雲がくれにし 夜半の月かな

新巻へもん

旅の便り

 暑い。死ぬ。

 今は午後3時。一番暑い時間帯で路上に人影もない。


 夏期講習からの帰り道、俺は照り付ける太陽に焦がされて死にそうだった。くそ。こんなことなら夕方からの時間になる来週の講座に申し込めば良かったかな、とぼうっとする頭で考える。まあこの期間じゃないとな。


 ** 


 だらだらとミキとカードゲームで遊んで夏休みを迎えた俺は通知表を受け取って、少しだけ考えた。ちと、まずいな。世界史はいい。数学もまあまあ。しかし残りは……。英語はThis is a penが分かるぐらいだ。てかさ、こんなの分かっても使い道なくね?


 俺と違って、週3は塾に通っているミキの通知表を見せてもらったら卒倒した。10段階評価って8以下はつかないんだっけ? まあ、頭の出来の差は歴然としているから当然ちゃ、当然なんだけど、ちょっとな。


 このままだと確実にミキは俺の手の届かない所に行ってしまう。幼馴染という地位に甘えすぎた。漠然と将来のことを考えると特に秀でたところも無い俺は、大多数の進むルートを選択するのがベターだと思う。つまり大学に行き、どっかに新卒で潜り込むというルートだ。稼がないと食えないからな。結婚もできん。


 一応、できればミキと同じ大学に行けたらいいな、なんて甘っちょろい考えでいたがこれでは無理だ。あいつ超難関校でも入れるんじゃないか。これはマズい。本格的にマズい。ということで遅ればせながら夏期講習に行くことにした。自発的に勉強を始めると言った俺を母は珍獣でも見つけたような顔をしてみた。


「あら。一体どうしたの?」

「いやあ。学校ない時ぐらいちょっとね。こういうの無いと俺まったくやりそうにないし。ペースメーカーみたいなもん?」


 それでも母親は俺の気が変わらないうちにとすぐに夏期講習のパンフを取り出してきた。むむ。敵もやる。とっくに準備してやがった。それで、選んだのがミキが家族で旅行するとかいう時期に合わせた講習だ。


 ミキは帰省を兼ねての関西方面への旅行とかで1週間ちょっと不在にしている。こんなに長い間アイツに合わないのは久しぶりだ。まあ、中学の時は結構離れてたんだけどな。高校で再開してからは、3日会わないことはまずない。そして、猛烈に会いたかった。


 もちろん、メールやSNSではつながっている。電話だってかければ、いつもの声で今日はどこへ行っただの、こっちも暑いよ、えげつなーだの、そういったセリフを聞くこともできる。でも、それだけじゃ物足りない。


 **


 もう死ぬ。という間際で自宅マンションにたどり着く。ロビーは空調が効いていて生き返った。一応郵便受けを覗く。どうせDMやチラシの類しか入っていないだろうという予測は裏切られた。ちょっと厚手の紙が手に触れる。取り出して見ると綺麗な筆跡の文字が並んでいた。俺宛だ。


 ひっくり返すと赤と青の色が鮮やかなガラス製品の写真が映っていた。そこに添えられたThis is a pen!の大きな文字。差出人は書いてない。でも、このTの字の右肩上がり具合には見覚えがある。というか、今時、絵葉書を俺に送ってくる相手なんてアイツしかいない。


 俺はその字に指を走らせ、葉書に顔を寄せる。インクの香りに混じってほのかなアイツの香りがするような気がした。まあ、そんなはずはないのだけど。でもちょっとだけ気持ちが和らいだ。


 隅の方には、メッセージも書き添えてあった。

『お土産買ったからね。お楽しみに。帰ったら勝負だ‼』

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