第3話 記憶の目覚め

「う、うわああぁ!!!!」

「ライト!? 目を覚ましたのね! ああ、良かったわ……」


 目が覚めた時、初めに目に入ったのは見知らぬ部屋と見知らぬ女性だった。その女性は感無量な様子で布団から起きた俺のことを抱きしめる。


 あれ……、ちがう。よく知っている人だ。


「……母さん?」

「ええ、そうよ。意識ははっきりしているみたいね。……本当に良かった」


 この見知らぬ女性が自分の母親なのだと自然と理解できた。そしてこの見知らぬ部屋も――間違いなく俺の部屋だ。


 うん、少しずつ整理できてきた。


「俺、確か誕生日パーティの途中で――」

「ええ、急に高熱を出して倒れたの。もう一週間も起きなかったから……本当に……ぐすっ」


 母さんは言葉を詰まらせて、そのまま泣きだしてしまった。


 心配掛けてゴメン。


 ……どうやら俺は十歳になるまで前世の記憶を失っていたみたいだ。


 そして、そのまま何も思い出せないまま今日まで暮らしてきた。


 でも先日の誕生日パーティ中に突然記憶が戻り、この世界で十歳まで生きた記憶と混ざるように知識の奔流に襲われた。結果的にそのショックで倒れてしまったんだと思う。


 ……こういうのも知恵熱のようなものなのかな?


 とにかく俺が思っていた感じとは違ったけど、こうやって無事に異世界転生することが出来たみたいだし、記憶が無いなりに今日まで生きてこられた。


 まあ、結果オーライなのかな?


 あれは本当に驚いたからなあ。確かあの時、龍神シャリオノーラが恩恵をくれるって言って……。


 あの惨劇とひと呑みに食べられた事を思い出したら、また身震いがしてきた。


 やっぱりあの龍神怖かったよ。なんか一生モノのトラウマになりそう……。っていうか、記憶喪失だってもしかしたらあの恐怖が原因じゃないか?


 龍神に一言文句を言いたい気もするけど、聞こえてたらいけないから辞めておこう。まだ死にたくないし。あ、心の中はどうか覗かないでください。


 それに、今の俺が言わないといけない言葉はそれじゃない。


「母さん、心配掛けてごめん」

「ぐすっ。ううん、良いのよ。あなたがこうやって無事で居てくれさえすれば、それで良いの」


 こうやって近くにいるだけで愛されていることがものすごく伝わってくる。


 そんな笑顔に感動してたら――雰囲気ぶち壊しの音がお腹から鳴り響いてしまった。もうちょっと空気を読んでくれ、俺のお腹。


「あ……、ゴメンお腹が空いちゃった」

「ふふ、そうね。すぐにお粥を作ってくるわ。目が覚めたばかりなんだから起きたりしたらダメよ?」

「そんなことしないって」


 母さんは、俺が無理をしないように念を押してから部屋から出ていった。


 そんなに心配しなくても――と思ったけど、記憶がない時の俺は結構危ないこともしでかしていたみたいだ。


 そのほとんどは友人の影響だと思うけど実際に悪ガキだったのは間違いないし、親からすればそんなことは関係ないだろうな。


 そうやって記憶の整理をしていると、母さんが作っているであろうお粥の美味しそうな匂いが漂ってくる。


 ああ、落ち着く匂いだ。


 しかし、まさか転生後の最初の食事がお粥とは……。


 あー、でも赤ちゃんの記憶が無いのは逆に良かったのかもしれない。もし記憶があったとしたら母乳とかおむつの羞恥プレイに耐えないといけないところだった。


 ばぶーとかさすがにムリがある。


 しばらくすると母さんがお粥を持って戻ってきた。母さんは枕元に座ると木のスプーンで粥をすくって、ふぅふぅと冷まし始める。そして――。


「はい、あーん」

「い、いいよ。自分で食べるからさ」

「あ! ちょっと……、もう」


 さっとお椀と木のスプーンを取り上げて自分で食べ始める。さすがに前世の記憶が戻った状態でこういうのを親に甘えるのは恥ずかしすぎる。


 できれば、食べてるところを嬉しそうに見るのも辞めてもらえると嬉しいんだけど……。そう思ってジト目で母さんを見る。


「ふふ、ついに反抗期かしら」


 なるほど、そう来たか。……これは手強そうだ。


「あ、そうだわ! お父さんも呼んでこなくちゃね」

「父さんは――どうせ仕事で忙しいだろうから呼ばなくてもいいよ」


 俺のもう一つの記憶によれば、この世界における父親は仕事一筋の鍛冶職人だ。


 来る日も来る日も仕事仕事な職人気質で、昔からろくに遊んでもらった記憶もない。


 ……どうせ俺のことなんかよりも、いつものように仕事のほうが大事だろうさ。


「あの人のことだから、きっと心配しすぎて仕事になってないわよ?」

「……どうだか」

「やっぱり反抗期ね!」


 母さん、そこ喜ぶところじゃないから。


 結局、母さんは嬉しそうに立ち上がると、そのまま足取りも軽く部屋を出ていってしまった。


「反抗期、か」


 確かにそう思ってくれていたほうが良いのかもしれない。


 皆とはなるべくこれまで通りに接したい。だけど、俺の中で記憶が混ざってしまったことで不自然な反応をしてしまうことはどうしても避けきれないと思うから。


 少しするとドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。


 ……なんだ?


「ライト、目が覚めたのか!!?」


 足音の主は、バーンと部屋のドアを開き鼻息荒く言い放った。


 ……この騒がしい人、誰?


 いや、知っている人なのは間違いないんだけど、その人は俺の知る限りではこんな反応はしない。


「……父さん、なんで?」

「おお、ライトぉ!」


 有無を言わせずに抱きしめられてしまう。


 なんかキャラ変わってない? もしかして父さんも何かの記憶に目覚めたのか?


「ふふ、お父さんはあなたが居ないところではいつもこんな感じなのよ?」

「いやいやいやいや」


 それはさすがに違和感がハンパない。いつもは黙って俺の背中だけを見ればいい的なキャラだったはずだよね?


「お父さんはね、あなたに格好良いところを見せたくて甘やかすのを我慢していたの。私はそんなことしなくても良いって言っていたのよ?」

「ちょっ!? そ、それは言わない約束だろう!?」

「ふふ、もう良いじゃない。こうやって部屋に飛び込んだんだから、いまさらよ」


 お、おう……。なんという隠れツンデレ案件……。


 あー、でも悪い気がしないのはどうしてなんだろうな。


 結局、その日から父さんは人が変わったかのように優しく接してくれるようになった。


 これまでは厳しかった鍛冶仕事の手伝いも、見て盗め的な方針からしっかりと伝える方向に変わったので遊ぶ時間が減ってしまったのはご愛嬌かもしれない。

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