「紙」と「ペン」、そして「ぱん」

けんざぶろう

酒場

「あー、分かんない。 何が正解なのよ。 神様教えて」


 青い髪を掻きながら、紙に書いてある文字を睨みつけ、すでに1時間。 目の前の女はついに、神にまで祈りだした。


「俺から言わせてもらえば、何をそんなに悩んでいるのかが分からないね。 仕入れられる物は限られてるんだろ? そんなもん、リストからテキトーに選んじゃえばいいんだよ」 


 女は商品リストから顔を上げると、俺の言葉に反応して目じりを吊り上げ睨みつける。


「何言ってるのよ、やっと親方から任された仕事なのよ? 何としても成功させないと」


「失敗しても、お前の懐が痛むわけじゃないだろ? それより、さっさと料理食べたらどうなんだ」


 すっかり冷えてしまった肉やスープを指さしてジェスチャー交じりに、まくしたてる。


「食事どころじゃないのよ」


 じゃあ何故、頼んだ、とは思っていても言わない。 昔なら口に出していただろうが、仕事で壁にぶち当たった時はいつもこうなので、もう慣れた。 なので、俺は俺で勝手にやらせてもらうことにする。


「そうかい、まあ俺は別に構わないけどな。 すいませんエール2つ追加、あと干し肉を3つとパンを2つとチーズ3つ。 スープも1つ追加で」


「ちょっと。 人のお金だと思って頼みすぎでしょ!!」  


「いいじゃねーか。 大体お前は昔から考えすぎなんだよ。 意外とテキトーで世の中何とかなるもんなんだって」


 ジョッキにそそがれたエールを飲みながら笑うと、目の前の女はため息をつき、遠い目をした。


「才能があるアンタはいいわよ。 士官学校卒業して3年で班長だもの。 私はその3年間下積みで過ごしてきたわよ」


「はっはっはっ。 俺は天才だったからな。 でも騎士と商人では畑が違うだろ」


「それでも、どれだけ凄いことかくらいは分かるわよ。 私も才能が欲しかった」


 リストに目を落としながら目に見えて落ち込む。 こうなったコイツの顔に俺は弱いらしい。 内心で、やれやれと思いながら笑うのをやめた。


「……とりあえずリスト見せてみろ。 真剣に考えてやるから落ち込むなよ」


「……ありがと」


 しゅん、となりながら商品リストを渡される。 リストを見ると、リスト用紙いっぱいに、重要、とか不可とか理由を添えて書いてあった。 コイツは本気でこの仕事に取り組んでるんだとリスト越しながら理解する。


「概ね、この通りでいいと思うが、その前に一つ聞いていいか?」


「……なに」


「士官学校で商売を始めるのはいいが、何故、扱う商品全てを、お前の判断に委ねたんだ? 新しい現場を開拓して新人に丸投げするなんて、嫌がらせとしか思えない。 もしかして、お前ギルドでイジメられてるんじゃないか?」


 俺が真剣に聞いていることが伝わったのか、すぐに首を横に振り、口を開く。


「イジメじゃないわよ、それはウチのギルドの伝統なの。 それに全権が私にあるのは、最初の1カ月だけよ。 軌道に乗っていれば、継続して任せてもらえるけど、大抵はアンタの言ったように失敗するわね。 ……それと、心配させてごめん」


「イジメじゃなければいいんだ。 だが、失敗して、ノウハウを学ばせるってことか、結構思い切ったことを――」


「でも、期待されてはいないと思う。 私、女だからね」


 暗い表情でポツリとつぶやいた言葉が、俺の言葉を飲み込んだ。


 女だから……。 確かに商人で女というのは珍しい。 それゆえに、今まで下積みだったのだろう。


 通常3年下積みをすることは無い、なぜならば新人が雑務などをこなすからである。 毎年新しい人員が入ってくるのに、下積みばかりでは次の世代の人員が育たないから通常ならば3年という期間はありえないのだ。


 そんなコイツが、初めて掴んだチャンスがコレなのだろう。 真剣になるのも当然。 俺もヘラヘラした気持ちは捨てて、本気で相談に乗ってやろうと思考を切り替える。


「リストを見たが、紙とペンはもっと数を増やせ。 この2つは絶対売れる」


 俺の言葉で顔を上げたコイツは何故か呆けていた。


「聞こえなかったか? 紙とペンの数を増やせって言ったんだ」


「えっと、一応理由を聞いてもいい? 私は、軍人を育てる学校でそんなもの必要ないと思って、その数にしたんだけど」


「ばか、軍人だって座学があるんだぞ。 それに士官学校に入って初めて身体強化の魔術を使う新人どもが多い。 なれるために座学中は魔術を発動するから、加減を誤ってペンを折るやつが多いんだ」


「なるほど、紙はどうして必要なの?」


「罰則の中には、反省文とかもあるんだよ。 もちろん紙は自費で購入だ。 反省なんだから当然だろ」


「そういうことね」


 納得したのか、メモ帳に何やらさっそく書き始めた。 コイツなりに他にも思う所があったのだろう。


「それと食料が少ないな。 嗜好品より、もう少し腹の膨れるものを置いたほうがいい」


「何故? 士官学校では食事は支給されると聞いていたけれど」


「もちろん腹いっぱい食ってもいいが、基本的に士官学校は規律を守らせるために時間に厳しい側面があるんだよ。 だから訓練強化中の期間などは、食事の時間が取れないことが多いいから食料品は絶対に売れるぞ」


 俺の言葉で少しだけ、考えるそぶりを見せる。


「食品ならパンが良いわね。 あれなら、お腹に溜まるし、何よりまとめて購入すると仕入れ値が安い。 2割も売れれば、利益が出そうだわ」


 先ほどとは違い、目をキラキラさせて何やらメモ帳に再び文字を書きだした。 


 それから俺とコイツは色々と意見を出し合う。 中には仕入れができないものや、仕入れ先の関係で数が減らせないものもあったが、コイツの表情から察するに、いい方向には進んでいそうだった。


「ありがとう、アナタのおかげで成功できる確率がグッと上がったわ」


「成功するとは言わないんだな」


「商人だからね。 断言することはできないわ。 でもアナタの提案してくれた紙とペンとパン。 これは完全に盲点だったわ……ありがと」


「パンはお前の意見じゃなかったか? まあいいや、ある程度まとまったし、飲もうぜ。 あとはお前の成功を祈るだけだ」


 ジョッキに入ったエールを一気にあおり、コイツが、成功しますようにと願いながら、俺はジョッキを空にした。

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「紙」と「ペン」、そして「ぱん」 けんざぶろう @kenzaburou

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