【KAC3】悪の女幹部と『ヒーローを打倒する為の最善のやり方』

《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ

任務を達成するための最善のやり方

世界を征服せしめんと暗躍する悪の組織『ジェイド』と、それに歯向かうヒーロー達が存在する世界。


私は今日、悪の女幹部として初めて戦場へと赴く。

ボスから与えられた任務はたった一つ、長年組織を苦しめてきた、まさしく因縁の相手『レッド』を打倒することだった。

数多のヒーローの中でも特に秀でた彼の存在は、ヒーロー達を束ねる柱と言っても過言ではない。


女幹部の名に懸けて、私が絶対にやつを倒してみせる。



「はじめまして、レッド。私は誉れ高き悪の組織『ジェイド』の女幹部、その一人。倒せるものなら倒してみせなさい。……もっとも、あなたごときでは無理でしょうけどね」


私の目の前には全身を赤いスーツに包まれた人間が驚いた様子でこちらに視線を向けてくる。

うん、初めてにしては上出来じゃないかしら。顔がひきつる程、妖艶な笑みの練習をした甲斐があったわ。さあ、恐れなさい。少しでも戦意喪失してくれるなら私にとっては重畳――。


「なんて破廉恥な格好してるんだ!そんなお腹やら脚を出した服を着るなんて一体何を考えてるんだ!」


……はい?


「え?わ、私は今何故怒られているんですの?そもそも台詞に関して何かコメントくらい」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」

「そ、そんなことって何よ!私にとっては大事なことですのよ!?」

「俺にとっては君のその格好の方が大事なんだよ!今は冬だぞ!?風邪でもひいたらどうするんだ!」


ま、まさかの子供扱いですの……!?


「う、うるさい!この程度で風邪をひくなどあるわけがないですわ!」

「そうでなくとも俺は気になるんだよ!それに見たところ、君はまだ若いじゃないか!そんな服を着て無理に大人ぶろうとしなくていい」

「わ、私にこの服が似合わないとでも……!?」


名誉ある役職に就いた私に、なんと無礼なことを……!


「ああそうだ、似合わないとも。君にはそんないかにも悪役が着てそうなケバケバした服よりも愛らしい服のほうが良く似合う」

「えぇいうるさい!うるさい!いいから私と闘えなのですわぁぁ!!」 



その後、私は手下と共にレッドに立ち向かうも全力を出し切れず、あっさりと撤退する羽目になった。ついでとばかりに風邪をひき、三日間寝込んだ。

うぅ、おのれレッド。次こそは必ず吠え面かかせてやりますわ……くしゅん!




「ごきげんよう、レッド。今日は先日の屈辱を晴らさせて頂きますわ」


レッドはぼーっと突っ立ったまま、こちらを見ている。

ふふ、今度こそ私の恐ろしさを理解したようですわね。泣いて謝れば許してあげないこともないですわよ?


「おー、綺麗になったな。うん、やっぱりそっちの方が似合ってるよ」

「……っ、馬鹿にしているんですの!?」


た、確かに服装は前の反省を活かして悪役らしさを損なわない程度に露出の少ないものにしましたが、恐れるどころか誉めてくるなんて何考えているのよ!


「なんだ、君もそんな顔できるんじゃん」


そんな顔?そんな顔って、私は今どんな顔してますの……?あぁ、もう!!


「いいからとっとと殺りますわぁぁぁぁ!!」

「あら、怒らしちゃったか……おっしゃこいやぁ!!」


  


それからも私とレッドの闘いは続いた。



「いい加減、名前を教えてくれてもいいんじゃないか?」

「いい加減、諦めてくださいまし!教えないったら教えませんわ!」

「ケチくさいこと言うなよ。減るもんでもなし」

「私のプライドがごりごり削れますわ!!」



「お、髪留め変えた?黒髪に良く映えていいと思うぞ」

「え、そ、そう。ありがとうですわ……ってなにナチュラルに友達みたいに振る舞ってるんですか!?敵!私とあなたは敵ですわ!」

「そうかそうか。で、本音は?」

「不倶戴天の敵ですわ!!」



「うぅ、次こそは勝ってみせますわ……」

「懲りないなぁ、お前も。」

「やかましいですわ!なんと言われようとも私はあなたを倒すまで挑み続けますわよ!」

「ああ、また会えるのを楽しみにしてるよ」

「馬鹿にできるのももう少しですわよ!ふんっ!」



あの男はことある毎に話しかけてきては、私を怒らせる。

ときに怒り、ときに笑い、からかってくる。本当に、度し難い男。

なのにどうして、私は彼に心揺さぶられてるの?

最近では、負けたことに悔しさを覚えると同時に、嬉しさが込み上げてくる。

これはなに?これはなんなの?彼を思い出すと心がぎゅっとするのは何故?

分からない、何も分からないわ……。




「お、今日は随分と厳つい装備だな。カッコいいけど、やっぱりお前には」

「やかましいですの」


杖から放たれた風の刃が彼のマスクをかすめ、頬から血を流す。


「御託はもう結構。今日こそケリを着けましょう」


あなたと関わると、私は変になる。決意が鈍ってしまう。

変わってしまう自分を見てしまうのが、唯々恐ろしくて堪らない。

だから、もうおしまいにしましょう。


「……そうか。なら、どっからでもかかってこい」


いつもと比較にならぬ闘志をみなぎらせた彼に、私は杖を振り下ろした。




 

目蓋を上げると、目の前には蒼い空。その横には逆光でシルエットとなった彼。


「……私、負けましたのね」

「あぁ、俺の勝ちだ」

「……殺しなさい、ヒーローなら悪を裁くまでが仕事ですわ」


さあ、いつでも来なさいと待ち構えるも彼は動こうとしない。


「なぁ、なんで急に本気になったんだ?」

「……それを話したら殺してくださるの?」

「分からん。だがお前が何を考えているのか知るきっかけにはなるかなと」

「変な人間ね」


もうこの際だ、取り繕うことなくぶちまけよう。少しは気分も晴れるかもしれない。


「……最近、私は変ですの」

「変?」

「あなたに会うことに、会話することに、嬉しいと思ってしまいますの」


彼のシルエットが大きく揺れた。何故彼が動揺するのか。


「あなたのことを考えると胸が締め付けられるの。ねぇ、これはあなたのせいですの?あなたが私に何かしたのかしら?分かるのなら教えなさいよ」


問い掛けるも何も言わない彼に、苛立ちを込めるように命令する。ようやく落ち着いた彼がごほんと咳払いする。


「……あー、そりゃあれだ。恋ってやつだ」

「……恋?恋ってなんですの?」

「怪人にはそういった概念はないのか」

「怪人の概念は『ヒーローと闘い、悪らしく散る』ですわ」

「なんともまぁ、悪役らしい目標で。……恋っていうのはな、その人が欲しい、その人と一緒にいたいと思える心だよ」

「それってつまり……わ、私があなたと一緒にいたいと思ってるってことですの!?」

「そういうことになるな」

「じょ、冗談じゃなくってよ!!」


即座に立ち上がり、彼と相対する。

彼のスーツも私同様ボロボロでマスクは今にも剥がれそうになっていた。


「わ、私は悪の女幹部ですのよ!?そんな私が正義のヒーローを求めるなんて……」

「恋っていうのは立場なんて関係ないものなんだよ」

「なんですかその無茶苦茶な概念は!?そ、そもそも私たちは殺し合う敵ですわよ!?」

「恋っていうのはそういうのも乗り越えるもんなんだよ」

「もう意味が分かりませんわ!!」


恋!恐ろしすぎます!!

……あっ!で、でも恋がそういうものだということは……。


「そ、そもそも恋が求めるものならそれが成り立つには互いに求め合う必要があるのでしょう?それなら問題ないですわ。あなたは私のことそんな風に見ていませんものね」


これで無事解決のはずだ。私と彼は敵同士。私は不覚にも恋なるものをしてしまったけど、彼が私と同じはずなんてない。きっといつもみたいに笑いながら「ああ、もちろんだ」とでも言ってくれますわ。


「ああ、もちろんだ」


ほら、やっぱり――。


「俺は恋を通り越して、とっくにお前を愛している」


……え?


「ふぁ、ふぁぁぁぁ!!?な、なななにをいって!?」


恋を通り越して、愛!?愛ってなんですの!?


「出会ったときは可愛いらしいなと思う程度だった。だが何度も言葉を交わすうちにお前に惹かれている自分がいることに気付いた。

俺は、お前が欲しい。お前と家庭を築きたいとすら思ってる」


「わ、私に人間みたいに生きろと!?そんなの無理に決まってますわ!怪人というだけでどれだけ後ろ指さされるか……」

「怪人と言っても、君の姿は限りなく人間じゃないか。ばれることはないよ。それにもし後ろ指さされることがあっても、俺がお前を悪意から守ってやる!」


ボロボロのマスクを脱ぎ捨て、彼は素顔を私に向ける。逞しさを感じさせながらも、どこか凛々しくて……。

お、おかしいですわ!胸が、胸がバクバク音をたててうるさいですの!うるさくてしょうがないですの!!


「俺がお前を傷付けさせない!どんな悪意からもお前を守ってみせる!皆のヒーローではなくお前だけのヒーローになってやる!……それでは駄目か?」





その後、私がなんと答えたのかは良く覚えていない。ただ気が付いたときには私は無事に組織へと帰還し、左手の薬指には見覚えのない指輪が填められていた。




あれからしばらくの時が過ぎたものの、私は今まで通り、組織で働いている。

レッド打倒の任務は現在も進行中である。

ただ、そのやり方は今までと異なるが。


彼を自身の手で物理的に倒すのは難しい。それこそ時間がかかってしまう。

故に私は、彼が示したもう一つのやり方を実行する。



「俺を倒すっていうのは、要するに『レッド』というヒーローが消えればいいのだろう?なら問題はない。俺もそろそろ引退だ。今の組織が滅んだら隠居するのも悪くない。

だから、組織が壊滅したその時は――」



けたたましいサイレンが響き渡る。それはヒーロー襲来の合図。だが、きっと今頃組織は混乱しているだろう。なんせ、中枢のほとんどが活動を停止しているのだから。




「ふふっ、楽しみね」



組織の任務は必ず、手早く果たしてみせますわ。だって――。



「私は悪の女幹部ですもの」



無事に組織から脱出し、指輪を空へと掲げる女幹部。


悪役らしさが抜け晴れ晴れとした少女の笑顔を、宝石の光が優しく照らした。

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