まい・ふぃあー・れでぃ!

Win-CL

第1話

「ケンちゃんが私に隠し事をするのがいけないんだからね……」


 ――南京なんきん


 昔の人は、外国から入ってきた小さい・珍しいものを指して、そう呼んでいたらしい。こんなどうでもいい知識を思い出したのは――目の前に立っている幼馴染が、まさしくその通りだったからである。


 肩まで伸ばしているのは、絹糸のような軽さをした金色の髪。

 身長は自分よりも頭一つ分ひくい。


 住みは海外だったのだが、頻繁にこちらへ遊びに来るような間柄で。小さい頃からずっとそんな感じなので、日本語も普通に話すことができる。男子である自分以上に活発な性格で、周囲の大人からはとても可愛がられていた。


 もしかしたら、もう少し昔に産まれていれば――親しみを込めて、彼女を“南京嬢”という名で呼ぶ人もいたのかもしれない。……うん、何も知らない人から見れば、これほどピッタリな呼び名もないだろう。


 何も、知らない人から見れば。


「あの……早く“これ”、外してくんない?」


 まるで人形のよう。お姫様のよう。

 いいや、彼女はそんなものとはかけ離れた存在だ。

 狂っていて。ぶっ飛んでいる。


 自分の置かれている今の状況こそが――それを如実に語っていた。


 暗い暗い、コンクリート壁の地下室の中で、手錠をガチャガチャと鳴らして。

 こちらを見下ろしながら微笑んでいるパティを、睨みつけてやる。


 パティ。……幼馴染であるパトリシアの愛称だ。


「被せてた袋は取ってあげたじゃない」

「まだこれが残ってるだろ! これ!」


 両手両足を塞がれて、芋虫のように床に転がされて。

 これはいわゆる、監禁というやつである。


 南京嬢なんきんじょう、どころじゃない。

 監禁嬢かんきんじょうだ、これじゃあ。


「ワタシ、怒ってるんだからね。せっかく幼馴染が遊びに来たっていうのに、それを放って遊びに出かけているだなんて信じられる?」

「俺には、この状況がまだ信じられないんだけど」


 パティが日本に遊びに来るのは知っていたけど、予定よりも早すぎなんだよ。たしか明後日だったろ、飛行機の日。しかもタイミングの悪いときに、別の用事で外に出たこの日に来るなんて。


 昔から、俺のすることにはなんでも関わりたがる。

 黙って出かけると、のけ者にされたとヘソを曲げてしまう。


 そりゃあ、一定数はいるだろうさ。こういう“束縛するタイプ”ってやつも。それがまさか――“拘束するタイプ”だとは誰が思おうか。


 想定の斜め上の更に上。変な方向に振り切れ過ぎなんじゃないか?


 家に帰ったところまでは憶えている。そこまでしか覚えていない。

 たしかバチッと衝撃が走って……?

 ……気が付いたらこんな場所に拉致されていた。


「……まさかずっと俺が帰ってくるの待ってた?」

「ううん、十分ぐらい。帰ってくる時間は大体分かってたから」


「……なんで知ってんの?」

「手帳に書いていたもの」


「手帳は引出しにしまってたんですけど!?」


 確か机の一番上、鍵のかかった引出しに入れておいた筈。

 更に言えば、手帳には小さな南京錠が付いていた。


 どちらも、鍵は自分の財布の中にある。

 まぁ、ここまでした理由は明白――


『今なにしてる?』

『他の女の子と連絡とってないよね?』

『遊びに行くって、男友達だよね? もちろん』


 ……だいたいこんな感じ。ストーカー具合が悪化していたから


 別にやましい事はない。神様、仏様に誓って何一つ。

 だけれど、心の平穏は守っちゃくれないって分かってる。

 ガッチリと、ばっちりと。身を守るために、俺は鍵をかけた。


「中は見れないはずだろ?」

「あぁ、あんなの――」


 そう言うなり、懐から小さな南京錠を取り出していた。

 あれは見覚えがある――というか、俺の手帳に付いてたやつだった。


 ガサゴソと机の上にある鞄からハンマーを取り出し、錠の側部を強打。


 ――ガチャン!


「おぉい!?」


 あっけなく開く南京錠。なんて堪え性の無い奴だ。

 これだから安物はっ!


「これぐらいなら、専用の道具ピッキングツールが無くても、簡単に開けられるんだけど?」


 部屋や机の引き出しはピッキング。手帳の南京錠は力技。

 まいった、セキュリティが何一つ機能してない。


 父親がなんかスパイだとか探検家だとか言ってたっけ……。イン〇ィー・ジョーンズかよって笑っていたけど、あながち嘘に思えなくなってきた。


 というか……そんな技、娘に継承すんな。


「ケンちゃん、携帯のスケジュールには何も入れないタイプだもんねぇ」

「う……嘘……だよな? そんな非人道的なことしてないよな? 俺は信じてるからなっ!?」


 パティの『ふふふ……』意地の悪そうに歪んだ笑顔。

 サァーっと血の気が引いていく。


「13972588――」

「お前ェっ!?」


 それだけは! それだけはイカンでしょう!?

 携帯のパスコード。わざわざ八桁で登録しているのにこれかよ!


 物理だろうが電子だろうがお構いなしですか?

 ま、まさか……PCの中身なんて……。


「知ってるよ。知ってるんだから。“ああいうの”が好みなんだー」

「て、適当なことを――」


 ぼかして言うのは、カマをかけているからに違いない。

 数多のフェイクを設置して、更には徹底的な対策を――

 

「[部活]の中の隠しフォルダー」

「殺せぇっ! 殺してくれぇ!!」


 こんなの惨め過ぎる……! なんて拷問だ!

 こいつは今……全国の高校生男子を敵に回した……!!


 時代が時代なら、舌を噛み切って死のうとすることだろう。

 だけれど俺は知っている。それじゃあ、自殺なんてできないことを。


「知らないことなんて……何にもないよ」


 ゾクッ――


 猫の瞳ってさ、普段は縦に切れたようになってるけど、瞳孔が開くと真ん丸になってるよな。あれを見た時と似たような感覚が、背筋を走ってた。


『あれ? もしかして狙われてます?』みたいな、そんな危機感。


「そんなに怯えなくても……。結婚の誓い合った仲じゃない」

「い、い、い、いつの話をしてんだ!」


 相変わらず表情は微笑んでいるまま。

 まずはその手に持っているものを置いてくれ!


「別に怯えなくたっていいのに……。これで叩いたりなんてしな――」


 ――その時だった。

 机に置かれたハンマーが、既に置かれていた小箱に当たって音を立てる。

 ちょっと豪華な装いの、鍵のかかった小さな箱。


「って、お前それ――!」


 彼女がそれをひょいと持ち上げ、注意深く観察する。

 なんでそんな所に!? それを買いに外出したんだぞ、俺は!


「寝ている間に、ポケットの中から出てきたから。この鍵穴だと、針金なんかじゃ開かないみたいだし、壊して開けようかなって――」


 電灯の光が小箱から反射され、部屋のところどころが照らされる。

 空いている方の手は、再びハンマーを掴んで――


「私を放っぽり出して、こんなものを買いに行って!」


「――! やめろ!!」


 自分が思っているよりも大きな声が出た。

 地下室の壁に反響したせいでそう感じるのだろうか。


「――ゲホッ。……鍵なら……ポケットの中にあるから……」


 声の出し方を意識してなかったせいで、軽く痛めてしまった。


「そ、そう……」


 パティの前で、あんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。そしてそれは向こうも同じこと。恐る恐るといった様子で、ポケットの中身をまさぐられる。


 彼女の影が照明を遮っていて。これでもかというぐらいに距離が近い。

 近くで見ればこんなに可愛いのに。大人しくしてれば完璧なのに。

 なんで“普通”ってのができないかなぁ。


「これ……かな……?」


 取り出されたのは、小箱の鍵が入っている専用のケース。持ち手の部分にあしらわれた装飾が、ケースの中からでもキラキラと光を反射している。


「あぁ。開けるなら、その鍵で開けてくれ」


 ――その箱に、傷がつくようなことはしないでくれ。

 最後に、そう付け加えた。


 こっちは思うように身動きが取れないのだし、諦めるほかないだろう。

 手も足も出ない。もう好きにしてくれ。


 彼女がケースから鍵を取り出し――差し込み、ゆっくりと回す。まるで、そうしたのが初めてだったのかと疑いたくなる程に、たどたどしい手つきだった。


「…………」


 新品の小箱の蓋が、音もなく開く。

 開かれた箱の中に入っているのは、一枚のカードとペンダント。


「誕生日……おめでとう……?」

「と、当日に帰ってくるものだと思っていたから――」


 急な来訪に対応できなかったのだ。

 本当ならば夕食後、全員が揃っている時に渡すつもりだった。

 意図せずしての逆サプライズ。あっちは、サプライズの方向性が違ったが。


 最悪だ、もう。こんなに最悪な日ってあるか?

 それでも……、こうしてちゃんと渡せたことは良しとしよう。


「ありがとう! こんなに……こんなに嬉しいことはないわ!」

「わっ――」


 思いっきり抱きしめられる。

 外国人特有の、過度なボディタッチ――ではないだろう。

『誰だって、嬉しかったときにはこうするものだ』

 そう言っていたのは、自分の父親だったか。


「疑ってゴメンね? もうしないから……!」

「本当に……誤解が解けてよかった」


 そもそも、彼女一人でここまでのことができるはずがない。


 なんだろうなぁ、スタンガンかなぁ。


 間違いなく、彼女の両親が――もしかしたら、自分の両親までもがグルの可能性もある。そういう両親だった。そして、そんな両親を持ってしまったのが自分達だ。


 揃いも揃って、変人ばかり。でも、ここまでされて。それでも彼女を嫌いになれない自分も、似たようなものだろうけど。


 彼女が開けた最初の鍵は――自分の心だ。初めて出会ったときの、心の中で響いた『カチリッ』という音は今でも忘れない。


「手錠、痛かったでしょ? 待っててケンちゃん。今すぐ外してあげる――」


 そう言って、ばっと離れる。

 そして、鍵を取り出すかと思えば――


「……おい!」


 その手に握られていたのは、ハンマーとマイナスドライバーだった。

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