ツンデレお嬢様、恋の爆死劇場

ニセ梶原康弘@カクヨムコン参戦

ツンデレお嬢様、恋の爆死劇場

「あいや、そこの平瀬氏ひらせうじ、待たれーい!」



 入学式から間もない、うららかな春の日の放課後。

 月島高校の教室の中では授業を受け終わった学生達が三々五々と連れ立って帰宅の途に就いたりクラブ活動へ向かおうとしている。彼等の中に混じって、アツシも帰宅しようとしていた。

 そこへ、歌舞伎で大向うから声が掛かるように、突如として教室の戸口から冒頭の大声が彼を呼び止めた。


「な、なんだ?」


 驚きの余り硬直し、石化したような生徒たちの合間を縫うように、一人の女生徒が「直訴! 直訴!」と叫びながら近寄って来る。

 他校の制服を着た髪の長い少女だったが面識はない。彼女が何者なのか、無論分ろうはずがなかった。

 ポカンとして突っ立っているアツシの傍までやって来た闖入者は丁寧に会釈すると芝居の口上のように大声で言い放った。


平瀬敦ひらせ あつしさんとお見受けいたします。私は緑ヶ丘高校の一年、涼美ヶ原瑠璃というしがない女子高生。平和な月島高校の放課後をかくも乱す失礼、まずはお詫びいたします」

「……」


 唖然としているアツシへ少女は続ける。


「深い深ーい訳があってのこの暴挙。どうか、お汲み取り戴きたくお願い申し上げます」

「……」

「さてさて、まずはこちらをご覧いただきたい。者共、準備にかかれ!」


 涼美ヶ原瑠璃がパンパンと手を鳴らすと、教室の戸口の向こうで待機していたらしい数人の少女達が入って来た。皆、怪しい黒頭巾を頭から被っている。

 黒子達はプロジェクターを机の上に設置すると教室の電気を消し、壁に向かって動画を映し出し始めた。

 映像の中では、泣きじゃくっている少女へ厳しい声で別の少女が何やら詰問している。

 一体何が始まったというのか。教室の中にいた生徒達は突然の闖入者への驚きも冷めやらぬ間に始まった上映会へ、目を向けずにいられなかった。


『……めぐめぐ、貴女「ツンデレ」って言葉の意味を全ッ然理解していないじゃないの! それで今頃になってどうするのよ?』

『だって……』


 詰問している少女はアツシの傍に今立っている涼美ヶ原瑠璃だった。

 そして、泣きべそをかきながら顔を上げた少女を見てアツシは思わず、あっと声をあげた。


(あれは央澤おおさわめぐみさんじゃないか!)


 中学時代、自分を蛇蝎のように嫌い、顔を見れば何かと罵っていた少女である。髪をツインテールにした、目の醒めるような美少女だが、彼女は映像の中で涙でべしょべしょになった顔で何やら言い訳をつぶやいている。


『二年になってから彼とはクラスが別れて接点がなくなっちゃったからどうしようもなかったんだもん。だから何とかして気づいて欲しくて……』

『だからって「顔を見るたびにゲロを吐きたくなる」とかさー、言ってること酷すぎ!』


 机に突っ伏してめぐみはわあっと泣き出し、瑠璃は「ったくもー」と、ため息をついた。


『んで? 好きになったきっかけは?』

『一年のとき。体育祭のクラス対抗リレーで私、バトンを落として最下位になったの。ゴメンなさいって泣きながらバトンを渡したらアンカーの彼が「大丈夫だ、任せとけ」って頑張って……』

『おお、平瀬くん男だねー!』

『それで何とか最下位は免れて……それで嬉しくて、いい人だなって……好きになって』

『それを素直に言えばいいのに何で「人類史上最大の汚点」とか「至上のダメ人間」とか悪口の方にいくんだよ』

『だって、好きって言ったら負けかなと思って。それに恋愛必勝法の本で勉強したらツンデレって攻略法があったからこれだと思って』

『これだじゃねえ。嫌われてどーすんだよ!』

『で、でも一応私のことは覚えてくれたし……』

『悪い意味でな!』

『だってだって、平瀬くんが私を避けるようになってますます引っ込みつかなくなっちゃって』

『……で別々の高校になって悲しかったのに「これで顔も見ずに済む、清々したわ!」と悪態ついといて今頃泣いてる訳だ』


 映像の中で、再びため息をついた瑠璃に向かってガバッと顔を上げためぐみは「瑠璃ちゃん、どうしよう!」と泣きながらすがりついた。


『一昨日、月島高校に行った友達から聞いたの。彼が彼女作ろうとしてるって! そんなの絶対絶対イヤ! 私以外の誰かと付き合ってるところなんか見たら、きっと釘バット作って撲殺したくなっちゃう!』

『ツンデレどころかヤンデレじゃん! ああもう!』


 教室の中の一同はいつのまにか目をギラギラさせてプロジェクター映像の中で繰り広げられているしょうもない恋の空騒ぎを見守っている。

 彼等はみな一六歳、恋に憧れる年齢なのだ。

 映像の中では「何でこうコジらせてややこしくなった後で泣きついてくんのかなー」と、いう顔で頭を掻きむしった瑠璃が、やにわにチョークペンを取り上げると背後の黒板に「ツン」と「デレ」と太字で大書した。


『いいことめぐみ。アンタそもそもツンデレの意味を正しく理解してない。ツンデレとは相手に一見冷たく当たる「ツン」と、相手が好きで仕方がない「デレ」で成り立ってるの』

『は、はい』

『例えば好きな人の為に何かしてあげた時に顔を真っ赤にして「別にアンタのためじゃないんだからねっ」って叫ぶのがテンプレ! でもアンタのはデレはなしでツンもシャレになってない。そりゃ避けられたりしても仕方がないわよ!』

『うう……瑠璃ちゃん、私どうしたら……』


 今さらどうしようもねえと捨て置く訳にもいかず、瑠璃は難しい顔で考え込んだ。傍らでは捨て犬のような哀れっぽい眼差しでめぐみが見上げている。


『仕方ない。もうこうなったら彼に全部ブチ撒けてゴメンなさいして告白しよう』

『ええっ!?』

『他にもう方法はないよ。それにグズグズしてたら平瀬くん彼女出来ちゃうぜ。コジらせたとはいえアンタ元々いい娘だし、外見だっていいもの。きっとイケるよ!』

『う、うん……』

『平瀬くん、いい人なんだからきっと分かってくれるよ。私も協力すっから月島高校へ乗り込んで告白しよう!』


 めぐみは悲壮な覚悟を固めたらしく黙って頷き、瑠璃は周囲にいたクラスメートに向かって雄叫びをあげた。


『聞いたか野郎ども! 月島高校にカチコミだぁ!』

『おおーーっ!』


 そこで映像は終了した。黒子役の少女がパチッと教室の照明をつける。

 緑ヶ丘高校から来た少女達やクラスメートの視線は一斉にアツシへ集中した。


「……」


 何と言っていいやら……と困惑しているアツシに向かって瑠璃が追い込みにかかる。


「かのような次第、ツンデレのつもりで気を惹くつもりが自爆した愚かな親友をどうかお許し下さい!」

「あ……まぁ、別にそんな気にしてなかったし……」

「彼女のことは気にしていただかないと困るんですが」

「突然言われても……」

「そんなツレないことを仰らずに。彼女欲しかったんでしょ? 痛いことをやらかしましたが一途な娘なのです。どうか彼女を哀れに思って」

「うーん……」


 今まで嫌われていたと思っていた少女を急に彼女にしてくれと云う思いがけない申し出。

 腕組みしたアツシを見ていたクラスメートの一人が、その時「アツシ、許してやれよ。彼女にしてやれよ」と言い出した。


「えっ?」

「泣いて後悔するぐらい好きだったなんて羨ましい話だぞ」


 それが口火となってクラス中が次々と賛同の声をあげた。


「綺麗な娘だし、いいじゃないか」

「平瀬くん。ここで彼女を受け容れてあげるのが男なんじゃないの?」

「その通りだわ」

「むしろ、そこまで想われて羨ましいぞ」


 「落ち着けお前ら!」というアツシの声は、めぐみを庇ったり推してくる声の前に掻き消されて誰にも聞こえない。

 流れは完全にこっちのものになった……と、ほくそ笑んだ瑠璃は教室の戸口へ言葉を掛けた。


「めぐめぐ、お入りなさい」


 喧騒がピタリと止み静まり返った教室の中へ、一人の少女がおずおずと足を踏み入れた。


「央澤さん……」


 思わずつぶやいたアツシをまともに見ることが出来ず、めぐみは俯いて身体を震わせている。その肩を抱き寄せた瑠璃はアツシへトドメの一撃を放った。


「めぐみは私に言ったの。あなたになら処女を捧げてもいいって」


 衝撃の告白に教室中がオオー!と、どよめいだ。

「キター!」「ビッチ?」「いいなぁ」「これが本当の捨て身の覚悟って奴か!」「オレも混ぜてくれ!」と様々な叫び声が飛び交い、瑠璃は「ええい、者共しずまれぇーい!」と一喝した。


「さぁ平瀬くん。女の子にここまで言わせておいてこれ以上黙ってるなんて卑怯よ」


(だからってどうしろと……)


 だが教室中が固唾をのんでその一挙手一投足を見守っている。こんな状態で「ゴメンなさい」と断れるはずもない。

 それに、自分のことが好きだったと言われればやはり嬉しかった。

 少しばかり苦笑気味の顔で、アツシは泣き出しそうになって下を向いている少女へ手を差し出した。


「いきなり処女をもらうとか重すぎるから……とりあえず、普通に付き合い始めるってことでいいかな」

「は、はい!」


 わあっと歓声が沸き「おめでとう!」「よかったわね!」と祝福の声が次々と上がる。めぐみは「ありがとう……ありがとう……」と周囲へ頭を下げながらとうとう泣き出してしまった。

 もらい泣きしている自分のことを棚に上げ、瑠璃は「めぐ、せっかくの美人がそんなに泣いたら台無しよ」と窘めたが、ふと「お約束」に気がついた。


「そういえば平瀬くん、彼女ずっとツンデレで独り相撲してたからさ、せめてアレを言わせてあげてよ」

「アレ?」


 瑠璃にけしかけられ思わず首を傾けたアツシだったが、すぐにそれと察した。

 教卓の花瓶からカスミソウを一筋抜く。

 そして、みんなの笑顔の中で片膝をつくとそのカスミソウの花を彼女へ差し出した。


「央澤めぐみさん、どうか僕の彼女になって下さい」


 カスミソウの花言葉は「清らかな心」


 涙に濡れた顔を輝かせためぐみは、これ以上ないくらい幸せそうな顔で花を受け取り、こう答えたのだった。


「ふん、仕方ないわね。じゃあつきあってあげるわよ!」

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