ボクらのシマ争い!

加湿器

ボクらのシマ争い!

「き、きゃぁっ!」


魔獣の繰り出した一撃を両腕で受け止めて、ボクは後ろへと吹き飛ばされた。

キラキラとエフェクトを巻き上げて、ドレスの一部がガラスのように砕けていく。


「もう、いったいなぁ……。」


もうもうと砂煙の立ちこめる中、スカートを払ってボクは立ち上がる。

張り切って整えた髪はぐちゃぐちゃになっちゃったけど、そんなこと、気にしてられないもん!


『港4区、住民の一時避難完了です。』

『了解。警邏2分隊を残し、迎撃隊に合流せよ!』


「でも、ボクは負けないよ!」


――そう!だってボクは、魔法少女だから!

みんなを守るためなら、どんな苦しみも乗り越えられる!

それに……


『フォーメーションを崩すな!面の射撃で制圧する!』

『左舷弾幕薄いぞ!何やってる!』


「君の一撃……君の、憎しみも、苦しみも……」


苦しいのは、ボクだけじゃない。

拳を振るう魔獣かれだって、本当は苦しいはずなんだ。

だからこそ。


『対象の沈黙を確認!』

『確保!確保ーッ!』


「このプリティ・ドランカーが受け止め、って、あああーーーッ!!」


いつの間にやら蜂の巣になって、ギンギラの兵隊に取り押さえられている魔獣。

ボクと魔獣を取り囲むように、兵隊――特務0課の機動隊員が周囲を警戒していた。


「ちょっと!今ボクが決めてたんですけどォー!?」


ボクのことを無視して、勝手に取り押さえた魔獣の処置を進める機動隊員たち。

ボクの存在をアピールするようにぴょんぴょんと跳ねながら抗議すると、後ろから、ゴスッ、と鈍い痛みがやってきた。


「あだぁッ!」


「お前がのんびり自分の世界に浸ってやがるから、俺らがわざわざ出動してきたんだよマヌケ!」


不機嫌そうにそう言う声。聞きなれた嫌味なド低音。


「美晴!何でオマエがここにいるのさ!ここはボクら「魔法少女」のシマだろ!」


「魔法少女が「シマ」って言うな!お里が知れるだろうが!」


数年前から、世間を騒がせている「魔獣」問題。

その解決に当たっているのは、大きく分けて二つの勢力。


ひとつは、派遣天使によって見出された、神権の代行者たる美しき思春期の少女たち。ボクら「魔法少女」!


そしてもう一つが、今目の前にいる嫌味なギンギラ兵隊――美晴ミハルの様に、志願者の学徒動員によって組織された超法規的武装自警団、「特務0課」。


ルーツも何もかも違う二つの組織は、以前から魔獣の対処や縄張り争いで、小衝突を繰り返しているのだ。


「なんだよぅ。もっぺんボクらと戦争したいならやってやるぞーぉ。」


しゅしゅしゅ、とシャドーボクシングしながら、美晴を挑発する。

へいへーいと煽ってやると、まるで「頭が痛い」とでも言わんばかりに眉間を押さえて、深いため息をついた。

失礼なやつだな。頭がいたいのはボクのほうだぞ。


「やめてくださいよプリドラさん。うちら末端とやりあったって得ないでしょ?」


有意義な口論を続けていると、魔獣の処置もひと段落着いたのか、何人かの機動隊員がわらわらと集まってきた。


「こいつ新人なんですけど、プリドラさんのファンらしいんっすよ。」


「ちょ、ちょっと!恥ずかしいじゃないですか!」


まぁ、とは言え末端隊員と一地区担当なんてゆるいもんだ。

それに、ふふ、こういう風にもてはやされるのは悪くない。

こうやってちやほやされるために、ボクは魔法少女をやっているのだから!


「その、前に雑誌でみたときから、スゲえかわいいなって……。」


「そうなの?ありがとー、これからも応援よろしくね!」


「でもこいつ、家で気抜いてると方言バリバリで地方ヤンキーにしか見えなカパッ」


~機動隊員の証言~


『えぇ、彼女の腕が一瞬消えたかと思ったら、突然隊長の体が、糸が切れたように倒れたんです。何が起こったのかわかりませんでした。』


『殺意や害意は感じられませんでした。ただ……まるで色つきの風が吹き抜けていったような、そんな感じです。』


『下顎への恐ろしく早い一撃……俺じゃなきゃ見逃してたね。』


~閑話休題~


「ヤダたいへーん、ボク、魔獣さんの引渡しに行かなくっちゃ!隊長さん、ちょっと借りていくね?」


呆然とする隊員たちにそう告げると、ボクは美晴を引きずって、魔獣の方へ駆けていく。

無駄に図体でかくて運びづらいんだよコイツ。気絶してるせいで余計に重たいし。

そうして、天使への引き渡し場所まで魔獣を転送すると、ボクは目を覚ました美晴を路地裏に引き込んだ。


「ワレ大概にせィよ?プライベートの話は止めろち言いよろォが?」


「ほらぁ素が出てるーぅ。」


素って言うなし。方言とか知らないし。ボク生粋のシティガールだし。

胸元を掴んでがくがくと揺さぶっていると、頭をわしゃっ、と掴まれる。


「やーめーろーよー!セットすごい時間かかるんだぞ!」


「ほら、学校で友達がまってんだろ。」


そう言われて、はっと携帯の時計を確認する。

確かに、とっくに抜け出してきた授業は終わって、もう昼休みの時間だ。

なにやら言いくるめられたような気はするけれど、確かに早く戻らないと心配をかけてしまう。


「ちぇー、この続きはガッコでだかんなー!」


「はいはい、さっさと帰れ帰れ。」


シッシと手を振る美晴に思い切りあかんベーをして、ボクは学校へ戻ることにした。


* * * * *


「まぁ、それは災難でしたわね……美晴さんが。」


学校へ戻ると、ボクの親友……智美ともみちゃんが、一緒にお昼を食べようと待っていてくれた。

ここ体育館裏は、人がめったに寄り付かない、絶好の内緒話スポットなのだ。


「そうなんだよ!あいつ、いっつもボクにつっかかってきてさー!」


ボク――名栗間なぐりま くるみが魔法少女プリティ・ドランカーだってことは、クラスのみんなにもナイショ、なんだけど、大親友の智美ちゃんは別!

いつだってボクのことを助けてくれる、一番の協力者だからね!


「美晴さんとくるみさんは、幼馴染、なんですよね?」


「そうだよ?小学校から卒業するときに、あいつがこっちに越してきちゃったけど。」


そうして思い出される、まだかわいかった頃の美晴との思い出。

ズボンおろしゲームで間違えてパンツまで下ろしちゃったり、トイレ掃除が面倒で上からバケツをひっくり返したら、偶然中にいたあいつにぶっかけちゃったり、風邪で休んだあいつの給食から、プリンだけをこっそり中抜きして届けたり……。


「よく今まで刺されませんでしたわね……。」


そんな風に取り留めの無い会話をしていると、自然、話題は魔法少女活動のことに移っていった。


「くるみさんも気をつけてくださいね。いま、巷には「秘密を暴く魔獣」が出ているそうですから……。」


「秘密を?」


「ええ、それで正体が露見して、活動を続けられなくなった魔法少女もいるらしいですから。」


智美ちゃんが深刻そうにそう言う。確かに、魔法少女ってイメージ商売だもんね。

秘密にしておきたいこともあるかも。

なんて話をしていると、うわさをすれば影、と、またしても魔獣の反応がみつかった!


「智美ちゃん!先生にはうまく言っておいてね!」


「ええ、くるみさん、お気をつけて!」


そうして、事件現場へと駆け出していくボク。

うーん、今日もカワイかっこいいぞ!


* * * * *


「うわっ、と!」


めちゃくちゃに乱射されるビームを、紙一重で回避する。


「ギャあッ!」

『恋人に200万借りたままバックレました!』


噂をすれば、というか、お約束というか、事件を引き起こしていたのは、件の「秘密を暴く魔獣」だった。

町のど真ん中で暴れて、すでにかなりの人が被害にあっているようだ。


『婚約指輪質に流して、よく似たデザインの偽ブランドをつけているわ!』

『派遣先でサーバ全部ぶっ壊して、そのままバックレました!』

『ワシはヅラだ!』


被害者の中には、0課の隊員も見える。先ほどの現場からこちらへ直行して、手が出せずにいるようだ。


「このままじゃ、ジリ貧だよ、っと!」


「おい!俺の後ろにかくれてんじゃあねーよ!」


うるさいな、せっかくその無駄にでかい図体を活用してやっているのに。

どうせオマエ、秘密なんか無いんだからいいだろ?


「ボクが皆を守る剣になる……美晴は、ボクのイメージを守る盾になってくれ!」


「ふざけんな!」


そうしてうろちょろと逃げ回る美晴を盾にしていると、不意に近くの隊員から声が飛んできた!


「ふたりとも、そこ危ないッス!」


不意に、視界の端に見えた閃光。

魔獣とは真逆から飛んできたそれは、ビルのガラスから反射してきたものだった。


(跳、弾ー―ッ)


ぎゅっと目をつぶって、衝撃に備える。

だけど、いつまで待っても、その衝撃は訪れなかった。


「隊、長ッ!」


目を開いて、明るい景色の向こうにいたのは。

一人ボクの盾となって、いやに決意めいた顔をした、美晴だった。


「な、なんだよ、本当に盾になるなんて――」


『俺は、』


美晴は、何かが吹っ切れたかのように。

ボクの頭にポン、と手を置くと、銃を握って魔獣のほうへ駆け出していった。


『俺は、くるみのことが、好きだ。』


「ふ、ぇ?」


思考が、止まる。


『再会したとき。見違えるほどにきれいになった君に、胸が張り裂けそうに高鳴った。』


何度もビームの直撃を食らいながら。美晴は一人、魔獣へと銃弾の雨を降らせて行く。


『危ないことは、もう止めてほしい。ただ、笑っていてくれたらと思う。』


記録的な速さで、その勢いを殺されていく魔獣。

ボクは、というと、いつの間にか地面にへたり込んだまま。


『俺に、彼女を守ることができたら、と思う。』


なんだよ、こんな形で、こんなことを言うなんて。


『ああ、俺は、君がたまらなく好きだ。』


あしたから、どんな顔で会えばいいんだよ!

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