ある中学校の日常 3

 時間は進み、昼休みのこと。


「いやー、負けた負けた」


 がらがらと乱暴に扉を開け、かずい達の教室に入ってきたのは、先程中庭で大立ち回りを演じていた少年の片割れ――体中から火を噴き、空を駆け廻っていた少年――久城蓮だった。

 短めの髪を方々に跳ねさせ、制服をだらしなく着崩した彼はその野性味を帯びた顔をしょんぼりと俯かせ、足取りにも勢いがない。

 教室内の生徒は三分の一程度に減っており、それぞれがグループを作ったり作らなかったりしながら、思い思いに過ごしていた。


「おかえりー」「だいじょぶだったー?」などと、級友たちから声がかけられる。それにぽつぽつと返答しながら、蓮は四人で机を囲んでいるかずいたちの輪にふらふらと歩み寄った。

 かずいたちは教員に所要を頼まれたせいで昼休みの半分を潰しており、少し遅めの昼食を摂っている最中である。

「日野~。なんか分けてくれ~」

 先程とはうって変わって情けない声を漏らす蓮に、かずいは手にしていたお握りを半分に割って差し出した。


「昼飯忘れたのか?」

「それがよー。恭也の野郎が俺のカバンぶちまけやがってよー。俺の焼きそばパンがよぅ……」

「あらら。厄日ね」

 もそもそとお握りを頬張る恭也に、藍が苦笑しながら卵焼きを一つ差し出し、残る二人からもそれぞれ食料が寄せられた。

「おおぅ。ありがてぇありがてぇ」


 隣の席から椅子を引き寄せ四人の輪に加わった蓮に、そういえば、と藍が言った。

「今週の中学生占い。『』の人、最下位だったわね」

「へっ。あんなもん信じるかよ」

「えー。でも今日ツいてないじゃん」

 からかうように言う藍に、蓮は口を尖らせて応じた。

「んなこと言ったら奥月だって『陽』だろ? 何かあったか?」

「俺のは『海』だよ。よく間違えられるけどな」

「んあ? そうだっけ」

 かずいが横から口を挟む。

「さすが、クラス最地味能力者」

「うっせ」

 無表情のまま茶化すかずいの横腹を小突きながら、衛は苦笑して続けた。


「ちなみに、『海』は下から二番目。そして俺は今日、今月の小遣いの半分を失った」

「あっはっは」

「お前の負けでな!」

「友達を賭けなんかに使うからでしょ。ちなみに私は良いことあったわよ。占いは二位だったけど」

「御子柴はなんだっけ?」

「『霊』です。聞いて驚きなさい。お姉ちゃんが福引でカニを当ててきたの」

 自慢げに言う藍に、しずりがおずおずと口を挟む。

「それ、藍ちゃんじゃなくて茜さんのラッキーなんじゃ……」

「いいの。姉の幸福は妹の幸福。しず。小さいこと言ってると大きくなれないわよ」

「カニか~。こないだ食べたしな~」

「え? 久城くんも福引で?」

「いや、北海道で、普通に」

「「「「え?」」」」


 何でもないことのように放たれた蓮の台詞に、全員の疑問符が重なった。

「……それ、ひょっとして春休み前に一週間くらい学校サボったときのことか?」

 そう切り出したかずいの台詞に、蓮はやはりさらりと答える。

「おー。ふと思ったんだよ。『そうだ、北海道行こう』って」

「自由人! 何なの、この敗北感……」


「そういや、今日は何でやりあってたんだ?」

「んー。ここんとこ金欠でなー」

「そりゃ北海道まで行ってりゃな」

「掃除当番500円で代わってやってたのがばれたんだよ」

「あー。そういうの五月蠅そうだもんね、巽くん」

「いや、最初は黙って聞いてたんだぜ? でもよー。あんまりグダグダしつこいもんだからついカッとなって……」

「お前の場合『カッとなって』が文字通りだもんな」

「ペナルティは?」

「教員用のトイレ掃除一週間」

「いやーん」

「悪いことはするもんじゃないわねぇ。ね、しずり」

「あああ……」


 ◇


 机と椅子の木の匂い。

 汗の匂い。

 埃の立つ床。

 黒板にはチョークの粉。

 窓ガラスからは春の温もり。

 そこに篭る、生き物たちの匂い。


「ねー、さっきの畑中やけに気合入ってなかった?」

「私知ってる。昨日の深夜映画に影響受けたんだよ。台詞そのまんまだったもん」

「可愛すぎる!」


「なぁ、安田と池内別れたってマジ?」

「らしいよー。派手に喧嘩したって」

「まあ、操虫能力者と獣化能力者じゃなあ」


「『森』と相性良いのってなんだっけ? 『山』?」

「『空』じゃなかった?」

「ちょっと待ってて、えーっと、あ、チカ正解、『山』だって」

「巽くんかー。ちょっとなー」

「えー、いいじゃん。私も『森』だし、狙ってみたりして」

「いや、あんたのじゃ無理でしょ。グロすぎだって」

「何おう!」

「わー! ちょっと! 出てる出てる!」

「だれか『陽』の人ー!」

「呼んだ?」

「「「久城くんは呼んでない!」」」


「あぁ、今日ばかりは部活行きたくない」

「大丈夫だって。あいつももう怒ってないよ」

「でも俺あいつがマジ切れしたの初めて見たよ。あいつ、発電能力者だったんだな」

「まー、大事にしてたバッシュの色あんなにされたら誰でも怒るだろ」

「だってよー。こんな能力、いたずら以外にどう使やいいんだよ」


「あの、あのね。今度の日曜日、みんなで駅まで遊びに行かない?」

「いいけど、何か買い物?」

「うん。ほら藍ちゃん、新しく出来たスイーツ食べ放題のお店、行ってみたいって言ってたでしょ。今日儲けたお金使って、みんなで食べに行こうよ」

「マジかよ。俺らもいいの?」

「しず、あんたまさかそのために……」

「えへへ。だから、ね、機嫌直して?」

「あ、あんたって子は……」

「お、おい藍。お前、目が……」

「きゃぁ!」

「許す! そして愛してる!」

 ……。

 …………。



 これが、今の中学生たちの『日常』だった。

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