そういうモノ

影宮

第1話

「あんた本っ当に悪趣味だよね。人間様らしいわ。」

 忍はハッと息を短く吐き出して嫌悪を全開に表す。

 その表情は豊かで感情というものを隠そうという気もなく晒している。

 負の感情だけは、ぶつけてやろうというその態度。

「悪趣味なのはお前の方だろ。彼奴の目が好きだとか言ったよなァ?」

 ニタニタと意地の悪い笑みを貼り付けて煙管を片手に三日月を堪能している。

 忍が敵であるというのにここに現れた理由といえば我が主の文をつい先程無礼にも投げ付けるだけのお仕事のためで、あとは返事の文を頂戴すれば帰るだけなのだ。

 それだというのに、返事は今書かないというのだから待たねばなるまい。

 なんとも面倒な。

「そりゃぁねぇ?あんたと違ってお綺麗な目をしてらっしゃるもんですからァ?」

 この相手だけは本当に悪い。

 どうも沸点が低くなってしまうのだ。

 返答だって貶し挑発さて如何?とこれでもかと不愉快を見せつけてくる。

 ピリピリとした空気もそっと吹き込む夜風ではどうしようも出来ないらしい。

 ただ、忍にだって少しの配慮は出来る。

 いくら嫌いな相手だとしても、こんな真夜中に主の頼みとはいえ文を持ってきてしまったのだ。

 返事が遅くとも仕方がない。

 だから急かすということは夜の間はしないでおこう。

 さらにこんな真夜中なのだから、此奴は兎も角他の者を起こしては失礼であろうし、声は控えておこう。

 そして、忍といえども一応は遣いで来ている客人ではある。

 相手が無防備であるからには此方も相手を警戒させてはいけないだろう武器は最低限にして、尚且つここに留まる間は此奴の護衛でもしてやらないと。

 そんな忍の一瞬の思いさえこの者はよくわかっている。

 無礼な態度であっても、よく自分の立場はわかっているし、最低限のことはするし、いざとなれば敵であってもその身を盾にする気でいるのでさえ今に始まったことではない。

 この忍はどこまで行っても、忍だ。

 そして、感情だけでは物事を判断しないのだ。

 嫌われていることはわかっているが、逆に此方は気に入っている。

 腕のいい忍だとも有名であるのだし、気が利く。

 だからこそ奪ってやりたくもなるし、さっさとこの忍の主を討ち、我がモノにしておきたい。

 しかし、もし、そうしたとしてもこの忍は此方を殺しにくるだろうし、あの武家からは離れないのであろう。

 残念ながら、同盟を繋ぐことでしかこの忍を使うことは許されないのである。

 非常に残念だ。

「お前を彼奴の忍にしておくままってのも、勿体無ぇなァ。」

 そうわざと言ってやれば心底不愉快そうに目を細める。

 そして見下すのではなく、見下ろして答えるのだ。

「安心しな。いつかはまた主が入れ替わるんだ。あんたの言うように勿体無いお方様だけど、次はどうだか。」

 珍しく自分の主を少し貶して笑った。

 どうしたってその武家の中での話で完結させやがるのだ。

 自分が産まれた武家が忍の仕える武家であったなら、天下はもうすぐそこかもしれなかった。

 忍は天下に興味はない。

 だから妨害や支えにはなっても、天下を取ろうとはしない。

「お前が武士じゃなくて良かったわ。」

 それにはキョトンとした顔をしたが、すぐにクツクツと喉で笑う。

「同感だね。こちとらが武士だったら今頃、こちとらはあんたに仕えてただろうからね。」

 貶されたことにはわかったが、何故そうなるのかは察することが出来ない。

「どういう意味だ?」

 眉間にシワを寄せて問い返すも、忍は今まで保っていた姿勢を崩すだけで目をそらしやがる。

「おい。」

 煙管を下げれば、ニタリと笑む。

「あんたなら、こんな武士くらい捕まえるの、得意でしょ?」

 そして立ち上がって三日月を遮る。

 月明かりを閉じて、振り返った。

「こんなこた言いたかないけど、忍か武士か、使うに長けてるのはうちの武家とあんたの武家の二択なんだよ。」

 見上げるように忍を見つめる。

 何故、外の風景さえ遮断し、そのような言葉を垂れ流そうとするのか、意味がわからない。

 蝋燭をふっと息で消して暗闇を作り出される。

 何がしたい?

「天下に興味が無いわけじゃぁない。ただ、天下を取るのはこちとらじゃないってだけのことで。」

 赤い目だけが不気味に見える。

 それだけを頼りに、時が止まった感覚に陥るのでさえ止められないまま。

 静かな空間がやがて、左右前後を失わせていくのだ。

「もし、こちとらが死んで生まれ変わった時、あんたがまだ生きてたなら、あんたのモノになってやってもいいよ。」

 死ぬ気もないくせに。

 生まれ変わった後なんて、生きてるわけが無いことを知ってくせに。

「なる気がないくせに言うなよ。」

「あんたがこちとらを見つけて引き入れてくれさえすれば、武士としてあんたに仕えるさ。」

 期待するような声でもない。

 わかりきった未来。

 ただの言葉遊び。

 それでもそういうのなら、願望として悪くは無い。

 孫でもいい。

 忍が武士になった時に、同じ考えさえ持って此奴を見つけて、引き入れてくれれば。

「まぁ、こちとらは我が主が天下を取る様を拝むまでは、忍でいるつもりだけどね。」

 そうして、欲を遠ざけていく。

 忍は武士には成らないだろう。

 この忍は忍でいることに満足している。

 そして、武士を貶して笑う。

 此奴はその目で正しく判断する。

 見極めて、答えを出したそれは間違いはない。

 武士であったのならば、確かに此処にたのであろう。

「人間様にゃぁ、成れなくていいのさ。忍は何処まで行っても忍だよ。」

 溜め息混じりにそう言った。

「お前が武士だったら良かったな。」

「ハッ、ご冗談を。まぁ…、あんた様が主なのも、悪かない。」

 忍は悪戯に笑んだらしい、目が笑っている。

 まったく、懐かない奴だ。

 主に扱われる忍でなく、主を扱う忍である此奴は、常識外れ。

 その優れた腕を望む手は数多、だが恐れる目も数多。

 此奴が気を少し変えてみただけで傾く世の中。

 その手の手綱を幾つある?

「笑えねぇ。」

「嗚呼、同感だね。」

 クックックと喉で笑う声が聞こえた。

 鶯なら良かった。

 此奴は烏だ。

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そういうモノ 影宮 @yagami_kagemiya

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