ペンと紙と才能と

へんさ34

ペンと紙と才能と

 紙とペンと才能と


 僕は 高校受験に失敗した。

 自分自身はそんなこと全く気にしていなかったのだが、周りの人たちはやたらに優しく慰めてくれた。

「陽くんには絵があるものね」

 塾の先生は、

「お前は絵しかかけないものなぁ」

 と呆れながら笑っていた。

 美術の先生は、僕には才能がある、と言って何故か嬉しそうに笑っていた。


 僕には誰の言葉も理解できなかった。

 僕は描きたいモノを描いていただけだ。勝手にコンテストとやらに出品したのはそっちじゃないか。

 頭の中に、描きたいモノが、人が、風景が、次から次へと浮かんでくる。ペンを手に取り、紙にむかう。ただそれだけ。

 描くことこそ重要で、結果的にできあがった作品モノなどどうでも良い。そんなのこかすを指さして「才能だ」などと言われても、ただただ困惑するしかなかった。


 しかし、それを人に話して理解を得られた事は無かった。

 ただ一人を除いては。


 なぜ彼と親しくなったのかは、もう覚えていない。

 ただ、幼い頃に共にペンを握り、紙に向かっていた事は克明に覚えている。確かあれは、幼稚園のお遊戯室だ。他の男の子は皆外へ飛び出していき、周りはおままごとを楽しむ女の子ばかりだった。

 互いに唯一の同性だ。仲良くなるのは必然だったのだろう。

 僕は絵を描き込み、彼は書き込んだ。

 お互い何をやっているかは全くわからなかったが、それでも盛り上がっていた。

 関係は小学校に上がっても、中学生になっても続いた。

 二人で集まりペンを手に取って紙と向き合う。

 終わりに自分が何をやっていたのか教え合う。

 サッパリわからないが、なんとなく満足して解散する。


 しかし、そんな日々も終わりを迎えようとしていた。

 数学をはじめ勉学全般で秀でた彼とお絵描きしかしない自分が、同じ高校に受かるはずもない。彼は県内で一番偏差値の高い高校に進学が決まっていた。


「俺、明日入学式なんだよね」

 彼は顔も上げずに呟いた。彼なりの別れの言葉だと悟った。

「そうか、進学校は早いな。僕はしあさってだよ」

 そのとき、ふと彼に聞いてみたくなった。共に過ごした彼なら、他人とは別格の彼なら、あるいは答えを知っているかも、と思ったのだ。

「なぁ、才能ってなんだと思う?」

 彼は一瞬手を止める。

「自覚がなくても光る能力、じゃないかな」

「どういうこと?」

「お前の絵は、素人目に見ても上手い。真に迫っているようでいて、どこか幻想的。俺にはそう見える。でも、お前から見たらどこが良いのかさっぱりわからない。百人のうち百人が褒めても、お前にはうそくさく聞こえる。そういう、自覚なくできてしまうのが才能だろうな」

 言い終えると、再び紙に向かって行った。

「じゃあ、君は数学の才能があるわけだ」

「いいや、俺はただ数学が好きなだけだな。努力、環境、生まれつきの特性――いずれにせよ、他人より自分が秀でている理由がわかってしまった時点で、才能の限界なんだよ」

 彼は寂しそうに笑った。

「それじゃあ、才能を自覚した時点で才能の限界じゃないか」

「そうだな。だから才能のなんたるやがわからないお前は、まだまだ伸びるんだろうな」



 十年後、駅前で偶然に彼と再会した。成人式以来だった。

「飲みに行こうぜ」

 特に用事も無かったので、ついていくことにした


「お前、絵を描いて飯食ってんのか、すげぇな」

 彼はグラスをあおると、カウンターに向かっておかわり、と叫んだ。

「依頼受けたり、たまに個展開いたりね。最近、ようやくちょっとした贅沢ができるようになったな」

「俺なんてただのサラリーマンだぜ。忙しくてろくすっぽ机にむかえねぇ」

 顔が赤い。明らかに酔っていた。

「しかし、お前の才能はやっぱり格別だったんだなぁ」

 格別な才能。最近、才能が何かを理解し始めていた。

 そして、それが自分の内にあることも。

「才能の度合いなんて、気にすることじゃないさ。楽しけりゃそれでいい」

 言い聞かせるように呟く。

 景気づけにグラスをあおる。ビールの苦みが、じんわりと染み渡った。

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ペンと紙と才能と へんさ34 @badora-

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