KAC2019 短編集 魔王化した勇者が帰ってきたら幼馴染がメイドになっていた件。他。

風庭悠

異世界で勇者になった俺が現世に帰還したら、幼馴染の美少女がメイドになっていた件。

KAC03「だってわたしくらいしかあんたの面倒見てやる子なんていないんだから。」

 俺の名は「高山奏たかやまかなで」。異世界ではかつて勇者だった男だ。魔王を倒し、そのすべての力を受け継いでしまった俺を異世界は拒絶した。そりゃそうだ。放っておけば俺が魔王になってしまうかもしれない。かといって俺に国王をさせる気は毛頭ない。だって、自分の保身のために俺を召喚したのだから。


 俺がひょっこり帰って来たので、俺の家族はびっくりし、喜んでくれた。しかしそれもつかの間、日本政府からのお迎えが来たのだ。「魔王の力を持つ高校生」、そんなものは野に放たれた猛獣と一緒だ。法的にすでに死んだことになっている俺はまた合法的に殺されそうになったのだ。


 ただ「魔王の力」をみくびってもらっては困る。俺は日本政府の閣僚と政権与党の執行役員を呪いで全員ステージ5の癌を発症させ、全身200か所以上にくまなく転移させてやった。皆さん全員、あと3日で死にます。と宣告してやったら総理大臣以下、生きながら遺体になりかけた身体をひきずって焼き土下座してきた。


 しょうがないので病気を治してやるかわりに「防衛費」の名目で1年1000億円の手当と行動の自由の無制限の保証、そして都心の一等地に「大使館」をもらったのだ。つまり、俺は魔王になってしまった。


 でもちゃんと代金分は働いている。北の首領様に同じことをして差し上げたら拉致被害者が全員帰ってきたし、とあるムキマッチョ大統領を筋肉が萎縮する致死性の病にして差し上げたら北方領土が全部帰ってきちゃった。そんなに筋肉大事かねえ?


 来年は竹島を不法占拠してる国の国民全員を「ゴブリン」に変化させる予定である。5500万匹のゴブリンとかウケる。まあ整形前に戻ったと思えばいいのか。


 話はそれたが、こんな魔王に人がよりつくはずもなく、俺は一人、瀟洒なお屋敷でシングルライフを楽しんでいた。家事は業者に任せている。どうせこうなることはわかっていた。


「朝だぞ。起きろよ。」

どこかで聞いたことがある声で俺は目を醒ました。時計に目をやるとまだ午前8時前じゃないか。

 「おい、まだ真夜中じゃないか。」

 最近ゲームのやりすぎで昼夜が逆転している俺が抗議の声をあげながら身を起こすと、そこにいたのは「三橋真綾みつばしまあや」、俺の幼馴染だった。


「あれ、真綾、なんでここにいるの?」

真綾は手に腰を当てたまま不敵な笑みをこぼす。

「あんたどうせ自堕落な生活を送ってるんでしょ?心配だから、見に来てやったんじゃない。感謝しなさいよ。恐怖の大魔王に近づく人間なんていないだろうから話し相手になってあげる。だから時給10万円くれ。」

「おいおい、ライオンの飼育係だってそんなにもらってねえわ。」


 真綾は超絶かわいい。小さな顔にくりくりした眼。長い髪をポニーテールにまとめてメイド服に身をかためている。子どものころからの俺の憧れの人。手の届かなかった遠い存在。でも、いや、だからこそ俺は真綾とフランクに接していた。社長令嬢の彼女とは住む世界がもとから違うので、嫌われようがなにしようが、どうせ結ばれることは絶対にありえない。だからだ。


「なんでお前がここにいる?」

「政府に頼まれたの。『虎』の首に鈴をつけたらうちの会社が政府の公共事業に食い込めるからね。その見返り。」

藁をもつかむとはこのことか。日本政府も俺に懸命に媚を売っているさまがよくわかる。ただし、胸糞は悪い。でも、対等に会話してくれる人間はこの現世では彼女しかいないだろう。俺は彼女の世話を受け入れることにした。


 彼女はとにかく偉そうだった。とってつけたような雑なレベルの家事スキルはもとより、なんにしても不足しているのだ。ただ、一切悪びれる様子が見られないのが気持ちよくさえあった。


「真綾。ペン持ってきて」

「お駄賃は?」

「それ時給に「折り込み済み」ですう。」

真綾の態度はわざと俺をいらつかせようとも思えるものだった。俺も逆に真綾にいたずらをしかけるようになった。


 「キャッ」

俺は掃除をしている真綾の尻を後ろからなでる。

「セクハラで訴えるぞ、このクソ魔王。」

「安心しろ、ここは大使館。治外法権だ。」

「だれも安心せんわ!」


 俺には一撃で彼女をただの肉の塊にする力がある。にもかかわらず彼女はそれを恐れてはいない。ただのバカなのだろうか。最近、アメリカの大統領さえ俺の前でひれ伏したのに。母親の癌を治してほしいんだそうだ。だから言ってやった。

「フランクリン・ルーズベルトを『人道に対する罪』で有罪にできたら治してやる。」


 そいつは広島長崎の民間人を虐殺する原爆の使用にGoサインを出したやつだ。大統領は泣きながら出て行ったっけ。ここで私情をはさまないのが共産圏の独裁者どもとは違うところだ。

 ちなみに、日本の共●主義者のとある政党から政府転覆の協力の申し出があったので、断る意思を示すために前の委員長の大邸宅を火事にして全部灰にしてやった。共●主義者が全員自分の資産を寄付しないのはなぜかわからん。私有財産を否定しているくせに指導者はみんな金持ちだ。


 「奏。なんでお前はわざと人に嫌われるようなことをするんだ?」

なぜか真綾が絡んできた。

「別に。俺は自分が主張することを一つもやっていないやつにまずお前からやれ、と言ってるだけだ。」

 俺は異世界でいやというほど知ったのだ。人間の欲は加減を知らない。制止されない限りとことんまで突き進んでいく。それが偉いやつの特権なのだ。そして今、その最高峰にいるのがこの俺なのだ。俺が暴走した時、だれもそれを止められないだろう。だって俺は「魔王」なのだから。


「で、俺が嫌われて真綾が困ることなんてあんの?」

俺は意地悪く聞き返した。

「わたしは、昔のあんたみたいに、だれとでも仲良くなれる、そんなあんたに戻ってほしかっただけ。」

真綾は口を尖らせた。

 それは、俺が自分を殺して他人に合わせていただけのこと。かつてヒエラルキーがいちばん下だった俺の単なる処世術だ。力を持った今、ひれ伏すのは俺ではないはずだ。


「じゃあ、真綾が俺の妻になってくれよ。そうしたら考えてやるよ。」

俺はからかったつもりだった。


 その晩、俺の部屋のドアをノックする音がする。

「どうぞ。」

この家に夜になってもいるのは真綾だけなのだから。真綾はそれはそれはセクシーな下着姿で入ってきた。まだ幼さが残る彼女の顔立ちとのギャップで俺はドギマギしてしまった。

「わたし、あんたの妻になるから。それであんたの気が済むなら好きにしていいから。」

「なんでそこまですんのよ?人類の命運を背負うほど恵まれたわけでもないのに?」

俺は鼻白んだ。そこまで俺に尽くす理由なんてあるのだろうか。


「覚えてないの?最初にあんたが死んだ理由。」

俺は首をかしげる。そういえばなぜ俺は異世界に転生したのだろうか。


 そして、フラッシュバックのように記憶がよみがえる。そうだ。あの時、俺は思わず真綾をかばってトラックに轢かれたのだ。あの時、俺はひどい痛みを感じながらも真綾を守り切ったことに誇りさえ感じていたのだ。そして、その気持ちこそ、俺が勇者として異世界に招かれたきっかけになったのだ。


「そうか……。あの時はお前が無事でよかった。でも、それは単なる俺の自己満足にに過ぎない。お前のせいじゃない。だから、お前がこの世界の犠牲になる必要はないはずだ。」

「わたしはわたしが犠牲だなんて思わないよ。それはあんたが私を守ってくれたことを『犠牲』だなんて思ってないのと一緒だよ。」

 その時、俺は理解した。真綾もずっと罪悪感に苛まれていたことに。他人を犠牲にしてその上に自己の幸福を築くことの矛盾に。


「だから、いつ私を殺してくれてもいいんだよ。私のせいであんたが死んでしまったんだから、私はあんたにいつだってこの命をやるよ。」

俺は真綾をぎゅっと抱きしめた。

「ごめん。俺が間違っていた。俺はきっとだれかにこう言ってほしかっただけかもしれない」


 俺はまさに「身をに粉にして」戦ってきた。異世界であろうと現世であろうと。でも、かえってきたのはいつでも「畏怖」つまり「拒絶」の心だった。ただ俺は受け入れてほしかっただけなんだ。ありのままの自分を。


  こうして間もなく「魔王の国」に二人目の国民が生まれたのである。そして、ほどなく3人目も加わるだろう。俺はもう孤独ではない。愛するもの、守るべき存在が再び現れたのだから。









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