モブ勇者は特別を愛する。

榎本レン

第1話


「ルーディット・メイジア、六等級勇者に魔王監視の任を命ずる」


 中央聖都の元老院からの書状を読みながら、ルーディットは静かに溜息をついた。



 幼い頃、ルーディットは≪特別≫に憧れていた。


だから、勇者という存在に魅了されるの当然だった。


 魔王を倒し、人々を守る希望の象徴。


 辺境の村で生まれたごく普通の少年であったルーディットも、例外なく勇者に憧れた。


 そんなルーディットに転機が訪れる。

 六歳の頃、彼に魔力がある事がわかったのだ。


 村は彼を神童だと持て囃し、中央聖都へ報告し、勇者であると判断されたルーディットは中央聖都に住まう事が許された。



 中央聖都にはルーディットと同じく、勇者として選ばれた者達が多く存在した。

 ルーディットは中央聖都で勇者として色々な魔法や戦い方を学んだ。


 だが、そこで、ルーディットは神童としてのプライドはズタズタとなった。



 一年経って、周りの同期で聖都に連れてこられた半数の勇者達に置いて行かれた。



 五年経って、ルーディットは初級魔物を倒したが、一部の勇者は上級魔物を倒していた。



 十年経って、ルーディットは、上級に限りなく近い中級魔物を倒せるようになったが、勇者の一人は、魔王の一体を単独で討伐に成功していた。



 勇者飽和社会。


 なんという事はない、どれだけ夢見がちだとしてもわかってしまう。




 ――自分は特別じゃないではない、大したことがないのだと。




 ルーディットが毎朝鏡をみると、そこには幼い頃にみたカッコいい勇者の姿はなかった。

 ただただ、目つきの悪い『モブ』が映るだけ。


 しまいに与えられた二つ名は大した戦闘力を持たない勇者に贈られる『モブ勇者』だ。






「魔王の監視か、いつかは来ると思ったけど」


 ルーディットは十五歳の頃から、中央聖都を離れ、とある辺境の地の守護を任されていた。



 中央聖都から離れた辺境の地には、中央聖都の騎士団も手が回らないので勇者の力が必要なのだ。



 モブ勇者に与えられる仕事は、辺境の地の守護以外にもう一つある。

 それが、魔王の監視だ。



 モブ勇者の中でも魔法の才に優れたものは変身魔法で、身分を隠して魔王の懐に入り込む。


 そして魔王の動向を中央聖都に報告するのが主な仕事内容である。


 ルーディット自身も戦闘系の魔法よりは変身魔法の方が得意だと自負していたし、こういう指令を受けるのは、時間の問題だと思っていたのだ。


 だが。



「これって死んでこいってことだよな」



 魔王に変身を見破られることだって当然ある。

 そうなれば終わりである。


 モブ勇者が魔王に勝てるわけがないのだ。

 死ぬより辛い拷問を受けて、惨たらしく死んでいくだろう。


 ルーディットは自分の死ぬ姿を想像し、鳥肌が立つのを感じた。


 勇者飽和社会。


 その中でモブ勇者の立ち位置はつまるところ、使い捨ての鉄砲玉であった。


 ルーディットが死んだところで、別の勇者を送りこめばいいのだ。



 拷問されても機密情報を喋ろうとした瞬間、頭部に刻まれた呪いで頭が爆発するので、聖都の機密が漏れる事もない。



 この措置については、聖都にいた頃に散々聞かされており、人々の平和を守るためには必要なことだと理解できるし、納得していた。



「ただ」



 けれど、書状を読み終わった後、胸の中に満たされない何かがある事にルーディットは気づいた。



 ……ただ、一つ心残りがあるとすれば。



 幼い頃に沢山のお金と引き換えに、両親から聖都に売られたルーディットは、この年まで愛というものほとんど知らずに育っている。



「ちょっとだけ、寂しいかな」



 魔王監視の任につけば、そういった経験をする暇はなくなるだろうと、ルーディットは無意識に感じたのかもしれない。




ルーディットは、監視の任につき、そうして彼女に出会った。


魔王フレイアに。


フレイアと話してルーディットはすぐに恋に落ちた。


愛を知らぬルーディットにとって、恋は初めての経験ではあったが、すんなり自分の好意を自覚できたのは、彼女が魔族らしからぬ温和な性格で、凶暴な存在ではないと気づいたからだろう。


(——特別を愛する心にびびっときたのだ)



彼女は、人に仇なす魔王などではない。


話してみてわかった、彼女は普通で、慎ましい生活を望んでいるのだと。


ただ、生まれつきの魔王として強すぎる闇の力が、≪特別≫が枷になって差別を生み、他者から疎まれているだけだ。



だから、彼女の闇の力、≪特別≫をルーディットは貰った。


ルーディットは、晴れて≪特別≫になれたのだ。



——だが、ルーディットは、そこから何をしていいかわからなかった。


特別になって何をしたいのかルーディットは決めていなかったのだ。



フレイアは普通を望んだ。魔王の強すぎる闇の力などいらない。

ただ、誰かと一緒に美味しいものを食べたい。お喋りをしたい。


でもフレイアはそれが、叶わないと知っている。

好戦的であれば、どんなに楽だっただろう。

魔族らしい魔族ならどんなに良かっただろう。



彼女は、あらゆる意味で魔族として、≪特別≫——優しい魔王だったのだ。


優しさが、魔族らしからぬと魔族達から差別を受け、迫害された。


人間は、闇の力に怯え、フレイアが近づくと子供は泣き、大人には、剣を構えられた。



一人で誰もいない場所に城を作り、孤独に引きこもるしかなかった。





そこにルーディットが現れた。


(こんな平凡な変身魔法で、ワタシの眼を誤魔化せると思っているのかな……)


ルーディットの魔族への変身魔法はバレバレだった。


(でも、ワタシに近づいてくる人なんて、滅多にいないし)


そうして、彼女はルーディットを受け入れた。


話してみてわかったのは、ルーディットは、どこまでも平凡なモブ勇者だったことだ。



勇者としての実力も並で、凡百の勇者の中では全く目立たない。


でも、だからこそ、フレイアは特別に憧れている初めての普通に話せる少年のルーディットに惹かれたのかもしれない。



二人がそれなりに親交を深めた頃、ルーディットは、フレイアの力を貰い受けたいと言い出した。


「俺は、特別になりたい」


二つ返事で了承したフレイアは、ルーディットに力を譲渡した。


やっとこれで、普通になれた。

と、喜んだものの、フレイアはふと、思った。


——あの平凡な勇者様は、普通になったワタシと一緒にいてくれるだろうかと。


それに、あの力は、彼を孤独にするかもしれない。


フレイアの危惧した通り、彼は、闇の力を抑えられなくなっていった。



☆★




(頭が割れそうだ……)


闇の力を得て何時間、いや、何日経っただろうか……。


ルーディットは、時間の感覚がわからなくなっていた。



ルーディットのいる城の一室は暴走した闇の力のせいで、ぼろぼろ。



このままだと、暴走した力がルーディットの身体を突き破って世界中に呪いを撒き散らすかもしれない。


(ははっ、所詮、モブ勇者に闇の力なんて過ぎた代物だったわけだ……)


ルーディットは、勇者の光の力を使って、闇の力を弱めようしているが、モブ勇者の力などたかが知れている。


徐々に薄れていく意識の中で、ルーディットは思った。


(俺は、どうして特別になりたかったんだろう)




部屋の扉が開いた。


「……くるな、フレイア! キミは闇の力を失っている。 近づけば、ただじゃ済まない! 力を欲したのは、俺なんだ。 だからキミがそんなことをする必要はないんだ」


「それはできません……だって大切な人の隣にただ普通に寄り添っていたいから」

「フレイア…….」


フレイアは傷だらけになりながら、ルーディットの元にたどり着いた。




「それにワタシ、アナタに感謝しているんです。 ワタシにとって本当に必要だったのは、力を手放す事なんかじゃなくて、ただ、大切って思える誰かに寄り添う勇気だったんだって…… ルーディットに出会えて、それに気づくことができた」


フレイアの言葉に顔が熱くなるのを感じた。

(直球すぎて凄く恥ずかしいけど、きっとこれが愛しいって気持ちなんだろう。それと)


「大切な誰かに……」


ルーディットは、噛みしめるようにフレイアの言葉を呟く。


「——だから、ワタシは闇の力も半分こにして寄り添います」


ルーディットは闇の重みが半分消えたのを感じた。


それに伴ってルーディットから漏れていた闇が消える。


どうやら、闇の力を制御できたようだ。

「フレイア、ごめん キミにまた闇を背負わせて——」

「あれだけのことを言わせておいてそんなことを言うんですか。 普通にはなれないのは、ちょっと残念ですけど、でもアナタと同じ特別なら、悪い気はしないです……」


(ダメだもう、顔が真っ赤でフレイアを直視できない)


「それと、ついでに勇者の頭の呪いもついでに解呪しておきましたから」


焦点が合わないままルーディットはフレイアに話す。


「……もしかして勇者だって、最初からバレてた?」

「バレバレです」

「完敗だな……」


ルーディットは、やっぱモブ勇者はモブ勇者だなと呟き、そうして、大きく深呼吸をしたあと、フレイアを真っ直ぐに見つめた。



「うん、色々本当にありがとうフレイア、俺も気づいたよ、俺はさ、特別な存在になりたかったんじゃなくて、なんていうか、かなり、恥ずかしいんだけど、心から愛せる誰かの、特別になりたくて、特別な力を欲しがったんだと思う……だけど、それはフレイアに出会えて、とっくにもう叶ってたんだ」


しみじみとルーディットがそう言うと、フレイアが身体をもじもじとさせていた。



「あの、面と向かって言われると……そのドキドキしますね」


フレイアの頬が赤く染まっている。


「だろ、俺もそうだったよ」

「もう!」


フレイアはルーディットのからかう声に、彼の胸に真っ赤な顔を埋めてうめいた。
























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