イゼトニア・レブ・テイル

エリー.ファー

イゼトニア・レブ・テイル

 イゼトニア国の王子として、今日も目を覚ます。

 しかし。

 残念なことに広く大きな倉庫の中にいた。

 誘拐された。

 ずっと、この倉庫の中で生活している。

 一応、楽しんではいる。

 いや。

 正確には楽しんでいる訳もない。ただただ時間ばかりが流れてしまうので、自分の中でどのように気を持てばいいのか、思案しているというのが正しい。

 それに。

 誘拐されてから、四十三年経っていた。

「王子様、いかがですか。」

 私を誘拐した村人の子供が今も私には律義に王子様という言葉を使うが、正直、王子様という年齢ではない。それならば、と王子、の子の部分を取り除こうと考えるが、基本的に洗礼を受けなければ王を名乗れないので、やはり、王子様に落ち着いてしまう。

 この目の前にいる子供も、私が誘拐されたこちらに来てから生まれた子供だ。しかも、成り行きで私が名付け親になった。私を誘拐したのが、その子の夫婦でその妻が私が逃げないように見張っているときに、産気づいたのである。

 本当に。

 王子様と周りから呼ばれて浮かれずに、体を鍛えていて良かったと思った。

 妊婦を抱えて産婆の所に急いで運ぶのは訳なかった。

「今日は、何の話をしましょうか。」

 私は後ろに積んである、退屈しのぎに呼んでいる本が音を立てて崩れるのを聞いた。もう、何万冊ではきかないほどの量がそこにある。元々、ゴブリンたちの襲撃を受ける前は、この村には大きな国営の図書館があったそうだ。そこに放置されていた本の中から、この子供が私が好きそうな本を大量に持ってきてくれることが度々あった。

「あ、でも、これから学校ですよね。」

 そうだ。

 私はこの村で教師をしているのである。

 この広く大きな倉庫は正直、半壊してしまっている。いい例だと、私の隣の扉を開けて別の部屋に移ると、もうほぼほぼ外なのだ。

 時間になるとそのあたりに、子供たちが思い思いの服装と表情でやって来るので、手ごろ瓦礫にナイフを使って文字や数字を書き、勉強を教える様にしている。

 この村の識字率も格段に上がり、最近、医者が二人、別の村の村長になったものが一人。

 かなり前には、勇者になった者が一人現れた。

 その勇者は見事に悪の魔王を滅ぼし、私の出身国を壊滅させることで世界に平和をもたらしたわけで。

 結果。

 私は帰る居場所をなくすことになった。

 私はあくびをしながら自分のこめかみから出ている角を触ると、少し湿気ていることに気が付く。

「雨が降りそうですか。」

 間違いない。

 そういう意味で頷く。

 子供が倉庫の外で何やら叫ぶと、多くの村人たちがこちらに笑顔で手を振りながら洗濯物を家の中にしまい始める。

 私は今日の授業の準備を溢れかえる本の中から探し、必要なものを横へと積み重ねていく。

 この村の村人は無知で、無学だった。

 私の出身国であるイゼトニアの王子を誘拐して、モンスターに襲われ続ける村からの脱却を図ろうとしたのは事実だ。だが、誘拐したモンスターの国の王子は私だった。

 私はイゼトニア国の二番目の王子だったのだ。

 イゼトニア国はストックである私が消えたことには興味も示さない。

 教育すら受けていない人間には、誘拐すらまともにできもしない。

 別に同情した訳でもない。

 自分の国が嫌いだったわけでもない。

 ただ。

 この村を自分にとっての二番目の故郷にしようと思ったのだ。

「今日も、誘拐くらいできる人間になれるよう、貴様らに教育を施してやる。」

 子供たちが笑顔で、また言ってる、とはやしたててくる。

 起立。

 きおつけ。

 礼。

「よろしくお願いします。」

 

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