第20話 東の勇者

 目覚めたオレは知らない場所にいた。

 部屋の作りからすると病院か?

 長く眠っていたせいか喉が酷く渇き、声も上手く出せねー。

 体に痛みはねーけど右手に違和感があるな……


 ゆっくりと起き上がると、エレナがオレのベッドに突っ伏して寝ていた。

 もしかしたら交代でオレに付き添っててくれたのかもしれねーな。

 お前らも頑張ったんだから休んでりゃいいのに。


 オレが起き上がった事でベッドが軋んでエレナを起こしてしまった。


「あ…… 勇飛…… 勇飛ー!!」


 うおっ!?

 なんだ?

 泣きながらエレナが抱き着いて来た。


「エ…… レ…… カフッ、ゴホッ」


 上手く喋れなかった。

 喉も渇き過ぎると喋る事もできねーんだな。

 オレが咳き込んだのを見てエレナは水を持って来てくれて、それをゆっくりと飲んで喉を潤した。




「なあ、オレはどれくらい寝てた?」


 ナスカ達も起こして来ると言うエレナを引き止めて、オレが寝ている間の話を聞いた。

 朝とはいえまだ薄暗いし起こしたら可哀想だしな。


 オレが寝てたのは五日間でここは王国の魔法医院らしい。

 エルリーとマルロの魔力が尽きて、回復の継続が出来ないからって事でオレと他重傷者は王国に運ばれたそあだ。


 あの化け物を倒したオレは他の冒険者に回復魔法を掛けながら気を失ってたそうだ。

 あいつらはオレが回復魔法を掛け始めた時にはすでに死んでいただろうってのがエルリーの診断だ。

 何とか救いたいと思ったけど無理だったのか……


 エレナとナスカは戦闘が終わった日の夜中には目が覚めて、カインはその翌日に朝に起きたらしい。

 三人とも魔力と体力が尽きただけで怪我も大した事はなかったそうだ。


 あの戦いの被害者は…… 戦死者は十九人と負傷者が十三人。

 オレが救えたのはそのうちのたった二人。

 ヒーラーとしては失格だな。

 負傷者も重傷な者以外は回復してまた冒険者として活動を再開してるらしいが、重傷な奴はまだ意識が戻ってないらしい。

 オレの魔法なら目覚めさせてやれるかもしれねーし後で行ってみよう。


 他の奴心配してたらエレナに怒られた。

 なんかオレの怪我も重傷どころか死んでないだけで、一番回復に時間が掛かったらしい。

 全身グチャグチャだったらしくて事細かに説明してくれたけど飯が不味くなるからやめてほしかった。

 っつかエレナはよく覚えてんなと感心した。

 オレの骨が折れて突き出た左腕は回復だけで治ったけど右腕は全快しなかったらしい。

 違和感があると思ったらそういう事か。

 右腕に魔力を集中しながら回復魔法、自己復元をしながらエレナと話しを続けた。


 戦死者達は役所の職員達、その家族達に丁重に葬られて、近々役所の横に慰霊碑が建てられるそうだ。

 死んでいったあいつらの家族にどんな顔して会えばいいんだろうな……


 それと街の方は現在王国からの救援隊を派遣してもらって復旧作業をしているらしい。

 あの化け物は街の冒険者全員掛かりで魔石に還したそうだけどとんでもねー巨大な魔石だったそうだ。

 オークの死骸は街の人達全員で魔石に還して回収したら三百五十個にもなったそうだ。

 オレの目算誤り過ぎじゃね?

 でも暗かったし見えたのは二百体くれーだと思ったんだよ。


 オレの知ってる街の人達は怪我もなく無事だそうだし、とりあえず今はデンゼルの街も復興中らしい。




 日が昇って外が明るくなってきたところでナスカとカインを起こしてもらった。

 ナスカだけじゃなくカインまで抱き着いてくるのはどうかと思った。

 まあ心配してくれてたんだろうし悪い気はしねーけどな。

 なによりこいつらが無事で良かった。


「お前ら怪我は治ったか?」


「治ってないのは勇飛だけだ!」


「お、おう。まじか」


 もう治ったっぽいけどな。

 巻かれた包帯を取るとツヤツヤのオレの右腕が……


「うおっ! くさっ!!」


「気持ち悪ーーーい!!」


「何で今取ったんだ!!」


「あれだけ酷い火傷ならね…… うっ、臭い」


 包帯の下の布が水泡の潰れた汁を吸っていてすっげー臭いがした。

 速攻で洗い流して綺麗にしたけど。


「あー、びっくりした。それより風呂入りてーな。戦闘の後体は…… 拭いてくれてたみたいだけど」


 頭とか痒い。

 ここが王国ならこの前泊まってた宿とって風呂入りたいな。




 その後この魔法医院の医師に診てもらって、オレがヒーラーだって事で即退院となった。


 他のまだ意識が戻らない冒険者仲間のとこに寄って、そいつらのパーティーメンバーにもオレが目覚めた事を喜んでもらえた。

 ただ目を覚まさない仲間に落胆してたけど、オレの魔法はやっぱ効果があった。

 意識を取り戻したら涙を流して仲間と生きてる事を喜び合ってた。


 ランスロットやマイナもまだ意識は戻っていないらしくて入院中。

 ランスロットのとこはパーティーメンバーを二人失ったらしくて一人だけ付き添ってた。

 意識を取り戻してもただただ泣き続けるだけだったな。


 マイナのとこも一人仲間を失ったそうだ。

 目を覚ましたマイナは仲間と抱き合って、生き残った喜びよりも仲間を失った悲しみの方が大きいらしい。

 涙を流しながら震えていた。


 やっぱ知ってる奴が死ぬのは辛いよな……






 またこの前まで世話になってた宿に泊まる事にして、風呂入ってから役所に行った。

 ちなみにオレの装備は結構ボロくなってたらしくて、ナスカ達が同じ物を買って来てあったからそれを着た。


 宿泊場所を知らせる為だけに行ったんだけど、所長室に呼ばれて促されるままソファに座る。


「はじめまして、クイースト王国東区役所所長のバラガンだ。月華の竜の噂は以前から聞いていたよ。そして今回のオーク亜種。オーク・ギガンテスの討伐をした君達に敬意を表したい」


「オーク・ギガンテスね…… で? 要件はなんだ?」


 なんだろ。

 デンゼルの奴じゃねーからかな。

 あの化け物の話しされると頭にくるのは……


「配慮が欠けていたようですまないね。実は国王様が今回の件で君達にお会いしたいそうなんだ。デンゼルでの戦闘は魔石によって全て記録されている。もしもの場合に備えて全ての街に設置してあるんだよ」


「それを国王様が見たって事か?」


「そうだね。そして君達に会いたいと言っている。内容が内容だけに褒賞も与えられるだろう」


「オレ達は冒険者だ。金なら受け取る」


「…… そうか。では謁見できるよう手配しておくよ。追って宿の方に連絡するからゆっくりと休んでいてくれ」


 所長室を出ると視線がオレ達に集まった。

 ほとんどの奴が少しは話した事はあるんだけど、誰も話し掛けて来ないし目が合うと逸らしてく。

 まあいいや、宿に戻ろう。




 宿に戻る途中、腹が減ってる事に気が付いた。

 病み上がりだし近場でって思って、前に行った酒場でちょっと早めの昼食を摂った。

 この店の人気メニューを頼んだけど全然美味くはなかった。




 宿に戻ってゆっくり休んで夕食は宿で摂ったけど、ここの飯も全然美味くない。

 なんつーか肉も野菜もスープも血生臭く感じる。

 なんか何食っても不味いのはオレの体調が戻ってねーのかも。

 もういいや、食うだけ食ったし寝よ。






 翌朝には役所の職員が来て、午前中には王宮から使者が迎えに来るって告げて帰って行った。


 んで使者が来て……


 案内されるまま着いて行って……


 気がつけば王宮の国王様の前。

 片膝をついて王に跪く。


「よく来たな、月華の竜よ。私はクイースト王国国王、シダー=クイーストだ。デンゼルでのオーク・ギガンテス討伐の記録を見せてもらった。あれ程の魔獣を其方ら四人で戦い、勝利を収めるとはな。其方らの素晴らしい働きに敬意を表し、称号と褒賞を授けようと思う。称号は【東の勇者】とするがどうだろう」


「はっ! ありがたき幸せ」


「「ありがとうございます」」


 カインに続き、ナスカとエレナが続く。

 目の前に大金が入った上等な布袋が運ばれてくる。


「今は我が国も財政難でな。少ないが8千万リラある。受け取ってくれ」


「待てよ。オレは称号も褒賞も何もいらねー。称号は死んでいったデンゼルの冒険者達に、褒賞金はデンゼルの復興に当ててやってくれよ。オレ達はクエストを受けたにもかかわらず多大な被害を出しちまった。死人も多く出した…… 受け取る資格なんかねーよ」


「ふむ、その顔はそのせいか。其方がそう言うのであればそうしよう。もう行っていいぞ」


 オレ達は立ち上がり、振り返って歩き出す。

 失礼な態度をとったのはわかるけど、やっぱりデンゼルでの戦闘を他の奴に言われるのは頭にくる。

 それが例え国王だったとしても。




「月華の竜、待つっすよ」


 振り返るとガシャガシャと金属音を鳴らして近付いてくる銀の鎧を着た騎士が四人。

 一人だけ若そうだが紺紫の鎧を着た騎士もいる。

 その背後には白いローブを着た魔術師が三人。


 王宮内にいた騎士や魔術師…… 聖騎士と魔導師か。


「なんか用か?」


「今回は君達の心中を察してあの場では何も言わなかったんすけどね、今後は国王様に対する態度を改めてもらうっすよ」


「ああ、悪い。今後は気をつけるわ。国王様にも謝っといてくれ」


 まあ相手は国王様であるのにもかかわらずオレの態度が悪かったのは事実だ。


「思ったより素直っすね。ところで何をそんなに苛ついてるんすか? それは誰に対する苛立ちなんすかね?」


「ああ? 別に苛ついてるわけじゃねーよ」


「自分の顔を見たら苛ついてるってわかるっすよ」


 何言ってんだこいつ。

 ナスカ達だってオレが苛ついてるとは思ってねーだろ。


「勇飛。君はすごく怒ってるよ。昨日デンゼルの人達を目覚めさせてからね」


 カインにもそう見えるのか…… 今どんな顔してんだろオレ。

 他の奴らもオレから目線逸らすのはそのせいか。




「勇飛君、だったかな。苛つきついでにオレの憂さ晴らしに付き合ってくれないっすかね。こっちも聖騎士長になったばかりでストレス溜まってんすよ」


 こいつ聖騎士長だったのか。

 随分若いし…… オレより少し上くらいか?


「いいぜ。一応名乗っとくわ。鈴谷勇飛、迷い人で冒険者だ」


「オレはクイースト王国聖騎士長ヴォッヂっす。この前までは大魔導師の地帝だったんすけどね、前の聖騎士長様が辞任しちゃったもんすからオレがその後任に着いたってわけっす」


 ………………



 …………



 ……




 そんなわけでオレは聖騎士長のヴォッヂさんと殴り合った。

 あの人聖騎士長になったばかり、そのうえ武器使うはずなのに素手で挑んで来やがった。

 オレはガントレットとレガース付けてたけどあの人も憂さ晴らしって言ってたし、爆破は無しで殴り合った。

 あれが本当の喧嘩って奴なのかもしれねーな。

 全力で殴ったしヴォッヂさんの拳もすっげー痛かった。

 強化だけの拳があんなに痛えなんて思わなかったな。


 そんで殴りながらあの人はこの国の現状を話してくれた。


 実はクイースト王国の貴族のうち三割くらいが処刑されたらしい。

 そのきっかけを作ったのがあのクリムゾンの首領で緋咲って人なんだけど、奴隷制度の撤廃と奴隷に対して非道な真似をしてきた貴族や金持ち共を粛清したんだと。

 さすがに一般人が貴族を殺すわけにはいかないからってんで、調査と監視から悪事を暴いて、国王の命令で爵位と邸を取り上げ、取り潰しとしたらしい。

 その中には聖騎士と大魔導師合わせて四人も入っていて、記録の魔石を見たらしいけど言葉にするのも憚られるような残虐な事をしてたそうだ。

 聖騎士、大魔導師は前聖騎士長の命令により処刑。

 他の貴族達も同様に国王の命令によって全員処刑となったそうだ。


 その後、前聖騎士長はヴォッヂさんを指名して辞任。

 仲良くしていたはずの聖騎士、大魔導師の仲間が裏ではそんな事をしていた事に絶望したそうだ。

 苛立ちが高まるものの仕事に追われる毎日で、腐ったこの国を再生するのは大変らしい。

 ストレス溜まりまくってるとこにオレが王宮にやってきたから喧嘩売ったんだと。


 まあそこまではヴォッヂさんの話で、オレは自分の事を話さなかったから質問された。

 なんでそんなに苛ついてるのかって。

 オレも自分でもよくわかんねーけど確かに苛ついてたんだよ。

 冒険者仲間が多く死んじまって悲しいのもある。

 オレがもっと早く街に帰ってたら、オレがあの化け物を早く見つけてたら、オレがもっとオークを減らせてたら被害は出なかった。

 被害はもっと少なかったかもしれない。

 そんな今更どうしようもねー言葉をぶつけながらヴォッヂさんを殴り付けてた。


 けどその後返ってきた拳、言葉は効いたな。

 冒険者仲間を侮辱すんじゃねーってさ。

 あいつらは誇りを持って戦った。

 覚悟を決めて戦った。

 生き残る為に必死で戦った。

 お前だって仲間を守る為に命掛けたんだろって。

 あいつらもお前と同じ気持ちで戦ったんだって。

 たまたま生き残った奴が死んだ奴らの誇りを汚すんじゃねーって言われちまった。


 もう殴り返せねーじゃん。


 両手を広げて大の字に地面に転がった。




 オレを見下ろしたヴォッヂさん。

 オレが殴ったせいで顔がボコボコだな。


「仲間の死を悲しんだら、今度は生き残った自分を誇れ! 生き残った仲間と勝利を祝え! そしたら君はもっと強くなるっすよ」


「ああ…… 負けたよ。でもスッキリした。ありがとうヴォッヂさん」


 この人かっこいいわ。

 完全にオレの負けだな。


 寝転がりながら自動回復で自分の体を、範囲魔法でヴォッヂさんも回復した。


「デンゼルの復興が終わったらまた王国来るからさ、そん時一緒に飲みに連れてってくれよ」


「そっすね。またオレの愚痴を聞いてもらわないといけないっすからねー」


「誰が愚痴聞くって言ったよ。ヴォッヂさんの奢りで飲みに連れてってくれって話だよ!」


「本気でやり合った仲だし友達っすからね。楽しい店に連れてくっすよ!」


「よっしゃ! 楽しみにしてる!」


 聖騎士長と友人になるって凄くね!?




 起き上がってナスカ達を見たら笑顔が返ってきた。

 オレの顔も戻ったのか?

 よし、この際だ。


「ナスカ、エレナ、カイン。生きててくれてありがとう。それと迷惑かけてごめんな」


「「それはこっちのセリフだ(よ)!」」


「迷惑かけるのはいつもの事でしょ」


 やっぱうちのパーティーは最高だ!

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