何の記念だ
和明は目をしばたいていた。説明は後でする、といって桜花が去ったあと、恵美が一瞥もくれずに駆けていった。
そして眼前には、腕組みをした女優の紫輝子がこちらに近づいてきている。緊張しないわけがない。
値踏みをするような目とはこういうことを言うのだろうか。無遠慮な視線を和明の顔に注いでいる。
本人の意思とは関係なく、困惑、緊張、興奮をノンストップで行き来する特急電車に乗せられたような気持ちになっていた和明だが、次の行き先が決まった。次は羞恥、羞恥です。
「あなた、桜花のお友達?」
「あの、これは……いや、はじめまして」
あ、まあとかもごもご言いながら
「ええと、これはですね、どうしてこうなったのかといいますと自分でもちょっと分からないのですが、機械の上から大変失礼なことになっていることは承知しておりましてですね」
「言いたいことは分からないけど、出られないのかしら?」
「文字通り手も足も出ません」
後ろから足音が近づいてきた。桜花達が戻ってきたようだ。霧江とは顔を合わせづらいが、今はなにより一刻も早くここから抜け出したいと和明は冷や汗をかいていた。
「小野君、お待たせ。なんだ、お母さんも出てきたんだ。来なくていいのに」
じろりと睨む輝子を無視して桜花はポロリンの背面に何かを装着、ついで前面と横に回り込んでまた何かをはめ込んだ。角度的に和明の顔からは確認ができない。不安になった和明は口を開く。
「えっあの」
「あ、大丈夫。もう少しそのままで。大丈夫、だいじょうぶ」
大丈夫、大丈夫だからとつぶやきながらトンカントンカン、粛々とポロリンにアタッチメントを着けているようだ。和明は誰かに状況を教えてもらおうと、動かせる範囲で首を動かす。正面の紫輝子はともかくとして、辛うじて恵美の明るい髪の毛が確認できただけだ。まさか恵美に対して
「佐藤さんいる?」
とは訊けない。
「まあ、これでいいかな。霧江、スマホ貸して?」
そう言って桜花が和明の正面、紫輝子の横に立った。並んでみると確かに似ている。
桜花はスマートフォンのカメラで和明を撮影した。その画像を和明に見せる。
「どう?」
「どうって」
「かっこよくない?」
画面の中にいるのは、昭和初期にデザインされたような、武骨極まりないロボットだった。言うなれば手足の生えた業務用冷蔵庫といったところか。ゴツゴツと角ばったポロリンにはいつの間にか手が着けられ、胸元には春先に発明されたおエモりが、背中には夏にその威力を体感したコロコロブーンが羽根のように装着されている。右肩の上にはざぶとんのようなものもある。
そして本体天面に、鏡餅の上のみかんを彷彿とさせる、むきだしの和明の頭があった。
桜花は満足げにうなずき、
「よし」
と言った。
「よくなくない?」
「名付けるならば……」
和明の意思を無視して桜花は話を続ける。
「『歩行重機・鬼ころし』? 『ファットマシンONO1号』? どうしようかな」
正直どうでも良かった。和明は泣きそうになったが、ふいに上がった霧江の声で背筋が伸びた。
「分かってるとは思うけど、人が乗った機械に、桜花の名前をつけるのはダメよ」
「そんなこと、絶対しない」
桜花は少しだけ怒ったような声で応じる。
「分かってればいいんだけど」
霧江はため息をついた。自分の友達が最低限の常識を備えていたことに対する安堵か、先程の二人きりの時間を思い出してのものなのかは分からない。
「とりあえず、記念写真撮ろうか!」
明るい声で恵美が提案した。何の記念だ、とは誰も訊ねなかった。桜花は恵美と霧江のスマートフォンを預かり、輝子に「撮影よろしく」と渡す。
和明の周囲に女子が集まる。女子と記念写真を撮ったことがない和明は大いに興奮した。一生に何回あるか分からないこの機会、どうせなら自分のスマートフォンでも撮影してもらいたかったが、いまだ手も足も出ない状況。
「ところで、この機械、名前どうしよう?」
「霧江、なんかいいアイデアない?」
「小野君が閉じ込められているから……」
自分の周囲は盛り上がっている。まあ、話題の中心にいると考えればいいかと、和明は暗い悦びに浸った。
「アックスは付けたいよね」
「令和どうしよう」
「数字は入れるべき」
まったくまとまらないようだ。
わいわいと女子が騒いでいると、正門が開き車が入ってきた。
輝子がそちらへダバダバと駆け出しながら
「あなた〜っ! お帰りなさ〜い!」
と艶っぽい声で叫ぶ。
和明は目を白黒させた。安っぽいTVドラマのような言動だったが、これが普段の紫輝子なのだろうか。
「帰ってきたな」
桜花がつぶやいた。
「小野君、準備はいい?」
「なななんの」
「二人共、離れて。アレックス1号、電源入れるね」
桜花は霧江と恵美を退避させ、自らはアレックス1号と名付けた重機の右肩に腰掛けた。
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