!」


 そう言いました。


「とりあえずかばんさんはそのフリスビーを力一杯、出来るだけ高く遠くに投げて下さい。それを私が全力で取りに行きます」

「それじゃあ私も取りに行く!」

「アライさんもなのだ!」

「がんばれアライさーん」

 唯一フェネックちゃんだけは観客役を決め込んでいました。


「それじゃあいきますね、それ!」

 かばんちゃんは言われた通り力一杯フリスビーを投げます。

 虹に向かって飛んでいったフリスビーを、3人は全力で追いかけます。

 先頭に立ったのはサーバルちゃんでした。彼女の全力疾走に、アライさんは当然として、イエイヌちゃんも追いつけません。

 ただし、イエイヌちゃんには考えがありました。


「へへーん、私の勝ち――あれれ!?」


 フリスビーはずっと直線に進むのではなく弧を描き、最終的に戻って来たりします。

 それが分からなかったサーバルちゃんは、途中で方向転換したフリスビーに対応できず、そのまま真っ直ぐ走っていってしまいました。

 過去の経験から正確な軌道を理解していたイエイヌちゃんは、ちゃんと対応しフリスビーの落下地点を予測します。

 けれどそこには足が遅かったことが幸いしたアライさんがいました。


「わっはっはっはっは! 最後に勝つのはやっぱりアライさんなのだ!」

 

 アライさんは仁王立ちで戻って来たフリスビーを取ろうとします。

 けれどアライさんの手が届く前に、高くジャンプしたイエイヌちゃんがフリスビーをしっかりと掴みました。


「あれー!?」

「やってしまったねえアライさーん」

 

 いつもの、予想通りの光景に、フェネックちゃんはむしろにっこりします。

 フリスビーを首尾良く捕まえたイエイヌちゃんは、かばんちゃんの元に走ってきました。

 その時、何故かフリスビーは口に咥えていました。


「褒めて下さい!」


 前置きを省き、咥えたフリスビーを落としながらいきなりイエイヌちゃんは言いました。

 かばんちゃんは初め面食らいましたが、とりあえず「よく頑張りましたね」と頭を撫でてあげました。

 

 気持ちよさそうにそれを受け入れるイエイヌちゃん。

 サーバルちゃんとアライさんはそれを羨ましそうに見ていました。


「今度は私が取るからかばんちゃんちゃんと褒めてよね!」

「次はアライさんの番なのだ!」


 めらめらと対抗意識を燃やします。


 それから4人でフリスビーで遊び続け、コツを掴み始めたサーバルちゃんも上手く取れるようになりました。

 さらにフリスビーは辺りが暗くなると自然と光る仕組みだったので、予想以上に長い時間続けられました。


 しかし相変わらずアライさんは取れません。


 最終的にかばんちゃんも投げ方のコツを覚え、うまくアライさんのいるところに投げ、アライさんがキャッチしたところで、この遊びは終わりになりました。


 そしてその頃にはもう日もとっぷり暮れ、出かけるには少し遅すぎる時間になっていました。


「随分時間が経っちゃったね……」

【ソウダネカバン。今出発スルノハアマリ賢イ選択デハナイヨ】

「あの、だったら泊まっていきませんか?」

 イエイヌちゃんはそう提案しました。


「えっと――」

 それにかばんちゃんが答える前に、


「はーい、泊まる泊まる!」


 サーバルちゃんが元気よくその勧めを受け入れます。

 こうなるとかばんちゃんも遠慮することは出来ず「よろしくおねがいします」と頭を下げました。


 イエイヌちゃんは4人のお泊まりに素直に喜びます。

 ずっと1人で寝ていたので、誰かいるだけで嬉しくてしようがありません。

 久しぶりに会うヒトのかばんちゃんに対しては特に。


「あのーかばんさん、できたら一緒に寝てくれませんか?」

 ベッドに入る前、イエイヌちゃんはおずおずと切り出します。

 それに追従するかのように、 


「じゃあ私も一緒に寝る」

「アライさんもなのだー!」

「3人も4人も変わらないよねー」


 旅の仲間達も言いました。


 かばんちゃんモテモテです。

 

 幸いにもこの家にあるベッドはキングサイズであったため、小柄な5人なら充分寝られる広さはありました。

 イエイヌちゃんも1人の時はその広さを持てあましていましたが、今はその大きさに感謝します。

 

 それから5人は並んで一緒に寝ました。


「ぐーぐー」


 最初に寝たのはアライさんでした。小さな身体で一番頑張ったからでしょう。

 その次にサーバルちゃん、そしてフェネックちゃんが小さないびきをかき始めます。


「あの、起きてますか?」


 小声で、イエイヌちゃんがかばんちゃんに聞いてきました。

 かばんちゃんは色々あって目が冴え眠れなかったのか、「起きてますよ」と返事をします。


「今日は本当に有り難うございました。フレンズになってから今日が一番楽しかったです」

「そう思ってもらえたら良かったです。きっとそのご主人様も帰ってきますよ」

「そうですね、そうだといいですね……」

 やはり疲れていたのか、イエイヌちゃんもその言葉を最後に、やすらかな寝息を立て始めました。

 それを見届けるようにかばんちゃんも眠りにつきます。


 しかし――。


「うー、お腹すいたよー」

「アライさんもなのだ……」

「ここに来てから何も食べてないからぺこぺこだよー。ねえアライグマ、ばすに戻ってジャパリまん取りに行ってこようか?」

「それがいいのだ!」


 ――そして。


「んん……」

 かばんちゃんは明け方にはまだ遠い時間に不意に目を覚ましました。

 今までばすの固い椅子で寝ることが多かったので、逆に柔らかいベッドでは深くは寝られませんでした。


「……あれ?」

 その時、同じベッドに寝ていたはずのサーバルちゃんとアライさんがいないことに気付きます。

 かばんちゃんはベッドから起き上がり、部屋の中を捜しました。

 しかし2人は見つかりません。

 そんなことをしている内に、寝ていたイエイヌちゃんとフェネックちゃんも目を覚ましました。


「どーしたのーかばんさーん?」

「ああ、サーバルちゃんとアライさんの姿が見えないんだよ」

「うーん、あの2人のことだから、どこかでジャパリまんでも食べてるんじゃないかな。この家には予備はあったのー?」

「いいえ、ないです」

 イエイヌちゃんは首を横に振ります。


「それじゃあばすの方に取りに行ったのかもね。そっちには未だ残ってたし。でも雨で濡れてべしょべしょになってそう」

「ばすって……あ!」

 イエイヌちゃんは何かに気付いたような顔をします。


「どうしたんですか?」

「この時間になると、あのあたりには危険なセルリアンが出るんです! もしそっちに行ってるなら、急いで呼び戻さないと!」

「大変だ!」

 かばんちゃんは慌てて外に出ようとします。

 しかしそれをイエイヌちゃんが止めました。


「待って下さい! 外は危険です、ヒトのフレンズであるかばんさんには、そこまでの力は無いはず! 家で待っていて下さい!」

【ソウダヨ、カバンハ危険ナコトシチャダメダヨ】

 イエイヌちゃんとラッキービーストの2人がかりで止められます。


「で、でも……」

「まーまー」

 かばんちゃんとイエイヌちゃんの間にフェネックちゃんが割って入ります。


「こう見えてもかばんさんは、巨大セルリアンを倒した時に大活躍したんだよ。確かに爪も牙もないけど、かばんさんにしか出来ないことだってあるんだよー」

「その、僕がどこまで役に立つか分かりませんが、それでも助けに行きたいんです! お願いします!」

 かばんちゃんはイエイヌちゃんに頭を下げます。

 ここまでされると、イエイヌちゃんも来るなとは言えません。


「……わかりました。でも絶対に危険なことはしないでくださいよ」

「はい!」

 かばんちゃんは力強く頷きます。

 ラッキービーストは未だ抗議していましたが、こちらは適度に無視しました。


「では行きます!」

 イエイヌちゃんを先頭に、3人はジャパリバスがあった方へ走っていきました。

 そこにサーバルちゃんとアライさんがいない可能性も当然ありましたが、その時はその時です。

 何もしないで待っているという選択肢はありませんでした。

 

 真っ暗な木もないだだっ広い草原でしたが、イエイヌちゃんは夜目が利いたので迷わず進みます。

 むしろかばんちゃんは遅れないようにするので精一杯でした。


「いました!」


 幸い、と言うべきか、サーバルちゃんとアライさんはこちらに向かって走ってきました。


 ただし、招かれざる客を連れて。


「んーんー!!!」

「はほはー!!!」


 サーバルちゃんとアライさんは口にジャパリまんをくわえ、大型のセルリアンを連れてこちらに逃げてきたのです。


「サーバルちゃん! アライさん! とにかく2人ともジャパリまんをどうにかして!」

「んん!」

「ん!」


 そのまま捨てるかと思いきや、2人とも咥えていたジャパリまんを丸呑みしました。

 どんな時でも食い意地だけは失いません。


「ジャパリまん取りにばすに行ったら、いきなりあいつが現れたの!」

「アライさん達は頑張って逃げたんだけど、しつこく追ってきたのだ!」

「とりあえず逃げる場所はたくさんあるから、みんな散らばろう!」


 かばんちゃんの指示に従い、4足歩行の巨大セルリアンを中心にして全員が思い思いに逃げていきます。

 セルリアンはターゲットが散らばったことで混乱しました。


「誰か弱点は見えるー!?」


 かばんちゃんは離れた全員に向かって言いました。

 セルリアンには必ず弱点があり、そこを攻撃するればどんな巨大なセルリアンも倒せます。散らばったのにはそれを見つける意味もありました。

 しかし――


「ないよー!」

「ないのだー!」

「ないー」

「ありません!」


 ――誰もそれを見つけることは出来ませんでした。


「ということは頭の上にあるはずだ!」


 かばんちゃんはすぐにそれを理解します。

 ただ、サーバルちゃんやイエイヌちゃんのジャンプ力をもってしても、到底届きそうにありません。


「どうしようかばんちゃん!?」

「勝てそうにないならここは逃げるしかないと思う。危険はなるべく避けた方がいいよ」

「そうだねー」

「悔しいけど仕方ないのだ……」


 そこで逃げれば後はどうにかなるはずでした。

 けれど、混乱していたセルリアンは予想外の行動を取ったのです。


[・・・・・・]


 セルリアンはイエイヌちゃんのいる方向へ向かって歩いて行きます。

 しかしその視線はイエイヌちゃんを向いてはいません。

 イエイヌちゃんがとりあえずその進路上から逃げても、セルリアンの動きが止まることはありませんでした。

 

 全員がセルリアンの動きに呆然とします。

 

「あっ!」


 最初にセルリアンの本当の狙いに気付いたのは、イエイヌちゃんでした。


「家が、ご主人様と私の家が狙われています!」


 そうだったのです。


 セルリアンの標的になったのは、よりによってイエイヌちゃんが住んでいた家でした。なまじっか外見が動物の顔に似せて作られ、セルリアンが更に混乱していたため、生きているフレンズと勘違いしてしまったのです。

 それはイエイヌちゃんにとって、自分が狙われるより辛いことでした。


「あの家がないとご主人様が帰ってこれないんだ! あっち行け!」

 イエイヌちゃんは必死でセルリアンに攻撃します。

 けれどもセルリアンにはかすり傷程度しか付けることも出来ず、歩みは一向に泊まりません。


「この、この!!!」


 それでもイエイヌちゃんは必死で攻撃します。

 たとえどんな状況でも、イエイヌちゃんは絶対に家を諦めることは出来ませんでした。手が傷つき、爪が折れようともその攻撃は止まりません。


「助けるよ!」

「なのだ!」

「可能な限り頑張るよー」


 逃げていた3人も、危険を顧みずイエイヌちゃんに加勢します。

 けれど、それでもセルリアンは倒せるどころか歩みを止めません。


「このままじゃ駄目だ……」

 かばんちゃんは戦えない分、必死で頭を働かせます。


「あっ、ひょっとしてあれなら……」

 アイディアはすぐに思いつきました。

 ただしそれがうまくいくか立証する時間はありません。

 それでもやるしかありませんでした。

 かばんちゃんはイエイヌちゃんに向かって叫びます。


「フリスビーを持ってきて下さい!」

「え、あ、はい!」


 動物だった頃の影響か、かばんちゃんの命令にはイエイヌちゃんも素直に従います。

 イエイヌちゃんは攻撃を止め、全力疾走で家に入り、口にフリスビーをくわえて戻って来ました。


「かばんさん!」

「ありがとうございます! いくぞ!」

 

 かばんちゃんはセルリアンの眼前でちょうど折り返すように、受け取ったフリスビーを投げます。

 もしだたのフリスビーだったなら、この暗闇では無視されたかもしれません。しかし、このフリスビーには光る装置が内蔵され、逆に暗闇の中で余計目立ちました。

 果たしてセルリアンは明滅するフリスビーに興味を惹かれ、一瞬その脚を止めます。


 弧を描いたフリスビーは、再びかばんちゃんの手に戻りました。

 かばんちゃんも遊びで散々投げさせられたので、かなり操作が上手くなっていました。

 かばんちゃんの手元にフリスビーが戻ったことにより、標的がかばんちゃんに移り、セルリアンはその進行方向を変えます。


「これで狙いは僕になった! できる限り家から離れるぞ!」

 

 そういってかばんちゃんは走り出します。


「私達もかばんちゃんと一緒に行くよ!」

「なのだ!」

「助けるよー」

「もちろんです!」


 4人もかばんちゃんと同じ方向に逃げます。

 セルリアンが振り返る際にそれなりに時間がかかったので、少しは距離を開けることは出来ました。

 けれどセルリアンの歩幅は大きく、いつまでも逃げ切れるわけではありません。


 やがて5人はバスが沈んでしまったあたりまでやって来ました。

 ただし、これは偶然ではありません。

 かばんちゃんは逃げている途中でさらに新たな作戦を思いつき、ここまでセルリアンを誘導していたのです。


 セルリアンは一直線にかばんちゃんを追います。

 その脚が、一瞬揺らぎました。

 さらに不安定な体勢の2歩目で完全にバランスを崩し、セルリアンはどうっと大きな音を立てて、ぬかるんだ地面にその身を横たえました。


「何で倒れたのだ!?」

「このあたりはばすが沈んでしまうぐらい地盤が弱いんだ。だからここまで誘導すれば何とかなると思ったんだ。みんな、今がチャンスだよ!」

「あ、そうだね、いっくよー!」

「覚悟!」

 

 サーバルちゃんとイエイヌちゃんが、横向きでがら空きになった頭頂部の弱点に、2人同時に攻撃します。

 4本の脚で起き上がることに精一杯のセルリアンに、その攻撃を防ぐことは出来ません。そしていかに巨大なセルリアンも、弱点を攻撃されてはひとたまりもないのです。


[・・・・・・!]


 2人の一撃が決まると同時に、その身体はガラス細工のように砕けました。


「ふぅ……」

 セルリアンが消えたことを確認し、かばんちゃんは安心して大きく息を吐き、その場に座り込みます。


「ふぎゃ!」

 脚にしがみついて力尽くで止めようとしていたアライさんは、消えたと同時に勢い余って泥の地面に倒れ込みました。

 フェネックちゃんはそんなアライさんに手を貸します。


「私達の勝ちだー!」

『おー!!!』

 サーバルちゃんの勝ち鬨に、全員が声を合わせます。

 こうしてイエイヌちゃんの家に対する危機は去りました。


 しかし未だ全てが終わったわけでもありません。


「ねーかばんちゃん、せっかくここまで来たんだから、イエイヌにもばす引っ張るの手伝ってもらったらどうかな?」

「えっと、それは――」

「がんばります!」

 かばんちゃんが遠慮する前から、イエイヌちゃんはやる気十分です。

 彼女にとって、人間のために働けることはむしろご褒美のようなものでした。


「それじゃあおねがいしますね」

 かばんちゃんは苦笑しながら、みんなでバスが埋まっている所に向かいます。


 幸いにも、昨日と比べて深くなっているわけでもなく、溝にたまっていた雨も大分なくなっていました。

 とりあえず、イエイヌちゃんを加えた5人で後ろからバスを引っ張ります。

 けれど、やはりバスは埋まったままです。


「これは何か引っかかってるのかな?」

「だったら私が見てくるよー。昨日は穴を掘ったら溺れるからしなかったけど、今なら大丈夫じゃないかな」

「それじゃあおねがい」

「あいよー」

 フェネックちゃんが、いつもの調子で適当に答え、真剣に穴を掘ります。

 ぬかるんだ泥は砂と勝手が違い掘りにくそうでしたが、それでもなんとかバスの真下あたりまでたどりつきました。

 

「あー、木の根っこみたいのが引っかかってるねー、とりあえず外しておくよー」

「さすがフェネックなのだ!」

「うん、アライグマと違って役に立つねー」

「なにー! アライさんはもっと役に立つのだ!」

「とりあえずこれで抜けるはずだから、改めてみんなで引っ張ってみよう」


 かばんちゃんはそう言い、フェネックちゃんが穴から出てくると、全員でバスを引っ張りました。

 誰も乗らなくともバスの重さはかなりあり、やはり大変でしたが、それでも今度はしっかり動き、ついにバスを地面から引き抜くことに成功しました。


【ヤッタヤッタ】

「やったのだ!」

「ふー、みんなお疲れ様」

「おつかれかばんちゃん、でも私そろそろ眠くなってきたよ……」

「アライさんも同じなのだ」

 サーバルちゃんとアライさんはお腹が満たされ、更に激しく身体を動かしたことによって急激な眠気に襲われました。そもそもみんないつもなら熟睡している時間です。


「じゃあもう今日はこのままばすで寝ちゃおっかー。みんな泥だらけだけど、身体洗うのは明日でいいよねー。実は私も眠いし」

 あくびまじりにフェネックちゃんは言いました。

 旅先に必ず寝床があるわけではありません。むしろ今回のようなケースは珍しく、4人はこの旅でほとんど車中泊をしていました。

 とはいえ、よほど寒かったり、雨が強かったりするエリアでなければ、温暖なジャパリパークではそれで何とかなったのです。


「せっかくだからイエイヌも一緒に寝ようよ。残ってるジャパリまんあげるからさ」

「それがいいのだ」

「え、でもそれは悪いんじゃ……」

 今度はイエイヌちゃんが遠慮します。

 それを今度はかばんちゃんが認めませんでした。


「イエイヌさんに泊めてもらったのに、僕たちも同じことが出来ないのは不公平ですよ。だから、ね?」

「……分かりました」


 そして今度は5人でバスの中で寝ることになりました。

 元々4人でぎりぎりだったのに5人で寝ると、かなりキツキツになります。さらに固い椅子は、イエイヌちゃんのベッドよりはるかに寝心地が悪かったのです。

 それでも寂しさを全く感じなかったよその夜は、イエイヌちゃんにとって忘れがたいものになりました……。


 そして翌日――。


 昨日は夜が遅かったので、三々五々起きた順からイエイヌちゃんの家のお風呂に入りにいき、再び全員バスの前に集まった時には、もう昼過ぎになっていました。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 イエイヌちゃんとかばんちゃんは黙って向かい合います。

 もう他の3人はバスに乗り込みました。ラッキービーストも【出発スルヨ】とかばんちゃんを急かします。

 ただ、かばんちゃんは、みんなといる時あれほど楽しそうだったイエイヌちゃんを見ていたら、このまま去っていいのか疑問に思うようになっていました。


 イエイヌちゃんはずっと1人で待ち続けているのです。


 それで寂しくないわけがありません。


「あの――」

「お願いしていいですか?」


 かばんちゃんの「一緒に行きませんか?」という言葉を遮るように、イエイヌちゃんは言いました。


「お願いですか?」

「はい。その、私は今までずっと1人であそこにいましたから、かばんさん達と一緒にいられてとても楽しかったです。でも、もしここで私がかばんさん達と一緒に行ってしまったら、それまで1人で待ち続けていた時間が無駄になってしまう気がするんです」

「・・・・・・」

 

 かばんちゃんは何も言えませんでした。

 涙を堪えて話しているイエイヌちゃんのために、黙って話を聞くことしか出来ませんでした。


「それにもしご主人様が帰ってきた時、家にだれもいなかったら、とっても悲しむと思うんです。だから私は残らなくちゃいけないんですけど、でもやっぱり独りは寂しくて、つい心が揺らいでしまうんです」

「イエイヌさん……」

「だからヒトのかばんさんが命令して下さい。ヒトの命令なら笑って受け入れられるんです!」


 意を決して言ったイエイヌちゃんの言葉に、かばんちゃんは胸が締め付けられそうになりました。

 けれど、そこまでの決意を込めていった言葉を、かばんちゃんも聞かないわけにははいかなかったのです。


「……何て言えばいえばいいんです?」


「おうちにおかえり、って言って下さい」


「・・・・・・」


 かばんちゃんは大きく息を吸いました。

 そして、イエイヌちゃんに負けないような精一杯の作り笑顔で、イエイヌちゃんに命令します。


「おうちにおかえり」


「はい!」


 イエイヌちゃんは元気よく答え、踵を返して家に向かって走っていきました。


 もう絶対に振り返らないように。


 泣いてる顔を見られないように。


 かばんちゃんはその背中が見えなくなるまで、涙を堪えてずっと見守っていました。


「イエイヌ行っちゃったねー」

 サーバルちゃんがかばんちゃんに話しかけます。

 まだ彼女には、かばんちゃんやイエイヌちゃんの複雑な気持ちを察することは出来ませんでした。


 ただ――。


「あれ、かばんちゃんどうしたの!? どこか痛いの!? 大丈夫!?」


 かばんちゃんの心の痛みだけは、サーバルちゃんにもしっかりと伝わりました。

 かばんちゃんは手の甲で流れ出しそうな涙をぬぐい、サーバルちゃんに笑いかけます。


「大丈夫だよ。ちょっと目にゴミが入っただけ。それじゃあみんな行こうか!」


 またいつか必ずここに戻って来よう――。


 そう思いながらかばんちゃんは言いました。


 やがてバスは再び動き出します。


 これからいったいどんな出会いとそして別れがあるのでしょうか。


 それはまた別のお話――。

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いえてき けものフレンズ大好き @zvonimir1968

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