第4話 信仰心っていったいなんだろうね?

 さて、無事に転生できて記憶も戻ったことだし、俺が成人するまであとたったの五年しか残されていないから、早く十年分の遅れを取り戻さないといけない。


 せめて走り込みして体力くらいは付けておきたいよな。


 ……いや、そうだな。ここはワンパンで終わらせる男を見習って、腕立て伏せ百回、上体起こし百回、スクワット百回、あとはランニング十キロから始めるのはどうだろうか?


 ファンタジーな世界の若者の身体だし、案外これくらいは軽くいけたりするんじゃないか?


 基礎体力は絶対に裏切らないでしょ。


 そう思い立ったので、身体の調子も戻ったタイミングを見計らって毎日の訓練を始めることにした。


 早朝だから外はまだ少し暗いけど、きっと早い人はもう起きているくらいじゃないかな。今までこんな時間に起きたことがないから知らないけど。


 寝ている両親を起こしたくないので、なるべく音を立てずに部屋を出て玄関へと向かうことにする。


「あら、おはよう。ライトがこんな時間に起きるなんて珍しいわね」

「あ、起きてたんだ。おはよう、母さん」


 楽勝で起きていたらしい。


「ごめんね、朝ごはんはまだ出来てないのよ」

「良いよ。ちょっと今から外を走ってくる」

「あら、そうなの? ふふ、あなたが早起きして運動するなんて、お父さんも喜びそうね。まだ少し寒いから風邪引かないようにね」

「うん、わかってる。それじゃあ行ってきます」


 玄関から出ると、確かに少し肌寒い。でも、眠気も飛んでちょうどいいかも。


 たしか、以前見たテレビでも苦しい時期から始めた事の方が長続きするってのを見たことあるし。


 頭の中でそんなことを考えながら、軽く柔軟体操をして身体をほぐす。そしてまずは歩くくらいの速さでゆっくりと走り始めることにした。


 走っていると、身体が慣れてきたので少しずつ速度を上げ始める。


 そうやって村の中を走っていると、村の朗らかな景色から入ってくる情報が俺の頭の中で混ざった記憶をきれいに整頓していってくれる。うん、はじめにランニングを選んだのは正解だったかもしれない。


「――あれ? ライトじゃないか。もう身体は良いのかい?」

「おはよう、ミロク。身体の方は見てのとおりだよ」


 聞き慣れた声に振り向くと、そこには幼馴染の悪友であるミロクの姿があった。なんで俺が倒れたことを知っているのか気になったけど、こんな小さい村だし逆に知らないはずがないか。


「てか、俺けっこう早起きしたつもりだったんだけど、もしかしてミロクはいつもこんな時間に起きてるの?」

「お爺ちゃんがこういったことには厳しいからね」

「そっか、聖職者を目指すってのも大変なんだな」


 ミロクのお父さんは猟師なんだけど、おじいさんはこの村で唯一の司祭様で最高神クローツ様を信仰するクローツ教の敬虔な使徒だったりする。


 うん、俺の目の前で死んだあの子供の姿をした神様のことね。


 ミロクはそんなおじいさんの跡を継いで司祭様になる道を志しているというわけだ。


「そういうライトはこんな時間に走ってどうしたの? 女の子のおっぱいでも揉みに行くの?」

「……えっと、ミロクと一緒にしないでほしいかな」

「はは、急に真面目なこと言ってどうしたのさ? もしかして倒れた影響でおかしくなったとか?」


 ミロクがおかしそうに笑う。


 ……こんな早朝から女の子の胸を揉みにいくほうがよっぽどおかしいからな?


 まあ、そうは言っても、実際にこれまで幾度となくミロクと一緒にスカートめくりだのしていた俺が言えたことじゃないけど。


 さすがに記憶が戻った今はそれを試みる気も起きない。


「悪いな、もう子供は卒業したのだよ」

「僕も子供は卒業してるよ?」

「そうなるとただの変質者だな。もう聖職者失格じゃないか?」

「……失格って、ははは」


 あれ?


 いつものように笑って返すものの、ミロクの表情がどこか芳しくない。


「ん? ミロク、何かあったのか?」

「えっ!? ああ、さすがにライトにはわかっちゃうか」

「これだけ付き合いがながければ流石にな」


 ミロクは一瞬だけ驚いた顔を見せたけど、俺の顔を見てすぐに納得した顔になった。俺が悩んだときとかもすぐにバレるしお互い様かな。


「……実は治癒魔法がなかなか習得できなくてね」

「治癒魔法っておじいさんに教えてもらってるやつだったっけ?」

「うん、それのこと。頑張ってはいるんだけど何かが足りないみたいで、僕ってもしかして信仰心が足りないのかなあって思ったりもするんだよね」


 ミロクが自虐的な表情でそうつぶやく。


 何をバカなことを……。


 もともと治癒魔法は十歳のミロクがすんなりと覚えられるようなものじゃない。それはミロク本人から何度も聞いている。


「そうは言っても浄化魔法とかは習得済みだと思ったけど、あれだって信仰心が足りなかったら習得はできないはずだよ?」

「まあ、確かにそうなんだけど……、こんなに苦戦するのは初めてなんだ」


 浄化魔法だって子供が簡単に使えて良い魔法じゃないはずなんだけど、天才肌ならではの悩みってところだろうか?


 治癒魔法に苦戦しているのは、なんかこうミロクの意識的なものだったりしないだろうか?


 治癒魔法はもっと大人にならないと習得は難しいって言われているらしい。もしそれが献身的な意識とかがそういったものが原因だったなら、ミロクの目的が違えば意識も変わってくるかもしれない。


「治癒魔法を習得すれば、治療のどさくさで女の子の胸が触りやすくなるんじゃないかな?」


 ちょっと冗談で口を滑らせてしまう。


 我ながら実にひどい言いように、さすがに申し訳ない気持ちが強くなった。


「あ、ごめん。今はそういう冗談を言ってる場合じゃ――えっと、どうした?」

「胸が……、触りやすくなる?」

「あ、いや、本当にごめん。今のは俺が悪かったよ」


 ミロクが自分の手のひらをまじまじと見つめながら何かをつぶやき始めた。そして――。


「ありがとう! なにか吹っ切れた気がするよ!!」

「そ、そうか?」

「こうしちゃいられない!」


 何を思い立ったのか、ミロクはとても輝いた顔を見せながら教会の中へと駆け込んでいった。


「……なんだろう、ものすごく嫌な予感がするんですけど?」


 一人取り残された俺は、どうにも出来ないモヤモヤを抱えながら自主トレに戻ることにした。


 ――ミロクが治癒魔法を習得したのは、それからたったの三日後の話だった。


 信仰心っていったいなんだろうね?

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