気になります後田くん

黒木耀介

気になる二人

教卓から見て窓側1番奥の席。横に並んだ2人の男女は席をくっつけて教科書を読んでいる。たまには小声でしゃべったり、ちょっかいを出してみたりする。周りは彼らに目もくれず、彼らは彼らで2人だけの空間を作ってドキドキしているのだ。

しかし、ドキドキするのは窓側の席に限ったことではない。教卓の目の前の席、前野マエコは背後の音が気になって仕方がなかった。耳障りで集中出来ないとイラついているわけではなく、後ろの席、後田アトヤの黙々とした作業に聞き耳を立てながら、

(…後田くんの音おおぉ)

幸せそうにとろけた表情をしていた。変な顔をしている彼女も、普段は黒髪ロングの才色兼備。

ぱっつんの前髪は幼く見えるが、皆彼女を一目置いていた。

(い、いかん。今は授業中だ…)

頬を2度叩いて気持ちを切り替えた。先生は黒板に書くのに必死でこちらを見ていない。しかし、書く量は凄まじく、生徒達は穴埋め式のプリントを埋める真面目タイプと、誰かに聞こうと諦めた睡眠タイプ、そして窓側1番後ろのリア充タイプに分かれていた。

(ちゃんと埋めないとあとで聞くのがめんどくさいし…でも)

前野は右手に持ったオレンジ色のペンにキャップを付けて机の上に置いた。

(後田くん…今日も好調だなぁ)

肘を机について手で耳を覆うふりをしながら、後ろの音を聞いていた。

ガリ、ガリリ。

(この音…もしや!!)

前野は脳に刻まれた後田の行動パターンと現在の彼の行動を照合し1つの答えを導いた。

(彫刻刀…だと?!まさか、私の背中で見えないのをいいことに、彫刻してるの!?)

その時、前野の頭に電流が走った。

(後田くん!先生の書く音と合わせながら彫刻してる!!!)

まるで先生がなにを書くか先読みしているように、いやこれはもう後田に先生が合わせているのではないかと思考を繰り広げる。

(天才だよ…後田くん…でもなぜ彫刻をしているんだろう?)

後ろの様子が気になっても、前野は後ろを振り向かなかった。授業中に後ろを向けるのはプリントを配るときだけだ。

(その制限こそ、妄想を最大まで膨らまずことができるポリシー!でもヒントが欲しいよ後田くん…!)

聞き耳を立てると小声で後田くんが独り言を呟いた。

「…あーした天気になぁれ…」

(めっちゃ可愛いやんけ!!)

明日晴れることを祈りながら作っている後田に母性まで感じた前野は精神を保てなくなっていた。深呼吸して冷静さを取り戻すと、改めて目を瞑りながら合掌した。

(神さま、後田くんの願いを叶えてあげてください…明日を晴れにしてください…)

目を見開き、手を開いたまま左右にゆっくりと腕を動かした。

(もしや後田くん…てるてる坊主を作っているだとおおお?!)

前野は心の中で強く叫んだ。背中に隠れるサイズ、彫刻刀で細かい作業をしている。おそらく小さめの何かを作っているに違いない。先ほどの後田が発した言葉、それが答えに繋がっていると推測すると、

(後田くんはきっとてるてる坊主を作っているに違いない!しかし、それを確認する術がないじゃない!!)

ポリシーを曲げれない女、後田にとって答えに近づいたからには真相が知りたかった。

葛藤に悶えていると先生がそれぞれの列にプリントを配り始めた。

(天は味方するか…私を!!)

自分の分のプリントを取り、残りの束を振り向きながら渡す。唯一の答えの確かめ方。

「はい」

「ああ…」

ずっしりとしたガタイと、オールバックの頭をした後田が、彼女視界を埋め尽くした。

小声で返事をする後田の顔を見たあと、ゆっくり正面に向き直った。

(イェーイ!!プリントイェーイ!!)

顔を見れた嬉しさが優ったのだが、ふと我に返って絶望した。

(なに作ったか見れてなーい!!)

両手で顔を覆い、天を仰いだ。失意の底に追い打ちをかけるようにチャイムの音が鳴り響いた。



「ふぅ…」

机の上に教科書を出しながら前野は席に座った。

(前野さん…今日こそ話したい)

後田は何のためらいもなく彫刻刀と手のひらサイズの材木を取り出した。

(うるさいかもだけど、興味持ってくれるかな…)

見た目に反して気の弱い後田はカリカリと木を掘り始めた。

チョークで書く音と彫刻刀の掘る音を聴いて後田はピンとひらめいた。

(同じリズムでやったら作ってたら気になってくれるかも…)

顔を上げ黒板を見ると歴史の用語がずらりと書かれている。

(漢字は難しいな…ひらがなの時に掘るか)

先生が助詞を書くだろうとという時にだけ掘り進める。

(これなら興味示してくれるかな)

前野を見ると耳を塞きながら肘を机についていた。

ちょっとショックだった後田はそのまま音に合わせて掘り続けた。

(ん、雨降りそう…)

登校する時は雲も少なく空が見えた。しかしいつのまにか外は厚い雲が広がり、今にも雨が降りそうだった。

(傘、持ってきてないな…そうだ)

特になにかを作ろうとしていたわけではないが、作るならタメになるもの作ろうと思い立った。

「あーした天気になぁれ…」

自然に声が漏れてしまったことにハッとして恥ずかしくなった。

こんな事を聴いて気持ち悪いと思ってないだろうか、と後悔が頭の中を駆け巡る。


彼はそのまま掘り続ける。もちろん作っているのはてるてる坊主、ではなく

(よし、出来そうだ…こけし!)

「こけし」だった。

当初はてるてる坊主の代わりになる人形を作ろうとしていた。木で人形を作るならこけしだろう。と全く違うものを作ってしまったのだ。

(人形をぶら下げれば良いんだっけ…)

机の中に入っていた輪ゴムをこけしの首に巻き、机横の取手に吊るした。

(よし、これで晴れるだろう…)

完成したことを喜んでいると目の前にプリントが配られた。顔を上げると前野が無表情でこちらにプリントを回していた。

「はい」

「ああ…」

一瞬だけ目が合い、後田がそれを受け取ると前野は前を向いた。

(前野さん…やっぱり綺麗な人だ!)

机の下でガッツポーズをしたのち、あることに気がついた。

(え、俺、今会話した…?!)

ただ返事をしただけである。短い単語のやりとりも後田にとっては至福の時である。

悲願が達成されたはずなのに一瞬の出来事だった為、脳内の情報伝達に時間を要した。

(おおおおおお!!!)

嬉しさのあまり彫刻刀で鉛筆を削っていた。氷にお湯をかけるとじわじわ消えていてように、みるみる鉛筆の芯だけ露わになっていく。

興奮冷め止まぬまま、チャイムが鳴り響いた。




「…雨降っちゃったなぁ」

結局、後田の努力は実らず雨が降った。昇降口で学生達は各々傘を広げ、駄弁りながら帰って行った。

後田もカバンから置き傘を出そうとすると、隣に人の気配を感じた。

(ま、ま、前野さん!!)

外をぼーっと見てる前野は今しがた着いたようで、どうやらこちらに気づいていない。

(傘ないのかな…)

自分の置き傘に視線を落とし、グッと握り拳を作った。

「あ、あの」

前野はこちらに気づき、目を丸くして一歩後ろに下がった。

「あ…すみません。もし、もしですが、その、傘使いますか…」

「…え?」

「傘、持ってなさそうだったので…」

前野は数秒の間硬直していた。周りの人にとっては異様な光景だったが、後田は緊張して特に気づきもしなかった。

「後田くんが濡れてしまいます…」

「じゃあ!」

傘をさし前を見ながら、前野に話しかけた。

「一緒に、帰りませんか」

「…はい」

いつも縦に並んで座る二人が、この日だけは横に並んだ

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気になります後田くん 黒木耀介 @koriy_make

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