第10話 道を聞きたいんですけど

 スフレたちは翌日の便で王都に帰るらしい。


 俺的にもトラブルも回避できたことで、これで問題なく王都へとたどり着くことができる――と安心したのもつかの間、俺が港町から出る船に乗れたのはそれから三日ほど遅れることになった。


 クローツ教の機転のおかげで騒然としていた空気はあっという間に一掃されて、霊峰の反対側へと向かう定期便はすぐに復旧して翌日から運行されることになったんだ。


 でも、いざチケットを取ろうと思ったらこれがなかなか取れなかった。スフレたちはそういうのに慣れてたんだろうなあ。


 なんでも巨大イカの出現が確認されたのが俺が港町にたどり着く三日前のことで、それ以降は海が危険すぎて定期便を出すことが出来なかったらしい。


 だからこの町で足止めされた人も多かったとのことだった。


 そこでようやく嫌な予感がして宿の確保に走り、ギリギリ滑り込みセーフで宿の確保ができた。例の騒ぎで逃げてキャンセルした人が結構居たらしいけど、それでも部屋が埋まるのはあっという間だった。もう少し遅かったら外で寝ないといけないところだったかもしれない。


 まあ、そんな苦労もこうやって王都にたどり着くことが出来た今になってしまえば、すぐにいい思い出に変わってくれるだろう。


 ……いや、あの海が割れた件に関してだけは都合の悪い部分は是非とも忘れさせてほしい。


 初めて見る王都の町並みはさすがは国の中枢なだけあって、人も多ければ物も多い。もちろん建物なんてものすごく多い。


 さすがに日本の大都市に比べれば高層マンションなんて無いし、ビルとかもないから人工の密集具合は日本のそれには遠く及ばない。


 でも、市場とかの活気のある賑やかさは日本では到底お目にかかることは出来ないくらいに見えた。


「とりあえず、お腹が空いたからどこかで飯でも食べたいな……」


 初めて王都で食べる食事だから美味しいものが食べたいけど、この町のことはなんにも知らないんだよなあ。


「あー、そういえば港町で会った女の子がごちそうしてくれるって言ってたっけ」


 お金に関してはまだ多少の余裕はあるけどお金は節約できるし、何よりタダ飯をいただけるというのなら断る理由はない。


 ――ところで、その精霊達の木漏れ日亭ってのは何処にあるんですかね?


 もう俺のお腹は鳴っているよ?


 まったく土地勘のない町、それもこの国随一の大都市で一軒の飲食店をヒントなしに見つけるとか、無理ゲーじゃないか?


 こういう都会だと、下手に道を聞いて田舎者ってことがバレてしまうと、ここぞとばかりに騙されてぼったくられてもおかしくない。


 ……よし、店探しはまた今度にしよう。まずは適当に腹ごなしをして、本来の目的である騎士団への入隊を優先しないとな。


       ◇◇◇


 さすがに王都ともなれば飲食店の数もなかなかのもので、どこの店に入ろうか迷うくらいには選択肢が多かった。


 そんな中で選んだのはそこそこ客入りもよく見えた店だった。


「結構お高かったけど、味はそこそこだったなあ。これなら村のご飯のほうが美味しかったよ」


 食べ終わってはじめに出た感想はこれだった。村の食事に比べれば使っている調味料の数も多かったけど、値段相応かと言われればそれほど美味しいとは思えなかった。


 料理の素人な俺が言うのはおかしいかもしれないけど、調味料を使うっていうよりも調味料に使われてるって感じかな。


 隣のテーブルで料理漫画に出てきそうな美食家風な人が喜んで食べてたけど、王都でこれってことは、この辺がこの異世界の料理の限界なのかなあ。ちょっと物足りない。


 まあ料理の話は置いておくとして、お腹のほうはバッチリ回復したのでひとまずはこの旅路の目的である騎士団の建物を目指すことにする。


 そうと決まればやることは一つ。


「すみません、ちょっと道を聞きたいんですけど?」

「えっ、お客さんここは案内所じゃないですよ」


 俺が道を訪ねたのは……、この店の店員さんだ。


 外を行き交う人たちとは違って、店の従業員さんは身元に関しては安心できるはずだ。まさか、客に嘘の道を教えるなんてことはないだろう。


「そこをなんとか……。実は今日この町に着いたばかりで道がわからないんですよ」

「ああ、旅人さんか。あまり店や料理に驚いている様子がなかったんで、てっきり王都出身の人かと……。確かに慣れていない人にはちょっと厳しいかもしれませんね」


 まあ、現代日本の都会を知っているからね。


「うーん、仕方ないですね。それじゃあ、食後のデザートを注文してくれたら良いですよ」

「あはは、商売上手ですね。じゃあ、このおすすめをください」

「はーい。ちょっと待っててくださいね。オーダー入りまーす!」


 店員の女の子が一つウインクをしてから嬉しそうに奥に向かって声をあげる。薄っすらと見えるそばかすが表情に似合っていて可愛らしい子だ。


「それで、騎士団でしたか? もしかして、なにか悪いことでもしたんですか?」

「そんなわけないじゃないですか、実は騎士団に入隊しようと思ってるんですよ」

「へえ、そうなんですか! すごいですね。まだお若いのに見かけによらず強かったりするんですね」


 実戦経験が皆無だから実際に強いのかどうかはさっぱりわからないけど、海なら割ったことあるよ? さすがに言わないけど。


「そうですか、ちなみにどの騎士団ですか?」

「えっ、騎士団っていくつもあるの!?」

「そりゃあもちろんありますよ。ここは王都ですよ?」


 そ、そうなんだ……。


 あれ、レーヤ司祭が書いてくれた推薦状はどこの騎士団に持っていけば良いんだ?


 お父さんはその辺りのことは何も言ってなかったけど……、もしかして俺に言うのを忘れてた?


「ど、どこに行けば良いんだろう?」

「ええ、それはさすがに知りませんよぉ」

「デスヨネー」


 このまま悩んでたら、せっかくデザートで引き止めた店員さんがテーブルを離れてしまいそうだ。どうしたものか……、あっ!?


「英雄ニストレムが所属していたのって、確か第三騎士団で良かったですよね?」

「また古い話を持ち出して来ましたね……。ええ、確か第三騎士団で良かったと思います。でも、ここ最近の第三騎士団はおとぎ話にあるようなところじゃないですよ?」

「そ、そうなんですか? あー、でもそれで構わないです。第三騎士団の場所を教えていただけますか?」


 吟遊詩人の詠う英雄譚に憧れた身としては、それでもやっぱり惹かれてしまうのは仕方がないよね?

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