死神と名探偵

戸松秋茄子

本編

 はじめて自分の体質に気づいたのは、いったいいつのことだろう。


 幼稚園の同級生が頭のおかしい女に刺されたときだろうか。


 同じマンションの林家が一家心中を企図したときだろうか。


 それとも、家族旅行で訪れたホテルで密室殺人が起こったとき?


 わからない。


 たしかに言えることはひとつだけだ。


 僕は死を呼び寄せる。


 たとえば、中学校に入学して間もなくして、担任の先生がストーカーに殺された。同じクラスの橋本さんは、大学生の彼氏に首を絞められ殺された。近所に引っ越してきた人のよさそうな夫婦は揃って居直り強盗に殺された。これらの事件はすべて半年以内に起こったものだ。


 この頃にはもう、さすがに自分の体質に気づいていた。他の誰かのせいではない。自分が死を招き寄せているのだと十全に理解していた。


 周りの人間だってそうだ。みんな知らないうちに僕が遭遇した死の噂を聞きつけていた。死神と影で呼ばれていたことは何の驚きでもない。同級生に避けられはじめたことも。恐怖から学校に来なくなる同級生が続出したことも。驚くことなんて何もない。それが自分の運命だと受け入れていた。そう、あいつに会うまでは。



「パートナーになってほしいっす」


 あいつは言った。放課後の屋上だった。高校一年生の春。二組の高橋君が母親に殴られて死んだ三日後のことだった。


 登校すると、下駄箱に手紙が入っていた。女子の字で、放課後、屋上に来てほしいと書いてある。


 浮いた発想は出てこなかった。ただ、高校に入学してすぐ「死神」と恐れられるようになった僕に何の用があるのか、気になった。気になったので、その文面に従うことにした。


 そのとき、僕が想像したのはこんな可能性だ。


 いよいよ僕の番がやってきたのではないかと。死神は周囲にまき散らした死のツケを自分の命で支払わされるのではないかと。僕はどこの誰とも知らない、おそらくは義憤に燃える誰かの手によって屋上から突き落とされるのではないかと。


 それはそれでかまわない。


 捨て鉢な気持ちで向かった屋上で待っていたのは、同級生のあいつだった。


 小柄で、少し癖のあるショートボブ。目はくりっとして大きく、どことなく猫を思わせる雰囲気があった。その彼女が、開口一番、パートナーになってほしいという。


「パートナーってどういうこと」僕は尋ねた。

 

「だーかーら。パートナーっすよ。パートナー」あいつは頭の悪い口調で言った。「死神なんすよね? ちょこっとだけでいいから、その死をお裾分けしてほしいんすよ」


「お裾分け?」


「そ」あいつは八重歯を見せて笑った。「あーし、これでも探偵志望なんすよ」


 それだけを聞いて、あいつの意図がわかるほど、僕は聡明ではなかった。あいつが続いて説明するのを聞いてようやく納得する。


 納得、というか理解した。あいつはミステリ小説に出てくるような名探偵を目指している。そのためには、まず事件が必要だ。その事件を、僕に提供してほしい、という。


「提供と言ったって、僕が自分の意志で誰かを殺してるわけじゃない。君が望むような形で事件を提供できるとは限らない」


「だから、ちょこっとだけでいいって言ったっすよ。あーしだって選り好みはするっす。探偵が介入するだけの価値がある事件は限られてるっすからね。君はその一部だけを提供してくれればいいんすよ」


「そもそも、パートナーっていうのは何だよ。ほっといたって、僕の周りで人は死ぬんだ。勝手に推理なり捜査なりすればいいだろう」


「ノンノン。それじゃ取りこぼしが出てくるっす。捜査は初動が肝心っすからね。警察を出し抜くには事件の現場に居合わせるのが望ましいんすよ。そのために、ぜひとも二四時間行動を共にしてもらいたいっす」


「二四時間だって?」


「そう聞こえなかったすか?」


 あいつがうちの隣に引っ越してきたのは、その数日後のことだった。



「さあさあ、今日はどこに行くっすか」


 休日の朝、あいつは僕の部屋に乗り込んで言う。家族は僕に友人ができたと手放しで喜んでいるので、顔パス状態だ。


「出かけない」僕は布団にくるまりながら言う。


「えー、つまんないっすよ」


「出かけたらその先で誰か死ぬかもしれないだろ」


「ほっといたって同じマンションで誰か死ぬかもしれないのに?」


「いやなことを言うな」


「事実っすよ」


 こんな体質に事実も何もあったものじゃない。だけど、その後、妹がやってきて、あいつと一緒になって僕を布団から引っぺがしにかかってきた。「たまには外で遊んできなさい」とのことだ。家族はすっかりあいつの味方だった。


 とにかく、こうして僕はあいつと出歩くようになった。



「で、どこに行くんだ」


「そうっすね」あいつはしばらく考え込むようにしてから、「そうだ。遊園地。遊園地がいいっす」


「はあ、なんで」


「いいじゃないっすか。遊園地。某国民的探偵漫画だって最初の事件は遊園地だったっすよ」


「お前が遊びたいだけじゃないだろうな」


 僕は訝しみながらも付き合うことにした。遊園地なんて、小学生の時に家族で行って以来だった。そのときは、ジェットコースターの行列で喧嘩が起こって、一方のおじさんが頭の打ちどころが悪くて死亡した。今度はそんなことが起こらないように願う。


 しかし、運命は無常だ。今度はお化け屋敷だった。僕らの先に入ったカップルが揃って何者かに刺殺されたのだ。


「事件、事件っすよ」


 もちろん、あいつは大興奮だった。尤も、あいつの名推理とやらが閃くより早く、犯人が逮捕された。妻子に逃げられた四〇代の男だった。「遊園地に来る奴らなんて全員死ねばいい」と供述しているらしい。



「次こそは、あーしの名推理で犯人を捕らえるっすよ」


 あいつはそんなことを言いながら、今日も僕を連れ回す。ショッピングモールに公園、美術館、動物園。これまで、何度となく事件に遭遇してきたけれど、いまだ名探偵としての成果は残せていない。そのことに焦りを覚えた風もなく、あいつはいつも機嫌よく笑っている。


「明日は明日の風が吹くっすよ」


 そう言い切るあいつの笑顔になぜだろう、少しだけ安らぎを覚える自分がいる。



「なあ、お前、怖くないのか」


「何がっすか?」


「僕の体質だよ。いつかお前を巻き込むかもしれない」


「それはないんじゃないっすかねえ」あいつは能天気に言った。「なんだかんだで君の家族は無事なわけじゃないっすか」


「それってどういう……」


「名探偵の直感っすよ。君の体質はきっと近しい人間には及ばない」


「僕とお前が近しいって?」


「違うっすか?」あいつはあっけらかんと問い返す。


「家族でも恋人でもないのに変な自信を持つな」僕はあいつの頭を小突いた。


「へへへ。なってもいいっすよ。恋人。それで君が安心するなら」


「馬鹿。誰がお前の心配なんか」


「あ、赤くなってるっすね」あいつは笑う。「冗談っすよ。冗談。さあ、今日も事件を求めて旅立つっすよ」



 こうして僕はあいつに振り回される。今日もどこかで、誰かの死と出くわすのだろう。あいつの名推理が閃く余地もなく、犯人が捕まって、そして僕らはただ遊んで帰る。その繰り返しだ。


「楽しい癖に」と妹は言うが、そんなことはない。行く先々で人死にに出くわして気分が悪くならないはずがない。それに、不謹慎だ。だけど、なぜだろう。今日も僕はあいつについて行く。そんな自分を受け入れはじめている。


「ああ、もう。どうにでもなれだ」


 そんな捨て鉢な気持ちで、今日もあいつの隣を歩いて行く。

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