男子中学生よ、愚か者であれ

 翌日、昼休み。

 薄曇りの空が湿った風を運ぶ校舎の屋上に、三人の男子生徒の姿があった。

 三人は輪になって座り込み、がさごそと何かを漁っている。


「結構あるな」

「とりあえず三等分な」

「いや、それでも嵩張るぞ。一気には持って帰れないな」

「……そもそも、ウチには隠し場所がない」

「じゃあ、どっかに保管しておいて、各自勝手に持ってく感じか?」

「そうだな。期限は一週間にしよう。その後で返せばいい。一応、目録作っとこう。問題は何処に置くかだけど……」

「俺らのロッカーは無理だぞ。チェックが厳しい」

「んん。ここに置いとく訳にも行かないしな」

「……それなら、別館二階の空き教室だ。誰も来ない」

「流石」

「ぶふっ」

「どうした?」

「おいおいおいこれ! これやばくね? いちゲットな!」

「あーハンパないな」

「お前どれにする」

「俺は……これだな」

「へー成程なぁ。そういう感じか」

「……俺は、こっちだ」

「「マジで!?」」


 カシャ。


「「「ん?」」」

 突然のシャッター音に、それまでぼそぼそと細い声で会話していた三人の男子生徒――久城蓮、栗原響、日野かずいが、一斉に後ろを振り返った。


「ふーん、成程ねー、そーゆーことだったのねー」


 そこには、光を失った瞳で携帯のカメラを三人に向けている、御子柴藍の姿があった。


「……あれ、日野? お前、未来予知は?」

 震える声で、蓮が問う。

「い、いや、警戒は、してたんだけど」

 かずいの声も、歯の根が噛み合ってなかった。


 藍は胸元にぶらさげたペンダントを掲げて揺らして見せた。

「益子先生にねー貸して貰ったのよー。ホントは駄目なんだけど、ってねー。いやー普段の行いには気を付けとくもんよねー」

 それは、中学生の能力を無効化する『白い石』が収まっている、教職員たちの必須装備であった。


 藍の声は、感情を失ったかのように平淡で。

「しずりにねー、話しちゃったのよ、昨日のこと。そしたらね、何か変だね、って言われたの。例の盗難事件のことね。しずりも知らなかったのよ、それ」


 その名前を出した瞬間、かずいの肩がびくりと震えた。

 それに構うこともなく、藍は淡々とした声で続ける。


「しずりが言うにはね。私物だからって、盗まれたら流石に学校に言うはずだ、って。よく考えてみればそうよね。別にゲームやマンガくらいなら没収されたからって、放課後には返して貰えるもの。それっきり見つからないリスクに比べれば、普通は言うわよね。

 それでね、しずりはこうも言ったの。もし本当に盗難事件があったなら、盗まれたのは、きっと見つかったら没収どころじゃ済まないものだったんじゃないか、って」


 三人の男子生徒は、だらだらと滝のような汗を流し、それを聞いている。

 ちらりと、響と蓮が顔を見合わせた。

 本来ならば、一目散に逃げる場面だ。

 追われた所で逃げ切るだけなら造作もない。しかし、先程のシャッター音。流石に、その写真をばらまかれるわけにはいかない。


 二人の視線に気づいた藍が、セリフを中断した。

 スカイグレーのブレザーの奥、僅かに膨らんだ胸元からワイシャツの第二ボタンを外し、その中に携帯を滑り込ませる。


「「!!」」


 その場所、、、、は、男子生徒には手が出せない……!


「私が疑ったのは、タバコだったわ。でも、それなら私のDVDが間違えて盗まれたのはおかしいものね。しずりは何か気づいたみたいだけど、違ってたら日野君に悪いから、って、教えてくれなかったの。そしたら昼休みになって、あんたどっか行っちゃうじゃない。もう考えても分からないから、直接聞いてみようと思ったのよ」


 つかつかと、藍が三人に歩み寄った。


「なんかなー。もうなー。馬鹿みたいだなー、私。『あんたたちには分かる何かがあるんでしょ?』、とか言っちゃってさー。そーゆーことだったのねー。それであんた達、あんなに一致団結してたのねー」

 そのまま三人の中央に置かれたスクールバッグを掴むと、無造作に持ち上げて引っくり返した。

 ばさばさと、中身が地面に落ちる。



 やたらと肌色やピンク色が目立つ、書籍やビデオのパッケージが。



 補足をしておくと、例の盗難事件は、橋町中学の男子生徒なら知悉率は七十%を超えているのだ。

 かずい達の学校にはR18指定の書籍やDVDの流通ルートが秘密裏に構築されており、数ヶ月に一度、大規模な交換会が催される。元締めの生徒がどういった管理体制を取っているのかは不明だったが、それは幾つかの小規模なグループによって成り立っており、総じてはかなり広範囲の男子生徒がこの催しに関与している。


 盗まれたのは、その交換会の前日に準備されていた品物だったのだ。

 当然被害届など出せるはずもなく、このままでは泣き寝入りか、と噂されていたところだったのである。


 藍から髪の毛の怪談話を聞いたとき、かずいはそれがこの盗難事件の犯人であるのではないかとの疑いを持った。次いで藍と絢香の捜し物が失くなっていることが分かったときには、それらがこの犯人によって誤って盗まれたものだと考えた。

 自分一人で彼らを捕まえられるとは思わなかったが、藍と絢香の助けを借りれば、その算段もついた。しかしその際に、彼らの本来のターゲットを彼女らに知られずに済むとは思えなかったのだ。

 だからかずいは、蓮と響に助けを求めた。しかし彼らを動かすには、それ相応の理由が必要だ。

 かずいは報酬を用意したのである。

 男子中学生のモチベーションを最も効率的に高めるものを。


 かずい達は取り返した盗品を、返却する前に占有オタノシミするつもりだったのだ。



愚か者共あんたたち――」

 藍の拳が、静かに握り締められた。



「歯ぁ食いしばんなさいっっっ!!!」



 その日、『問題児』認定を受けてから初めて、響の無敗記録が破られた。

 彼はその後二週間の無遅刻無欠席無早退を約束させられ、度肝を抜かれた教員たちが緊急会議を立ち上げる事態になったのだった。



 ◇



 さて、この時、藍が学校に対する帰属意識だとか、治安意識の高い人物であったなら、後の学校史に残るような未曽有の大事件を未然に防ぐことも出来たかもしれない。

 しかし、藍は彼らが自分の探し物を取り返してくれたことを鑑み、学校側に報告することもなく、この事件を(盗品は物理的に)もみ消した。


 ゆえに、この一件がそれ以上追及されることはなかったのだ。


 例えば、但馬の生徒が橋町中学校に忍び込んだ最初の目的のことや、彼らのメールの送信履歴の中身、また、その送信先に亘田中学の生徒会役員の名前があったことなどは。



 ◇



 ちなみにこれは、後日談。

 何とも蛇足なエピソード。

 何だかんだ言いつつ、ちゃっかり絢香の封筒の中身を見ていたかずいが、部活中、たまたま近くにいた深山しずりに、こんなことを言ったのだった。


「そういや深山、一年生にお前のマンガの読者がいたぞ」

「ホント? うれしいな」

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