恋を強いる天使

片山順一

出会ってしまった二人


 この世には、愛が足りないらしい。


 確かに未婚率がやばい気がする。日本だけじゃなく、世界的な傾向で、どこの国も焦っていると聞く。


 そこまでは、もう知ってたけど。


 本物の神様の国まで、そのことを気にしてるだなんて、ね。


 黒い羽に、黒い髪、黒い瞳に、羽衣一枚をまとった天使が、アパートの部屋の中に現れて、そう告げた。


      ※※        ※※


 天使の名はメア。女子中学生くらいの年ごろだけど、飾り気のないワンピース一枚をはおって、背中に黒い翼を生やしている。触れないけど、灰色の割っかと、蛍光灯程度の後光もある。


 そんなのが、動画をながめる僕の袖をくいくいと引っ張る。


「……ですからー、ね、ラブコメしましょうよ。ほら、恋愛って楽しいですよ、何気ない日常にスパイスが」


 猫かなにかか。客観的には可愛いけど。


「何気ないなら何気ないままでいいじゃないか。うまくいっても、将来そいつと結婚するかも知れなった奴を傷つけるなんて嫌だ。いつ後ろから刺されるか分かったもんじゃない」


 実際、まったく知らない女子に告白された次の日、そいつの恋人を名乗る男たちからいじめが始まった。


 一月後の今、絶賛不登校、笑うしかない。


「またまたー。ビビり過ぎでしょ。そんな。でも、選ばれるのがあなただけかも、しれないじゃないですか。だったら、あなたが動かないとそれで終わりってことに」


「冗談じゃないよ。僕の趣味はネットでゲーム。しかも、断然ソロプレイ。趣味は盆栽、三十年先、枝葉がどうなるかのプランまである。恋だか何だか知らないけど、よく知らない変な奴が、僕の人生に入り込む余地はないんだ」


「ですよねー。もう本当にね、放っといてくださいって感じで。私も、千年単位で育てる雲、飼ってるんですよ。この仕事も、なんか私が堕天しそうだから、やれって天使長様がねー。いいじゃんべつに一人だってさー」


 全く僕と同じテンションでうなずくメア。

 戸惑う僕と、快活な視線がぶつかり合う。


「え」


「え」


 僕と、メアと名乗った堕天使は見つめ合う。


 眺めていて飽きないないな。というか、ただ可愛いとか綺麗だけじゃない。僕のことをじっと見つめて、観察してくる様が不快じゃない。


 が、僕の方から咳払い。


「えっと、じゃあ天使として、僕が恋をする可能性のある人を紹介して、しかも気持ちまで操作してくれるって?」


 指摘すると、メアはどこからともなく取り出した羽の付いたスマートフォンを操作する。


「……そう、ですね。あなた、崎川さきかわ宗吾そうごさんの恋愛適性値は、おお! 89ですよ。最大100の。うっわもう楽勝。ほら、学校の委員長居るじゃないですか」


「あのおとなしそうな眼鏡の」


「そう! あなたと同じゲームやってます! しかも明日ログインしたら、パーティ組めます。セリカって名前で、アイドル的なヒーラーやってて、あなたは危ない所を助けて、ハンドルネームから秘密に気付いて」


「却下。そいつの秘密を握って守るとかなんとかって話だろ。めんどい」


 冷めきった僕の態度だが、メアはこくこくとうなずいた。


「まあそうですよねえ。一人でまったりゲームやりたいのに、リアルの知り合いが入ってきてその人のこと、気にしながらやるだなんて、ダルくてもー」


 分かってるじゃないか。二人して満足げにうなずいたが、メアがぶんぶんと頭を振る。黒い髪がさらさらと揺らめいて美しい。


「……はい、じゃあ、気を取り直して! 生徒会長で成績優秀、小学生から芸能界にスカウトされること二十回。しかも巨乳な黒髪の」


「ああ、三年間で百人以上に告白されてるっていうあの」


 学校に行かなくなる前、クラスの男子が喋ってた気がするなあ。目がくらむほど綺麗な先輩だ。


「そう、あの学校騒然大注目の、あの人! なんとあなたが忘れた幼なじみです。しかも結婚の約束をしていて、向こうだけがそれを覚えてます。あなたは小さい頃、水難事故からあの子を助けたときに、記憶を失っています。明日学校に行くと、なんとあなたは、あの人に見染められますよ! いきなり告白! 逆玉ヤッター!」


 ばんざーいと無駄なテンションで両手を上げるメア。


 どうも、七歳くらいから前の記憶がないと思ってたら、僕にそんなことがあったのか。ため息と共に、言い切る。


「どうせ、その後みんなにうらやましい目で見られるとか、なかなか気づかない僕に、その人の心が離れかけ、傷心で留学しようとしたところで僕が思い出して、空港に駆けつけて大団円とかだろ」


 適当に言ってみたが、メアは目を丸くする。


「すっご、空港以外全部合ってる。駆けつける場所が、バスターミナルっていうだけ……」


「嫌だよ。そんな。僕は忘れてるんだから、いいじゃないか。というか、あれだけできるなら、同じくらい凄い人とくっつけばいいよ。会話のレベルについていけないし、お金持ちって敵が多いんだ」


「ですよねー。美人だとか、お金持ちだとか、分かりやすいことばっか見てると、いざ付き合ったら、根本的な価値観違ったりして、がっかりして余計傷つくとかありますよねー」


「……体験か?」


「オホン。えー、じゃあ、最後から二番目の奴です。うわ、これ凄い。本当にすごい! ほら、あのクラスで一番目立たない感じの」


「委員長じゃなくて?」


「でなくて、美化委員の方」


「……ザ・モブみたいなあの子か。顔が思い出せないけど」


「そう、あの子。本当は、異世界の魔王です。転生してラブコメをしに平和な世界へ来ました。けど、明日、異世界から追って来た勇者に攻撃されます。それで、力が弱った所を、偶然このアパートの近くに来るから……」


「僕が身を挺してかばうんだな。どうせ、勇者ってものすごく正義の味方みたいな奴で、ただの人間の僕を殺せずに、結果的に僕が魔王を助けたことになるとかだろ」


 メアが飛び上がって叫んだ。


「わー、せいかーい! そして、勇者は隙を突いた魔王の魔法で、可愛い女の子に変身。あなたは、あなたに助けられてあなたにほれた魔王と、魔王の誘惑からあなたをかばおうとする女体化勇者(巨乳)と、はちゃめちゃながら、ちょっとエッチな学園生活を送っちゃいまーす」


「一応聞くが、それ、最後どうなるんだ」


「……え、と、魔王と勇者は実は同じ神様が分裂した存在で、だから二人ともあなたを好きになったんです。魔王の昔の側近が来て事態をかく乱して、二人の争いがシリアスになって、二人と一緒に学校に復帰し、周囲への愛をもう一度取り戻したあなたは、みんなの日常を守るために」


「二人に身を捧げて、神様は一つに戻るか。世界は破壊されず、異世界も平和になるトルゥーエンド」


「せいかーい。あなたは、あなたを求める二人と共に、永劫のときを神として過ごすことになりまーす」


 ただの恋愛がなんということになってるんだろう。昔懐かしい、セカイ系って言葉を思い出す。


「……それ、主人公やりたいと思うか?」


「まさか! 確かにラブはあるけど、最後コメじゃないですよ。ていうか重すぎ! まあ確かに、序盤ラブコメから世界を守る感じの作品はある気がしますけど。それに私、いくら大事でも、人のために死ぬなんて嫌でーす」


 ひらひらと手を振り、翼をはためかせるメア。こういう所が、堕天寸前なんだろうな。


 けど、同意だ。ため息が重くなる。


「じゃあ分かるだろ。僕も嫌だ」


「でっすよねー。まあ、行かなきゃ行かないで、勇者の方は結界を壊せず、こっちに来れなくなるらしいんで、問題はないかと」


「ならいいよ。穏やかに過ごしてもらおう。魔王だし、変な奴なら返り討ちにするだろ」


「ていうか、宗吾さんと結ばれなかったら、二十年後に女性首相になって、日本の領土を三十八倍にしてますね。アメリカの基地全部追い出して、中国の半分切り取りますよ」


 いくらなんでも、魔王が過ぎやしないか。我が国の将来の領土を侵害することはできない。


「なんだよ。どれも、ラブコメ書こうとして複雑骨折した、あほなアマチュア作家の妄言みたいだ。もう嫌だ。僕は行かない。恋は、しない」


 メアも、今度は止めなかった。


 ベッドに座った僕の横に、ちょこんと腰をかけ、黒い翼をそっと寄せる。


「そうですよねー。うん、自分って、変えたくないですよね。付き合うとしたら、価値観が合う人に限る」


「そうだよ。お互い侵害しないで、ノリ突っ込みしたり、適当に喋って日常が過ぎていくような」


 そこまで言って、僕はメアを見つめた。


 メアも、僕を見つめる。白い手を、肩に沿わせてくる。


「ノートの最後、見ますか?」


 小さな唇、丸い瞳、真白い肌、足りない胸に細い肩。

 まいった、目が離せないぞ。


「いらない。明日は、君と出かける」


 くすくすと笑うと、小首をかしげるメア。


「私、堕天しなくて済みそうですね」


 僕とメアはベッドの上で手を握る。


 どちらともなく、身を寄せて――。



 恋愛適正値ってやつは、しゃくだけど、参考になるらしい。


 最大値100のうち、89。

 僕は、簡単に僕の天使を見つけられた。

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