狼につき冬

エリー.ファー

狼つき冬

 大雨が降った夜に少しだけ、雪が降った。

 ただでさえ、何もないような場所だったから、水だけでも迷惑なのに、そこに雪となると、寒さまでやってきてしまう。

 動物たちは皆、木々との間に隠れ、遠くに見える人間たちの火の明かりを恨めしそうに見つめていた。

 森の中では火を起こすことができない、どうしてもそれが掟として機能してしまっている。それはもちろん、山火事などの問題が起きた時に、動物たちではどうしても対処のしようがないからである。

 こんなことになるなら、洞窟を作っておいて、そこに綿やら何やらで毛布かなんかを作っておけばよかった、と後悔している。

 俺も。

 後悔しているうちの一匹だった。

 狼として。

 やはり毛はある。

 ただし、羊であるとか、そのようなレベルではないし、正直努力したところで生えてくるというようなものではない。他の狼たちはどうしても温かくなりたくて、占い師の狒々の所に行って、もこもこの温かい毛が生えてくる呪いをかけてもらおうと向かってしまった。

 それは、解決策として適切なのか。

 肉食は大体、脳筋だから困る。俺はそういう所で言えば、狼の中でも少し異質なのだと思う。どことなく、狩りの時はフォーメーションを気にするし、動き方のシミュレーションには余念がない。

 皆、そこはフィーリングだろうとか、後は流れでとか言ったりする。

 そういうことばっかり言ってるから。

 狩りの申請書を届ける時の資料作成は俺が全部やっているし、契約書から請求書の管理を俺が一括でやらされているため、有給を取った日も連絡が来たりする。

 ねぇ、あの資料ないんだけど。

 知らねぇよ、バカ。

 俺は焚火をしている人間へと近づくために、森から出た。

「横いいっすか。」

「あぁ、あの座布団とかないけど。」

「あぁいいっす、別に。丸太の上に座らせてくれれば、まぁ、ケツが寒くなきゃ。」

 焚火をしていたのは一人。

 女だった。

 銃を背負っている、マタギだろう。

「女性でマタギっすか。」

「馬鹿にしてるでしょ。あんたのこと、撃つよ。」

「やばぁ、めっちゃ怖いんすけど。はぁ、マジであったかい。」

「森の中って寒いの。」

「寒いっすね。あの、焚火とかやっちゃだめだし。」

「それは、きついわね。火の管理とかちゃんとすればいいのに。」

「なんか、もう、決まりがあるから全部だめ、みたいな感じ何で。」

「マタギもそんなもんだよ。だから、嫌われてあたしも一人だし。」

「寂しくないんすか。」

「あんたも一人じゃん。」

「お姉さんがいるんで寂しくないっすね。」

「ナンパ。それ。」

「はい。」

 焚火の明かりに鼻先が乾いていくのが分かる。横を見るとお姉さんの鼻は赤くなっていて、寒さのせいか目が半開きになっている。

 俺は息を細く吐きながら焚火から昇る炎の先を目で追っていた。

「お姉さんはぁ。」

「うん。」

「SNSとかやってますか。」

「友達に言われて始めたけど、全然更新してない。」

「じゃあ、教えてくださいよ。」

 お姉さんはポケットのあたりをごそごそしながら、携帯電話を取り出した。割とストラップが沢山ついていた。

「フジロックいいっすよね。俺、去年、一人で行きました。」

「じゃあ、今年は一緒に行こうよ。」

 え、可愛いじゃん、こいつ。

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