第9話 恩恵がすごいだけだよ

 驚いて広場を覗き込むと、女の子もつられて広場の方を見る。皆の視線が一つの方向へと向かっていた。広場に面した教会らしき建物のバルコニーだ。


 そのバルコニーには豪華な法衣をまとった老齢の男性が立っていた。


「おお、大司祭様だ!」

「なんでこんなところに!? 王都に居るんじゃなかったのか?」

「近海を荒らす海王エルクラーケンは天罰によって滅びました。クローツ様は常に敬虔な信者であるあなた方を見ております。皆、安心して日々を暮らしなさい」

「ああ大司祭様、それは本当ですか!?」


 その後も大司祭様の巧みな誘導によって、広場に生まれた小さな興奮は次第に広場全体へ、そしてに港町全体へと広がっていく。


「ええっ、それって酷くない!? 討伐したの君でしょ?」

「ちょ、声大きいって!」


 慌てて女の子の口を抑えながら広場の方を見る。


 ……良かった。広場が騒がしくなったおかげで、ここからの声は誰の耳にも届かなかったみたいだ。


「せっかく大司祭様が穏便におさめようとしてくれているんだから、ね?」


 女の子はちょっと納得がいかないみたいだけど、せっかく教会が責任を負ってくれるっていうんだから願ったり叶ったりだ。


 神様の天罰ならあれだけ派手にやらかした理由としてもおかしくはないし、漁船が壊れてしまった人たちへの補償もクローツ教がなんとかしてくれるに違いない。


 ちょっとずるいかもしれないけど、これに乗らない手はない!


「まあ、君がそれで良いって言うなら良いんだけど……」

「問題ない。もちろん問題ないよ」


 分不相応な力を手に入れた自覚はあるし、あの巨大イカだって狙ってぶった切ったわけじゃない。


 今回の巨大イカ騒動も、もしかしたら他の神やクローツ様の従属神が引き起こした可能性もあるし……。


 少なくとも今回のことで俺は名乗り出るつもりはない。それなら他の何かに横取りされるよりは、絶賛死亡中のクローツ様の手助けになるのなら願ったり叶ったりだ。


「ねえ、興味本位の質問なんだけど……。あっ、その前に名前聞いてなかったわ。私の名前はスフレ。君は?」

「え、ライトだけど……」

「ふーん、ライトか」

「なにかおかしかった?」


 意味ありげに目を細めてこちらを見る。


「ううん、なんでもないわ。ところで、さっきのすごい剣はどうやったの?」

「う、その前に確認したいんだけど、スフレさんは――」

「さん付けはいらないってば。私のことはスフレで良いわ」

「えっと、じゃあスフレは本当に見えたの? 結構距離あったよね?」


 ここまで話してから確認するのも変な話だけど、遠くを見ることができるって何気にすごいんだよね。


 もし、なにかカラクリがあるなら俺も知りたいんだ。もし俺にもできるのなら絶対に色々と役立つのは間違いないし。


「質問に質問で返すの? まあ、いいけど。私はドワルフだから目がいいのよ」

「ドワ……ルフ?」

「ええ、お父さんがドワーフで、お母さんがエルフなの。珍しいから知らなくても仕方がないと思うわ」

「えっ、ドワーフとエルフって仲が悪いんじゃないの!?」


 前世の創作話でも定番の知識なんだけど、この異世界でも例に及ばずドワーフとエルフの仲は相当悪いって聞いている。


 火の精霊、土の精霊に愛されたドワーフと。水の精霊、風の精霊に愛されたエルフは、その根源からして本来は相容れない。


 その壁を乗り越えたってのはもの凄いことだと思う。ちなみにお父さんがエルフでお母さんがドワーフの場合はエルーフになるのだそうな。


 スフレ曰く、ドワルフは四精霊全てに愛されているらしくて、遠くも物を見聞きするのは得意なんだとか。


「それで? ライトはいったいどんなことをしたの?」


 スフレが悪意のなさそうな視線でこちらを見てくる。


 ……まあ、今回みたいなことがなければ恩恵の事は別に隠すような話ではないと思ってはいるし、実際に現場を見らているわけだから別に話しても良いかな?


「どんなっていうか、恩恵の力なんだよ。【超会心】って知ってる?」

「あ、それ知ってる! 大昔の英雄が神様から授かった恩恵でしょ? ライトってやっぱりすごいのね!」


 予想通りにスフレの返事は早かった。


「俺がすごいんじゃなくて恩恵がすごいだけだよ」

「でも、そのすごい恩恵を授かったんでしょ? それだけですごいわよ! 確か五百年以上、誰も授かっていないもの」


 まあ、その恩恵を授けてくれる龍神様は五百年の間、あの謎空間で檻に監禁されていたからな。


 それに本来は神様の管轄が違うみたいだしね。


「もしよかったらもっと色々聞かせ――」

「おーい、スフレ! どこに行ったんだ!?」

「あ、お父さーん! こっちこっち」


 路地の反対側からよく通る大きな声がスフレを呼ぶ。スフレはその声に振り向くと手を振りながらぴょんぴょんとジャンプした。


 スフレのことを呼ぶ男性は背が低めだけど、その腕や胸そして太ももに纏う筋肉はとても重厚だった。……あれは人を殺せる筋肉に違いない。


「お父さん? ああ、ドワーフの?」

「うん、すっごく優しいのよ?」


 へえ、心優しいドワーフか。らしいって言えばらしいな。今もこうやって駆け寄ってくるあたり、かなり大事に思われているんだろうな。


 今回の騒ぎみたいのがあったら、うちの父さんもこんな感じになるのかな。


「はぁ、はぁ、急に走ってどっかに行っちまうからびっくりしたぞ」

「あはは、お父さんゴメン。ちょっとお礼を言いたかったから……」

「お礼?」


 ここでようやくスフレの親父さんはこちらに気がついたみたいだ。


「はじめまして、ライトって言います」

「うちの娘がなにか迷惑を掛けちまったみたいだな。娘に代わって礼を言わせてもらおう」

「いえ、どうか気になさらないでください。大したことはしていませんから」

「またまたぁ、謙遜しちゃってぇ」

「ん、一体何を――」

「お父さん、私は助かったの。それで良いじゃない?」

「まあ、そうだな。それじゃあ、そろそろ宿に戻るか」


 一瞬、根掘り葉掘り話を聞かれそうな圧を感じたけど、その雰囲気はすぐに消えて柔和な表情に変わる。スフレは本当に内緒にしてくれるみたいだ。


「あ、そうだ。ライト、もし王都に来ることがあったらうちの店に来てね。精霊達の木漏れ日亭っていう飲食店なんだけど、今日のお礼に美味しいごはん食べさせてあげるわ」

「お、おい。勝手にそんな約束を――」

「え、別にいいでしょ? お礼なんだし」

「あ、ああ。もちろん良いぞ。イツデモキテクレ」


 あ、やっぱり一瞬だけど会話に圧が……。


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