君の照れる顔が見たくて

柳翠

第1話君の照れる顔が見たくて

この学校には、二人の恋人がいる。

彼、茅司と、彼女、柊咲がいた。

この二人もまたプライドの高い、恋人同士であった。


「あら、今帰り? 司」

「そうだ」


放課後の校門でまるで待ち合わせしていたかのように偶然を装い手を挙げ受け答えする二人がいた。

無論、咲は司が来るのをコソコソと待っていた。

そしてまた、司も昇降口で咲を待っていたが一向に現れないので、校門で待とうと言う算段を立てていたがそれもまた、すれ違いである。


「今から少し、買い物にでも行かない?」


上目遣いで少し甘えるような声で言ってきた咲に対して、司は思った。


(今日も可愛い顔してるな)

「そんな顔で言われても俺は付き合わん」

(行きたい!)と思ったりするが声には出さない。


咲は思った。

(絶対私と買い物行きたいくせに。ふーんだ、これ以上誘ってあげないんだから)

プライドの高い二人は常にツンデレ。

お互い裏表が激しい。


「しかしまあ、本屋に予定がある。一緒に行かないか?」(これでどうだ! 行きたいだろ。行きたいよな?)

「いえ、結構です。また今度」(行きたいのになんで口が勝手に)


残念そうに顔を歪ませる司。咲に気づかれないように後ろを向いて、帰路に着く、はずだった。


「司、やっぱりその」

「どうした?」(お、これは『やっぱり行きたい!』という感じか?)


照れるように口元を抑える咲、顔が暑くてしょうがないので、今日は暑いですねと言って顔を仰ぐ。しかし、照れる顔を相手に見せないようにこちらもまた後ろをむく。この状態では二人はお互いに背を向けている感じなので傍から見れば、「別れ話?」となっていた。


「そ、その…………」

「なんだ?」(誘い? お誘いだよね)

(あ、暑いわ、今日はなんて暑いのかしら。真夏にも程があるわ。プール行きたいな)「プール行きたいな」

「は?」

「い、いやだから、プール行きたいな!」(私の水着姿で悩殺ですね)

「い、いや」

「嫌ですの?」

「い、いや違くて」


司は動転した。もちろんプールに行きたくない訳では無い。この所毎日欠かさず筋トレをしていた。それは、に向けてだった。そう、今は真冬。二人してコートを着ていることを忘れているかのごとく、顔が真っ赤である。しかし、背を向けている以上それは二人には確認できない。


「い、今冬…………い、いや行きたいな! 俺もプール行きてぇ!」

「ですよね!」(やっぱり私の水着姿が見たいんだわ)


咲はまだ、今が冬であることを忘れていた。


((ここで!))


二人の意思が共通になった瞬間であった。


((照れさせる!!!))

(見て驚け俺の腹筋)

(見て驚くがいいですわ、私の身体)


「じゃあ、ここで待ち合わせな」

「分かりました」


更衣室前で別れた二人は、着替えている時、驚くべき事実と直面した。


(お、俺の腹筋がない!)

(わ、私、太った!)


司は忘れていた、今日が冬であること、そして筋トレを始めてまだ三日目だった事に。


咲は忘れていた、今日が冬であること、そして最近夜食のカップラーメンがやめられない事に。


((しまったー!!!!))


「お、お待たせ」(なぜ、なぜにパーカーを羽織っている)

「いえ、私も今着いたところです」(どうして、どうしてパーカーを羽織っているの)


二人は隠すことにした。持参していた緩めのパーカー、2人の身体を隠すのにはうってつけだった。


「とりあえず、泳ぐか?」

「そうですね」


二人は忘れていた。


(俺、)

((泳げないんだー!!!!))

(私、)


馬鹿である。


普段、勉学では常に上位に位置する司。その努力は誰も見ていないが裏切ることは無かった。しかし、スポーツに関しては別、いくら練習しても上手くなることは無かった。運動音痴である。

そして、八方美人、花顔雪膚である咲もまた、運動音痴である。


「お、俺は、流れるプールに行く」

「わ、私は、25メートルプールに行きましょうかね」(何言ってんの私! 泳げないくせに。見てみなさい、あのプロみたいな泳ぎ。あんな人達の所にまじるなんて無理)


咲は強がった。


「あ、じゃあ俺もそっち行こうかな」(何言ってるの! ねえ、何言ってるの?)


司も強がった。


チャプリ。音を立てながら恐る恐るプールに浸かる。


「ひゃ」

「どうした?」(何今の声、可愛い)

「い、いえ、少し冷たくて」(何今の声キモイ)


入ったはいいもののこのあとどう動けばいいのかわからない。しかし、(今レーンは空いていない)(ならば、とるべき選択はひとつ!)((出よう!!))そんな事を二人で逡巡していると、


「おや、可愛いカップルだね、どれ、このレーンを貸してあげよう」

「わぁ、ありがとうございます」(何このじいさん、恩着せがましい)

「どうも」(このじいさん、なかなか良い奴だけど今はやめて!)


渋々、レーンを借りた二人は、


「ど、どっちから泳ぎます?」(先に司が泳いで!)

「どっちでもいいが」(咲、お前から泳げ!)

「で、でもでも、司の泳ぎを先に見たいなー」(私は無理!)

「い、いや、咲から泳いでくれ、俺はまだ水になれなくて」(俺は無理!)

「いいえ、司から泳がないとダメですよ」

「何故ダメなんだ! 理由を述べてくれ」

「い、いや、私からだとなんか、その、とりあえず、司から泳いで!」


(どうしてこんなに俺から泳げと進めるんだ? はっ、もしかして)


「お、おや、もしかして、咲、泳げないのか?」(泳げない同士? ならば、咲から『私泳げません』『俺もだ』『あら、ならば、波のプールに行きましょう』『そうだな!』よし、脳内シュミレーションは完璧だ!)


しかし、咲は強がった。


「お、泳げますけど!」(はっ、まさか。司、バリバリに泳げる? そして泳げない私に対して『教えてやるよ!』『ほんと嬉しいな』『任せとけまずは俺が手を握っててやるよ。ほらバタ足から』『は、はい』出来た。私の脳内シュミレーションは完璧だわ!)


「そうなんですよ、私泳げなくて」

(やはりっ!)「ならば波のプー――」

「なので、泳ぎを教えてください」

(そ、そう来たか!!! いやまて、俺が泳げないことを知っていてここまで俺に泳げと言うのか。恐るべし柊咲。ここで俺も泳げないと言った方がいいな、うんそうしよう。)


しかし、司は強がった。


「し、仕方ないな教えてやるよ」

「ありがとうございます」

「まずは何から教えて欲しい」(どうしよう、バタ足したら後ろに下がると定評の俺が何を教えられるんだ?)


とりあえず、咲の前に立ち、どうしようか悩んでいると。


「とりあえず、見本が見たいです」

「任せろ」(うわぁぁぁぁー。どうしよう! いやまて、ここでかっこいい俺の姿を見たらきっと、咲は照れる。『かっこいい司』と言って照れるに違いない。泳ぐしかない!)


司は飛び込み台の上にたち、横で見る咲のキラキラ光る期待の眼差しをうけ、意を決した。


(いまだ!)


心の中で叫び、勢いよく飛び込む。咲の目からそれはスローモーションのように見えこう思った。

(美しい。なんて美しい飛び込みなの? 格好いいわ)

(見様見真似で隣のおっさんの飛び込みの真似してみたけどどうかな? しかし、本題はここから)


指先が水面に触れる。するりと、別世界に飛び込むように身体が、消える。刹那。咲の目には恐ろしいものが飛び込んできた。


(水しぶき!)


水しぶきによって一瞬目を離したその時を司は見逃さなかった。

バタ足をしているかのように、足を地面につけて、体を90度に曲げて、まるで泳いでいるかのようにした。


小学生が使う泳げない人の秘技だ。


水面から見たらどうだろう。折りたたみベッドのような体制でキモイ、と言わざるおえないが、進行方向上から見たらどうだろう、まるでそれは、オリンピック選手のようにバタ足と水掻きで、泳いでいる姿にしか見えない。


(格好いい)


咲の目からはそう見えた。


「ど、どうだった?」


恐る恐る聞いてみると、咲は、顔を俯かせて「格好…………良かったです」


「そうか、良かった」


この時、咲は照れて顔が真っ赤であったが、俯いているせいか、司がそれを見ることは無かった。


(格好いいならもう少し照れてくれてもいいのに)


「さ、泳ぎを教えよう。まずはパーカーを脱ぐか。俺も泳いでいて邪魔だったからな」

「そうですね。それにプールでは少し室温がありますね。水に浸ってないと暑いです」


二人は忘れていた。

司の筋肉がそこそこないということを。

咲が、少し太ったんじゃないかということを。


しかし、それは、二人の思い込みであった。自意識過剰な上プライドの高い二人は自分の容姿が完璧でないと行けないのだ、シックスパックまでは行かないが、綺麗に筋肉が着いている身体はまさに男らしかった。

咲もまた、美しい曲美を持ったしなやかな腰、少し膨らんでいる慎まれた胸、細い足。誰もが羨むその体躯はまさに、完璧だった。しかしこちらもまたプライドが高い、そして、自分目線からは少し太ったような気がするだけで周りから見たらそんなことは無かった。


結果、二人は照れた。

その体躯をみて、照れてしまった。


「つ、司そ、その、いい身体じゃないかっこいいわ」

「さ、咲こそ、綺麗だよ」


二人は照れた姿を見ることが出来た。

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